第3話 「応援してやろうって気持ちにはならないの?」
「ご注文は?」
「ルジェナの蒸留酒。付け合わせは任せる」
「お、珍しく景気いいねえ。仕事上がりかい、台座の?」
「まあな」
ノルト東部、二十三区。
中央からは離れているが、無法者が集まるというほどではない立地。
そこに、BAR『Lop-Drop』――或いは、旧・冒険者の店「兎の赤目亭」がある。
客層は常連とそれ以外が半々くらい。騒がしさの案配がちょうど良い店だった。
「飲み方は?」
「分かってるだろ。いつものロック……そしてピックを」
「へいへい……変なことすんなよねー?」
「失礼な。他人の刃には手を出さん」
やがてグラスがカウンターに置かれる。
アイスピックが半分突き刺さったままの砕氷に、注がれる琥珀色の液体。
アルコールの香りと共に、グラスと砕氷と刃がぶつかり、澄んだ音が響く。
「ふう……一仕事終えたあとの、いい酒に、いい刃音。この時のために生きてるな……」
自分で鍛つ刃もいいが、他人が使う刃もいい。
使用感や歴史が感じられるものなら尚更である。
「この趣味さえなけりゃあねえ……」
古馴染みの店主には何やら溜息をつかれている。失礼な。
こちらの様子も変わりない。色気のないベストにシャツ。茶髪のショートカット。頭頂部から生えた長い耳を、オールバックのように背後に流している。
かつては冒険者の店の女主人として、荒くれ共を相手にしていた兎の
「つか普段どーしてんのさ、畑でも耕してる?」
「……日用品の古い魔具を作ったり直したり。あとは畑を荒らす魔獣退治だとか、素材集めも兼ねた採取代行とかかな。男一人で暮らすには十分だ」
「へえん。冒険者稼業じゃん、なっつかし~」
男一人で暮らすだけなら十分なのだが、魔剣の鍛造や研究に回すとその収支は一気にマイナスに傾く。わざわざ自分から言うことはしない。
「うっかり昏禍と出くわさないよう気を付けなよ~。逃げるんだよ?」
「……心配は不要だ」
嫌な言葉が出て、ぐい、とグラスを傾ける。
昏禍の討伐は言わずもがな星剣学府の管轄だ。一般市民の義務は通報だけである。
「てか、魔具やってるなら輝器も取り扱えばいいのに。知ってる? あれ、輝力を通せるよう調整だけしてるけど、基本構造は魔具の流用らしいよ」
「それは、……知ってる。見たことがある。適当な仕事だった」
「ありゃ? 分かった上でそれかあ。筋金入りだね、"台座"の星剣嫌いは」
「……嫌いってワケじゃない。俺からは手を出さないってだけだ。そこの映写器だって黙って見てるだろ」
「ああ、スクリーンね」
店の壁に設置された平たい輝器……スクリーンを見やる。
遠方の音や光の伝達、あるいは過去の記録の再生。魔術でも可能なことではあるが、貴族向けの高価な魔具か、リアルタイムともなれば魔術師複数名での儀式が必要だった。
こうした店に置けるほど安価になったのは、輝力の圧倒的な効率があってこそだ。
「あれも、ついこの前仕入れたんだよ。やっぱり今の時代、情報は力だからね。星剣学府の情報だってガンガン入ってくるよ~!」
映されているのは、確かノルトゥングの主戦力となっている学生達だ。
溢れるほどの輝力と、スタイリッシュな武器を携えた子供たちが、歓声を受けながら大通りを歩く。
その先頭を颯爽と歩む銀髪の女子生徒。鋭い目に星屑のような瞳。身の丈よりも大きな弩弓。あれも星剣らしい。
少女は、自らを称賛する言葉にも気を緩めることはなく、パレードの先頭を担う。
「はあ~。ミアセラちゃんは何度見ても凜々しいねえ。お人形さんみたいだよ」
「ノルトゥングの、上位学生か」
「そ。この前、大昏禍が倒されただろ? その時の凱旋映像だよ。なんだったっけ、確か九頭竜だっけ?」
「……
先日解放された『北壁』地域を、ただ一柱で支配していた怪物だ。
複数の星剣学府が協力した、かなり大規模な作戦だったらしい。
「ああ。……すんごいことだよね、本当にさ。アレ倒せるモンだったんだねえ」
店主の言葉は、かつての昏禍を知る庶民にとっては心からの感想だろう。
かつては一国が総動員して首一本しか落とせなかったモノを、学生達が倒すことができる。その事実が人々に与える希望の大きさとはいかほどか。
星剣が現れるまで、強大な昏禍とは、いわば悪意を持って襲ってくる自然災害、人智を越えた絶望そのものだったのだ。
「……でさー、ついつい応援したくなっちゃうじゃん? だから揃えちゃいました」
「あん?」
ごそごそと店の棚の奥を探すと、机の上にばさりと小物が並べられる。
「見てほら! ノルトゥングの可愛くて強くて勇ましい戦う星剣学徒グッズ!
