第26話 天命を知る

新卒カードを使えなかった私は、大学を卒業してすぐに、ある飲食企業に入った。選択肢は多くなかった。駅前の雑居ビルに入ったその会社は、昼でも照明が強く、夜でも同じ明るさだった。時間の感覚が最初から曖昧になる場所だった。


就労前には、必ず全員で掛け声を言わされた。


「俺たちには夢がある! 俺たちには仕事がある!」


声を揃えることが重視されていて、意味は問われなかった。私はその光景を見ながら、完全にカルトだなと思った。だが、その感想を口に出す場所はなかった。


営業目標は毎日掲げられた。達成できないと、大声で名前を呼ばれ、理由を聞かれ、晒し者になる。理由を言っても意味はなく、言わなくても怒鳴られた。保守思想がどうこうという話題は、一度も出なかった。そもそも思想と結びつく余地のない職場だった。


私は考えるようになった。こんな職場を放置している政治が悪いのではないか、と。こんな職場に入るために保証人になった毒親も、結局は政治の犠牲者ではないのか、と。労働基準法を無視している現場と、それを取り締まらない労働基準なんとか局も、突き詰めれば政治の問題ではないか、と。そうやって、原因は少しずつ一箇所に集まっていった。


深夜一時に帰宅したある日、私はそのことをネットに書いた。特別な文章ではなかった。愚痴に近く、構成もなく、ただ指が動いたままに打った。怒りと疲労が混ざっていて、読み返す気もしなかった。


翌朝起きると、予想だにしなかった反響があった。通知が溜まり、知らない名前が並んでいた。誰かが共感し、誰かが怒り、誰かが続きを求めていた。その画面を見て、私はしばらく動けなかった。


こうして私は、ネットでの言論に踏み入れることになった。誰に頼まれたわけでもなく、誰かに認められたわけでもない。ただ、流れに乗ったという感覚だけがあった。仕事が終わったあと、深夜に文章を書く生活が始まった。


三年間で、そのブラック企業を辞めた。理由は一つではなかったが、言論活動に専念するという言い訳が、自分の中では一番しっくりきた。思い返せば、この三年間だけは、誰に対しても誇っていい時期だった気がする。だが、「やったぞー!」とは言えなかった。


鏡に映った自分の顔は、憔悴しきっていた。目の下に影があり、口角は下がったままだった。「ざまあみろ!」と叫ぶ相手が思いつかなかった。会社でもなく、親でもなく、政治でもなかった。


そんなとき、ネットでたまたま流れてきたとある政策ブレーンの情報を目にした。記事を読み、コメントを追い、関連する話題を辿った。その一連の流れの中で、何かが一本につながった気がした。


「俺はこのために生まれてきたんだ」


そう思った瞬間、妙に落ち着いた。


「みんな、政治が悪いって気づいていないぞ! これを世に広めないといけない!」


画面の前で、そう呟く自分がいた。使命感という言葉が、初めて具体的な重さを持った気がした。疲れているはずなのに、指はまだ動いた。その夜も、私は文章を書き続けていた。

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