第4話

 時刻は午前二時五十五分――。ブラジルでは午後二時五十五分。


 左右にうねった山道を渡り、山の木々が見える橋の上に駆奈かなとなのかはいる。彼女たちの目の前にはトンネルがあり、ここを通り抜けなくてはならない。


 埼玉連合王国と甲府こうふ公国の関所はこのトンネルを出た先に存在している。

 仮にも大宮家のなのかが関所を通って国外に出ようものなら、これはてんやわんやの大騒ぎ。


 あくまで食い扶持のために仕事をしている関所の門番手もんばんしゅにしても、怪しい人物を取り逃すわけにはいかない。

 逃がした場合に備え、監視カメラも取り付けられる。その姿が映れば、駆奈にしてもタダでは済まない。彼女たちに残された選択は多くはないのである。


 空ぶかしをして駆奈は戦意を向上させた。静かな山道にニュートラルギアでフライホイールに抵抗のない排気音が響く。

 駆奈は確認を始めた。



「関所にはゲートがあるわけじゃない。足で走るわけでもないんじゃ、スルーしようと思えば誰だってできる」

「だけど、監視カメラや門番手がいるから、見られれば記録されてしまう……そうよね?」

「うん。だから、カメラに映らないように、門番手にも誰だかわからないようにする」


 駆奈は大胆に空ぶかしをして、言う。


「二百キロ出して、一瞬のうちに過ぎ去る――これしかないよ。準備はいい?」

「埼玉しか知らぬ者に埼玉の何がわかるのか――準備万全よ。ワタシは国境を越える」

「ちょう――グッド!」



 エンジン音が落ち着きを取り戻し、アイドリング状態になったあと、再びアクセルを回した。


 今度は、どこにも向かわずここに留まる空ぶかしではない。ここから先に行って国境を越えるためのアクセル。


 駆奈はブレーキを放し、クラッチを繋げていった。シルバー色のバイクはトンネルの中へと入っていく。

 五分間の勝負がいま始まったのだった。



 ――ポツポツとした暖色のライトがトンネル内を均等に照らしている。メーターが左から右へと時計周りに回り、速度は徐々に上がっている。



 トンネルを抜ける五分間のあいだに250ccのバイクで二百キロ出さなくてはならない。これはとても難しいことである。


 最新式のバイクでやっと届く数値であり、駆奈のバイクは四十年も前のバイク。

 本来であれば到底届かない数字。本来取り付けられていたメーターには百五十キロまでしかないのだから。


 そう、これは本来取り付けられていたメーターであればの話。

 一見純正に見える彼女のバイクだが、そこかしこに改造が施されている。メーターの数字に二百キロまで刻まれているのも、まさにその改造の一つ。


 またまた二百キロ刻まれているということは、二百キロ走れることであり、これは彼女のバイクが最新式のバイクに匹敵する並々ならぬバイクであるということ。



 これはまたつまり、四十年前のバイクを無理やり改造して、最新式のバイクと並ぶ最高速度に到達させようとする駆奈の異常性の現れであり、いままさに彼女が行おうとしているのは、なのかという人間の重量物を載せながらも、旧式も旧式なバイクで最高速二百キロという極致に達するという技なのである。



 いつの間にか四分経ったが、駆奈のバイクのメーターは百九十キロから先に進まない。

 かなりミリ単位で進んではいるが、これでは残り関所を突破するまで二百キロには届かない。



「二百キロに届かない……」



 これには理由があった。


 監視カメラはトンネルから十メートル先に取り付けらている。そしてフレームレートは夜間のため五フレーム……つまり一秒間に五枚コマ撮影されている。


 二百キロは秒速に変換すると五十五・五メートル、五フレームレートを適用すれば一コマ間隔十・一メートル進む計算となる。

 この監視カメラに映らず通り抜けるには、二百キロ必要なのだった。


 駆奈の呟きになのかは身体を動かす。何をしているかと思えば、着ていた白のジャケットを脱いで捨てたのだった。



「少しでも軽くなるといいけど。他にできることある? やりましょうよ、二百キロ出すために」

「前傾姿勢になるから、私にしっかり抱きついて。空気抵抗を最大限まで減らすよ」


 ふたりは空気抵抗を減らすために、バイクのボディに身体をつけた。いつもより間近に見えるメーターは百九十五を過ぎた。


 駆奈の背中に頬を押し当てるなのかは大声で聞いた。

「ねえ! いけそう?」


 正面しか見えず、ガソリンタンクにあごをつけている駆奈も大声で言った。


「いけるよ! 行くんだよ。二百キロを超えて――国家もトンネルも越えてっ!」



 上がることのないエンジン音を鳴らしながら、トンネルからシルバー色のバイクが風を切り裂き、関所を突破した。


 門番手は驚きながらもすぐに監視カメラを確認したが、記録された映像には何も映っていなかった。


 駆奈は突破後の減速と角度で気づかなかったが、メーターの針は僅かに二百キロを超えていた。

 巡航速度でゆったり走りながら、駆奈となのかは話していた。



「配達完了……だね。なのかはどうするの?」

「なのか――そっか、もう甲府公国」

「うん、国が変わっても、地面は変わらない」


 なのかは駆奈の背中に頬をつけて答えた。トンネルの時のように強めに抱きながら。


「アンタと一緒に行く。ワタシを連れていって」


 駆奈は「え?」と言った。どうしてそんなことに……、という意味を込めて。

 その「え?」を聞いたなのかは、眉をひそめた後にジワジワと間を置いてから言った。


「連れて行きなさいよ。言ったでしょ、『ここを出たら覚悟しなさいよ』って。ワタシを轢いたんだから、アンタに拒否権はない」



 なのかの力は強くなり、駆奈の身体を真っ二つにする勢い。「痛い、痛い!」と駆奈は叫んだ。


 駆奈が飛車配達人として、最初に終えた仕事の報酬は『大宮なのか』であった――。

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その国境は、どんなところにもあって、どんなところよりも近い。 鴻山みね @koukou-22

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