特集雑誌! アクセサリー! ランカー生徒のブロマイド!
「帰っていいか?」
星剣の登場、それによる昏禍王の討滅。
一度は滅亡寸前まで追い詰められた人類文明は、星剣と輝力を全ての中心とすることで急速な復興を遂げた。
急速な復興を遂げたのだが。
それにしたって遂げすぎではないか?
「帰らせるかアホが! 酒のつまみに聞いてけ聞いてけー! 手に入れるのにすんごい苦労したんだぞー!」
「うるさいやめろ近づけるな! ――だいたい、何が星剣だ!
槍型だの鎌型だのはまだ許そう! やつら、弓型だの盾型だの、あげく羅針盤みたいなもんまでまとめて星剣って呼んでるんだぞ!
俺は、奴らのそういう、チャラチャラしたところがだなあ……!」
「いやそこを気にしてんのは台座くらいだわ」
魔剣鍛冶として譲れない箇所だ。酒を煽る。少し酔いが回ってきた。
無理やり見せられた雑誌の中では、星剣学徒の写真が見開き何ページにも渡って大々的に載せられている。
ときどき隠し撮りのような写真が混ざっているのは大丈夫なのか。
「特にアタシのイチ推しがこの子でさ~。戦ってる時はすっごく強いんだけど、普段のインタビューだと引っ込み事案で……」
「知らんと言ってるだろうがミーハー女め。…………ああ、そうだ、ちょうど良い」
開いたページから身を離しながら、ふと思い付いて聞く。
「シンリル……リュネット・シンリルって名前の生徒は載ってるか」
「うん?」
酔いに任せた、単なる興味本位だった。
星剣学徒であることは間違いないが、彼女の学校での様子は聞いていない。
「なになに、珍しいじゃん。……リュネット、リュネットねえ……? うーん、ぱっとは出てこないなあ。少なくとも上位ランカーとかじゃないね。何年生?」
「いや……知らんならいい。どうしても知りたいわけじゃない」
「やや、ちょーっち待った。見覚えがある……確か!」
店主はふたたび棚に手を伸ばすと、薄い冊子のようなものを取り出した。
表紙に書いてあるのは『入学希望者向け ノルトゥング学内のしおり』。
「入学希望者向け、ノルトゥング学内の、しおり……?」
「クラクラしてんねえ」
「クラクラもするわ! 俺はな、10年前までは冒険者ギルドに登録して、掲示板からランク分けした仕事依頼の紙をとって受付に出してたんだ……!」
頭を抱えて突っ伏す。世間の進化についていけない。
「世間の進化についてけないって顔してんね。アンタが
「何をと言われても……諸国各地を巡っていた。魔剣技術を極めるためにな。やはり良い鍛造には良い見聞が必要だろう」
指折り数える。この世に古くより残る、伝承を持つ魔剣神剣妖刀霊刀。
そういったものの知識にかけて、俺より詳しい人間はいないと自負できる。
「……嵐と雷を呼ぶ精霊の剣、殺した相手の血を啜る妖刀、神官の一族に受け継がれし門外不出の霊剣。あるいは、選ばれし者のみが抜けるという英雄の宝剣には勝手に十回ほど挑戦し、精霊が金銀の斧を出すという湖に斧を投げまくり……」
「ちょくちょく犯罪交じるなあ」
「今でも試行錯誤の最中だ。魔剣で昏禍を斬る、その為ならどんな労苦も厭わない。
それをさあ……分かるか? 戻ってきたら、なんかさあ、星剣とかいうポッと出のやつらがなんか五大学府? とか作っててさあ……!」
いやでも酒が進んでしまう。
店主は引き続き、ノルトゥング学内のしおりをパラパラとめくっている。
「あっはっは。老害まっしぐらだ。まだ若いのにカワイソ」
「うるさい黙れ。大体なんでお前こそ入学案内なんて持ってきてるんだ。今から星剣学府に入るつもりか? 年齢を考えろゲブァ!?」
眼にも留まらぬ速度で繰り出された兎足キックが俺の頭部を襲い、カウンターに叩きつけられる。
吹っ飛んだグラスは店主の手が油断なくキャッチした。
「女の歳を揶揄する奴はアタシに蹴られて死ね」
「格言にしては能動的すぎるだろうが……!」
「……あ、あったあった! リュネット・シンリル、この子だ!」
指差されたのは、紙面にして半ページ分。
起き上がって覗き込むと、そこに見覚えのある少女の姿があった。
落ち着いた桜色の髪。指先までピンと伸ばした、姿勢の良い立ち姿。
