第16話 選ばれない選択
朝は、いつもと同じだった。
キッチンから聞こえる物音。
誰かが湯を沸かし、誰かが無言で席に着く。
変わらない――
はずだった。
でも、俺だけが分かっていた。
もう、何も知らなかった頃には戻れない。
*
朝食の席に、全員が揃っていた。
エイルはマグカップを両手で包み、
セラフィナは妙に姿勢を正し、
レイナは窓の外を見て、
ルシアはわざと騒がしくパンを齧り、
澪はスマホを伏せたまま、
カナデは、必要最低限の動作だけをしている。
誰も、昨夜の話題を出さない。
結界。
錨。
選択。
全員、知っているのに。
*
「……今日、どうする?」
誰ともなく、そう言った。
「学校」
澪が即答する。
「授業あるし。テスト近いし」
現実的で、正しい。
「……私は、付いていけないけど」
セラフィナが苦笑する。
「でも……人間界の“普通”を見るのは、嫌いじゃない」
それ以上は言わない。
*
エイルは少し迷ってから言った。
「……今日は、何もしない日がいいな」
「何もしない、って?」
「何も、決めない」
その言葉が、胸に刺さった。
*
昼過ぎ、俺は一人で家を出た。
誰も止めない。
誰も理由を聞かない。
それが、今の距離感だった。
*
歩きながら、考える。
もし、誰かが告白したら?
もし、俺が誰かを選んだら?
答えは簡単だ。
この家は、壊れる。
それが正しい未来だとしても、
今は、まだ選べない。
*
夕方、家に戻る。
リビングには、全員がいた。
でも、視線が合う前に、
それぞれが少しだけ目を逸らす。
期待も、
不安も、
全部、口にしない。
*
夜。
風呂上がりに廊下で、レイナとすれ違う。
「……なあ」
「ん?」
「未練ってさ」
少し間が空く。
「悪いもんだと思う?」
レイナは、肩をすくめた。
「さあね」
「でもさ」
こちらを見ないまま言う。
「未練があるから、人は人でいられるんじゃない?」
それだけ言って、去っていく。
*
自室に戻ると、机の上にメモがあった。
エイルの字。
『今日は、よく眠れますように』
何も要求していない。
何も迫っていない。
それが、優しすぎた。
*
窓を開けると、外は静かだった。
結界は、まだ揺れている。
でも、崩れてはいない。
それはきっと、
俺がまだ、前にも後ろにも行っていないから。
*
誰も告白しなかった。
誰も、関係を変えようとしなかった。
だから――
関係は、続いている。
壊れない代わりに、
進まないまま。
それが、今日の選択。
選ばれなかった、選択。
そしてそれは、
確かに、俺自身が選んだものだった。
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