祝賀村

クロノヒョウ

第1話




 飲みすぎて記憶を失くしてしまうことはよくある。

 喉がカラカラに渇いて頭が痛くて気持ち悪くて目が覚める。

 そして一瞬ここはどこなのかとわからなくなる。

 そんな二日酔いに似た状態で目覚めた俺は痛む頭を押さえながら体を起こした。

 薄明かりが灯る見知らぬ和室。

 ここはどこだ。

 古びたせんべい布団に座ったまま必死で記憶を辿った。

 昨夜は、酒は一滴も飲んでいない。

 そうだ、久しぶりに連絡があったんだ。

 よくある話さ。

 俺がホラー小説で新人賞を受賞したとたん、知らない親戚や知らない同級生とやらが『おめでとう』と突然連絡してくる。

 全部無視していたけれど、あいつからのメールだけは無視することができなかった。

 村野茂、中学校の頃のクラスメイトだ。

 その名前を見た瞬間、俺はすぐに返信をした。

 『藤吉くん、受賞おめでとう。あの本読んだよ。あれって僕の村のことだよね』

 『茂、久しぶり。連絡ありがとう。ああ、茂の村の話を元に書いたんだ』

 高校、大学、社会人になってからもずっと書き続けていたホラー小説。

 公募に出しては落選しを繰り返していた時、編集者に言われた言葉。

 ――リアルさが足りないから怖くない――

 そこで思い出したのが茂の話だった。

 中学三年生の時に突然転校してきた茂。

 たまたま隣の席になり興味本位で話しかけたのがきっかけで茂はなぜか俺に懐いてきた。

 『藤吉くん、誰にも言わないでよ。僕ね、祝賀村っていう所に住んでるんだ』

 『しゅくが、村?』

 『そう、すっごく小さな村なんだけどね……』

 あの頃、茂の話は突拍子もなく全部作り話だろうと話半分で聞いていたのだが、わらにもすがる思いで俺は茂の話を元に小説を書いた。

 それが見事に新人賞を受賞したというわけだ。

 そして茂からメールがきた。

 事務的な挨拶を交わした後、茂は『一度祝賀村においでよ。もっといい小説が書けるかもしれないよ』と言ってきた。

 そう、確かに俺はちょうど今続編を書かなければならず、どうしようかと頭を悩ませていたところだったのだ。

 小説のためならどこへでも行ってやるとの思いで、茂から送ってもらった地図を頼りに車を走らせ山奥へと入っていった。

 辺りはすっかり暗くなり、ヘッドライトのすぐ目の前にしか視界が届かなかった。

 そんな時に飛び込んできたイノシシ。

 俺は慌ててブレーキを踏みながらハンドルをきって、そして、そうだ、崖の下へと落ちていって。

「痛っ」

 痛む頭を押さえると包帯が巻かれていることに気づいた。

「あ、大丈夫? よかったよ無事で」

 ふすまを開けて入ってきたのはおそらく茂だ。

 その声には聞き覚えがあった。

「茂?」

「うん、久しぶりだね、藤吉くん」

 見るとあの頃の面影を残したままの茂が微笑んでいた。

 相変わらず細くてひょろっとしている立ち姿。

 ということは、ここは。

「祝賀村へようこそ」

 茂は立ったまま俺を上から見下ろしていた。

「ここは僕の家だよ。なかなか来ないから迎えに行ってみてよかったよ。あの山はイノシシがたくさん住んでるから事故が多いんだ」

 俺を迎えに来た茂が崖の下の車の中から俺を助け出してくれたそうだ。

 もしも茂が来てくれなかったらと思うとゾッとした。

「ありがとう茂、助かったよ」

 命の恩人だ。

「あはっ、まあ、あのまま放っておいてもよかったんだけどね」

「……え?」

 微笑んだままの茂の顔がオレンジ色の照明に照らされていた。

「誰にも言わないでって言ったのに、本なんかにしちゃってさ。藤吉くんが悪いんだよ」

「茂? 何を、言ってるんだ?」

 わけがわからないのと同時に恐怖を感じた時だ。

「祝いだよ!」

 茂が微笑むのをやめ、真顔になってそう叫んだかと思うと奥のふすまが開いた。

 それと同時に地響きのような音が鳴った。

「祝いじゃ! 祝いじゃぁ!」

 ――ドンッドンッドンッドンッ

 隣の和室にいた大勢の男。

 手には太鼓を持ち、激しく叩きながら真顔の男たちが「祝いじゃ」と叫びながらただ立っている。

「なん、なんだよっ」

 その太鼓の音と叫び声のうるささに俺は耳をふさいだ。

 気味の悪さと恐怖心で体が震えた。

「止めろっ! 止めてくれ!」

 とにかくこの場から逃げ出したい一心で立ち上がろうとした時、俺はようやくことの重大さに気づいたのだ。

「うぁ!」

 体を立たせようと足に力を入れた俺はそのまま布団の上に倒れこんでしまっていた。

