最終話:今日も境界線はゆるい
朝は、突然やってくる。
「……うるさい」
それが、目覚めの第一声だった。
*
キッチンから、金属音と水音と、明らかに人為的な事故音が混ざって聞こえる。
「ちょ、ちょっと! それは鍋じゃなくて――!」
「え? でもここ、火にかける場所だよね?」
「違う! それは装飾用だって言ったでしょ!」
セラフィナの声と、エイルの素朴な疑問。
「……あー、もう。朝から騒がしい家だなぁ」
布団の中で、そう呟いた瞬間。
「おはよー! 起きてるでしょ!」
勢いよくドアが開き、ルシアが顔を突っ込んでくる。
「起きてるなら早く来なさいよ。今日の朝ごはん、なんかすごいことになってるから!」
「それ、嫌な予告だよな?」
*
リビングに出ると、
そこにはいつも通りの光景があった。
焦げかけのトースト。
謎のハーブティー。
妙に整列した食器。
レイナは壁にもたれて浮いているし、
澪は呆れた顔で後片付けを手伝っている。
「……はい、これ」
澪が、俺の前にマグカップを置く。
「普通のコーヒー。“普通”が一番でしょ?」
「助かる」
そう答えると、少しだけ笑われた。
*
カナデは、いつもの席でタブレットを操作していた。
結界の数値。
波形。
警告は、出ていない。
「……安定してる?」
俺が聞くと、彼女は一瞬だけ考えてから言う。
「“安定しているように見える”」
「それ、微妙な言い方だな」
「でも」
カナデは画面を閉じた。
「危険域ではない。今は……問題ない」
それで十分だった。
*
朝食後、それぞれがそれぞれの準備を始める。
澪は学校へ。
カナデは仕事へ。
レイナはどこかへ――多分、霊界。
セラフィナは今日も“人間界の服装”に悩み、
エイルは窓辺で日差しを浴びている。
ルシアは、なぜか俺の後ろをついてくる。
「ねえ」
「なんだ?」
「今日、元気じゃない?」
その言葉に、少し考えた。
「……そうか?」
「うん。前より、空気が軽い」
*
理由は、分かっている。
何も解決していない。
何も終わっていない。
でも――
逃げてはいない。
過去は消えないし、
未練も、まだある。
それでも、ここに立っている。
それだけで、十分だった。
*
昼前、洗濯物を干しながら空を見上げる。
結界は、見えない。
けれど確かに、
この家と、世界の間に存在している。
霊と人。
異界と現実。
孤独と、誰かといる時間。
全部を分ける線は、
今日も、ゆるい。
*
「ねえ」
背後から、エイルの声。
「今日も……ここ、いい場所だね」
「ああ」
「ずっと、こうだといいな」
願いではなく、希望としての言葉。
俺は、少しだけ考えてから答えた。
「……そうだな」
*
夕方、また全員が集まる。
ドタバタして、
くだらないことで言い合って、
いつも通り、騒がしい。
でも、それが嫌じゃない。
むしろ――
少し、好きだ。
*
夜、電気を消す前に、俺は思う。
物語は、終わらない。
ただ、
今日が、今日として終わるだけだ。
明日も、
その次も。
境界線は、たぶん揺れる。
でも、今は――
ここにいる。
それで、いい。
―完―
(そして、きっと明日もこの家では、少し不思議で、少し騒がしい日常が続いていく。)
このシェアハウス、境界線がゆるすぎる! Omote裏misatO @lucky3005
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