第27話 政治を語った20代
ブラック企業を辞めてから、私はバイトを転々とした。倉庫、飲食、深夜の清掃、短期の事務。どれも長くは続かなかったが、続ける必要もないと思っていた。言論活動に専念するには、生活を最低限まで落とすしかなかったし、それは合理的な選択に見えた。生活費は常にギリギリで、財布の中身は薄かったが、時間だけは確実に手に入った。その時間が何と引き換えだったのかを、考えることはなかった。
朝は遅く起き、昼に簡単なバイトをして、夜は画面の前に座った。一日がその繰り返しだった。履歴書に書けるものは増えなかったが、ネット上のログだけは積み重なっていった。母親からたまに電話がかかってきて、「ちゃんと食べてるの」「今は何してるの」と聞かれたが、私は適当に答えた。政治の話をすると、会話はすぐに終わった。それでよかった。
時間が増えると、言葉も増えた。ネットに書いた文章を読んでくれる人が少しずつ現れ、支持者や仲間と呼べそうな存在も増えていった。顔も名前も知らないが、同じ怒りや違和感を共有しているという感覚だけで、十分につながれている気がした。現実の人間関係よりも、そちらのほうがずっと手触りがあった。少なくとも、拒絶されている感じはなかった。
現実の時間は、気づかないうちに静かに進んでいた。季節が変わり、同じバイト先にいた学生が卒業し、別の場所へ行っていった。私はそれを横目で見ながら、画面の向こうの反応を追っていた。二十代という言葉は、抽象的で、どこか他人事のようだった。
そうこうしているうちに、変節漢も出てきた。かつて同じ場所で言葉を投げていた人間が、いつの間にか政府の御用達になっていた。別の誰かは、書籍を出版するために言葉の角を削り、魂を売ったように見えた。テレビやネット番組に呼ばれるために、企画に媚びるコメンテーターもいた。その一つひとつが、私にはひどく醜く映った。醜さを確認することで、自分の立ち位置が保たれている気がした。
私は次第に、自分だけが本当に正義の志を持っているのだと確信するようになった。他の誰もが何かと引き換えに言葉を曲げている中で、自分だけは何も差し出していない。差し出すものがないのではなく、差し出さないでいるのだと、そう理解していた。
「数十年後には俺はきっと評価されるはずだ」
その言葉は、将来の話であると同時に、今を正当化するための呪文だった。
「世間は馬鹿だから俺のことを理解できないんだ」
そう考えるのは簡単だった。理解されない理由を、外側に置くことができた。孤独はあったが、孤立しているという感覚はなかった。むしろ、先に気づいてしまった側にいるという錯覚があった。母親が「そろそろ将来のこと考えたら」と言ったときも、それは世間の声と同じものとして処理された。
やがて、私はニコ生主をするようになった。特別な準備はなかった。話す内容は、いつも考えていることの延長だった。政治、社会、怒り、失望。部屋は狭く、背景は変わらなかったが、画面の向こうには誰かがいた。その事実だけが、言葉を次の言葉へと押し出していた。始めたのは、三十になる直前だった。
その頃、私は自分が何かの入り口に立っていると思っていた。重要な時期を消費しているという感覚はなかった。むしろ、準備期間なのだと信じていた。現実は相変わらず不安定で、将来の見通しもなかったが、それは後でまとめて回収すればいい話だと思っていた。自分が話す言葉が誰かに届いているという感覚があった。それだけで、夜を越える理由には十分だった。
配信業をする氷河期世代のリアル nco @nco01230
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