 そう、俺の足は片方しかなかったのだ。

「そろそろ痛み止めが切れる頃かな」

 太鼓の音の隙間から茂の声がした。

「茂、どういうことなんだよこれ」

 茂の言うとおり、徐々に足の付け根の部分からじわじわと痛みが現れてきた。

 下半身の感覚を取り戻した時、せんべい布団が血でべったりと濡れていることに気づいた。

「あの時藤吉くん、僕の話を信じてなかったよね? 村によそ者が来たら『祝いだ』って言ってお祭りする話」

「うぅ、痛えっ」

「その後どうなるか、知ってるよね」

「痛いっ、助けてくれ、茂」

 太鼓の音で耳と、頭と足と、いやもう体中が痛くてたまらなかった。

「僕に話しかけてくれた藤吉くんにはこっそり教えてあげたのにさ。まさか小説に書いちゃうなんてね」

「悪かった、茂、俺が悪かったから」

「アハハ、いいんだよ藤吉くん。だって藤吉くんのおかげでさ、この村を探し求めて訪ねて来る人が増えたんだ。どういうことかわかる? シュクガ様へのお供え物が増えたってわけ」

「うわぁ、誰か、助けてくれ」

 殺される。

 そう感じた俺は両手を使って体を引きずりながら布団から這い出た。

 とにかく逃げなければ。

「うわっ、痛そうだね、大丈夫? アハハッ」

 太鼓の音と茂の笑い声が痛みを増幅させる。

 まるで俺が書いた小説そのままじゃないか。

 いや、俺が茂に聞いた話をそのまま書いたから当然か。

 『僕の村はちょっと変わっててね、山で道に迷ったり偶然通りかかった人がいたら『祝いだ』って言って太鼓を叩いてお祭りするんだ。そしてね、手足を切り落としたりするんだよ。ふふ、僕の村に足を踏み入れちゃったら生きて帰ることはできないんだよね。藤吉くん、誰にも言っちゃダメだよ。僕たちはね、シュクガ様っていう神様に仕えてる食人族なんだ。だから藤吉くんも絶対に僕の村に来ちゃダメだからね』

 中学生の頃茂から聞いた話がずっと頭の片隅に残っていた。

 十年も経っているからと軽い気持ちで書いたばっかりに、まさかこんなことになるなんて。

「まだ話は終わってないんだけどなぁ」

 茂がそう言ったかと思うと太鼓の音が一斉に止まった。

 恐る恐る振り返ると茂はまたブキミに微笑んでいた。

「ねぇ藤吉くん。あの本が受賞した時、担当者に何て言われたか覚えてる?」

「は?」

 パニック寸前の頭で必死に思い返していた。

 あの時電話がかかってきて、確か『祝いだ』と一言だけ……。

「あはっ、思い出したみたいだね。彼も祝賀村の人間なんだ」

「そん、な」

 あの担当者が?

 俺はてっきり小説の中の言葉を冗談交じりに言ったのかとばかり。

「だからさっきも言ったでしょ。藤吉くんのおかげで村を訪ねて来る人が増えたって。シュクガ様もすごく喜んでるんだよね」

 まさか、俺のせいで、俺が書いたせいで犠牲者が増えたというのか。

「担当者に頼まれたんだよ。藤吉くんが続編で悩んでるみたいだから、一度村に招待して実際に見てもらえってさ。だから安心してよ。藤吉くんを殺したりしないよ。家に帰って、早く続編を書いてよね」

 もう何がどうなっているのかわからなかった。

 殺されないという安心感、体中の痛み、そして書いてしまったことの罪悪感とが混同して、俺はその場で気を失ったようだった。



「お、気づきましたね」

 またあの二日酔いの時のような喉の渇きを覚えながら目覚めると、白衣を着た男が目に映った。

 どうやら俺は病院にいるらしい。

 腕には点滴の針が刺さっている。

 白衣の男に血圧と脈を測られ、胸に聴診器を当てられていた。

「いやぁ、ひどい事故にあわれたようですね。頭のケガは問題ないようです。足のほうも、傷口は綺麗で化膿もしていないですし、一週間ほど入院して、すぐに家に帰れますからね」

「ありがとう、ございます」

 心の底からお礼を言った。

 あれは夢だったのか何だったのか。

 現実だったとは思えないほどの光景が頭の中を駆け巡っていた。

「お腹も空いているでしょう。すぐ準備させます」

 そう言われてみると安心したからかお腹がへっているのを感じた。

「はい、ありがとうございます」

「たくさん食べて、早く仕事してもらわないとですからね」

「え?」

 白衣の男がゆっくりと微笑んだ。

「祝いだ!」

 まさかこの男も……。

 ――ドンッドンッドンッドンッ

 俺は咄嗟に耳をふさいだ。

 頭の中であの太鼓の大きな音が鳴り響いていた。



             完





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