『ノルトゥング制服紹介 モデル:緑鹿寮寮長 リュネット・シンリル』
映っているのは、まず左右、前後の四面図。
あとは、講義室、校庭、訓練場などでのスナップショットだ。
撮影者が何らかのこだわりがあるのか、確かに制服のデザインを細部まで確実に見せながらも、被写体の魅力も強調しようという意図を感じるアングルの数々。
下にコメントが書いてある。
『コメント:とっても可愛いデザインの制服です。けれど生地は丈夫で、戦うときに邪魔にならないよう丁寧に作られています。星剣に合わせて自分なりにアレンジしている生徒も多いです。学府付きの縫製職人もいるので、気軽に相談できて助かっています!』
相変わらず人当たりの良い笑顔を浮かべていた。
だが、普段と比べるとやや緊張しているようにも思えた。
何やってるんだこいつと思った。
「…………何やってるんだこいつ」
「制服によって入学する学府を決める子も居るって言うからねえ」
「制服によって入学する学府を決める!? 昏禍から世界を救うために戦っている星剣学徒が!?」
机に突っ伏す。
頭が痛いのは酒を追加したせいではないだろう。もう何も分からない。
「てーいーうーかー、台座。なんでこの子知ってんの~? なになに、トップの子以外も知ってる俺は玄人ですアピールかあ~? 生意気だぞ~」
「絡んでくるな! ……見かけたんだよ、先月の三十一区の市で!」
「三十一区ゥ? もろ裏市じゃん。治安部の子が取り締まりにでも来た?」
「いや、魔力素材を探しに来ていた。実験で使うだとかで」
「星剣学徒がなんで雑用みたいなことしてんの」
開いたグラスを拭きながら店主が首を傾げる。
俺は、酒でぼやけた頭で、その時のことを思い出しながら答える。
「知らん。とにかく、うろうろしていて目に付いたから、声をかけてやったんだ」
「あんた暇だもんね。――え、まさか本家本元の星剣学徒ちゃん相手に売れない魔剣を並べて営業トーク聞かせたの? ギャグじゃん」
「喧嘩売ってるのか。斬るぞ。ただ話を聞いて、案内してやっただけだ」
「はあ~。そりゃ良かったじゃん。もしかしたら学徒がお礼にやってきてくれるかもしれないよ? どうも~、あのとき助けられたハーピーでーすっつって」
「正体バレてんじゃねえか、何の御伽話だよ。……あるわけないだろ」
まさか既に来ているとも言えなかった。
ごまかすように付け合わせの揚げ芋をかじる。
「だいたい、俺は星剣騎士が嫌いなんだ」
「はあ~あ、これだから……」
俺の心の底からの言葉に、店主は両手を上にあげて長い耳をぱたつかせる。
「仮にあんたがどれだけ星剣騎士が嫌いでもさ、生徒は悪くないでしょ。
いま昏禍相手に頑張ってるのはあの子たちだよ。少しは応援してやろうって気持ちにはならないの?」
「…………」
分かってる。
それこそ、ノルトに存在する全て、この店も、この酒も。
彼女らが昏禍から守ってくれるという前提で、この街に存在している。
「うるさいな。正しくないのは分かってるさ。別にいいだろ、俺一人応援しなかったところで、彼女らの足を引っ張るわけじゃない……」
「うーわ開き直りやがった。あーあ、昔はもっとまともだったのに、どこでこんな捻じくれちゃったかねえ~。かつての戦友として悲しいよ」
「どこ目線だ。お前、俺を何だと思ってる?」
「いつまで経っても大星剣時代に適応できない、時代遅れの魔剣鍛冶師」
「よし戦争だ。言って良いことと悪いことがあるよなァ!」
「お! やるかぁ~? アタシも昏禍時代の生き残りだぞ、魔剣も差してない酔っ払いが勝てると思うなよ~!」
「おい、"台座"と"跳ね足"がやり合うみたいだぞ!」
「やれやれー!」「どっちに賭ける!?」「跳ね足に4!」「台座に3!」「やっちまえよ!」「踏まれろ台座!」「やれー姐さん!」「ついでに踏んでくれ姐さん!」
――その後の記憶は残っていない。
翌朝、目覚めた時には、兎の足跡が顔面に残った状態で店の外に寝転がっていた。
このくらいでなければ、ノルト外縁部の酒場は務まらないのだった。
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