第2話-②

2.


「もしかして、お忙しかったですか?」

「……そういうわけじゃないが。来るなら事前に連絡しろ」

「でも先生、通信輝器ロゼッタを持ってないじゃないですか」

「冒険者の店……じゃない。フリーランス職人の仲介店に窓口はある」

「じゃあ、そちらからご予約を入れればいいですか?」

「…………」


 そうなった時のことを想像する。後で何を言われるか分かったものではない。


「……やめろ。入るならさっさと入れ、シンリル。君がそこに立っているのを誰かに見られるだけで、俺は通報されかねない」

「そんなことないですよ。きちんと外出届も出していますし。……それと」少しだけ不満そうに口を尖らせる。「リュネットです、先生。私の名前」

「第三星剣学府ノルトゥング第二十四期入学、四回生リュネット・シンリル。親しい相手にはリュティとかリュネちと呼ばれている。覚えているよ、"シンリル"」


 校章の中心に"Ⅳ"と刻まれた校章を指差す。

 なんで校章に学年が刻まれているのか。

 毎年新しく変えるのだろうか。この高そうな制服を。ブルジョワジーだ。


「えあー……強敵です」


 少女がよく分からない声を出しながら部屋に入ってくる。

 星剣学府に所属する騎士候補生――星剣学徒と言われる――は、通常ならばノルトの中央部にあるノルトゥング学区内の学生寮に居住している。

 本来ならばこんな裏町にいるはずがない少女だ。


「呼び方というならそっちもだ。何度も言うが、俺は君の先生じゃない」

「お邪魔しますね。あ、先生またこんなに散らかして……この前片付けたばかりですよ。お掃除しますね」

「人の話を聞け。先週は鍛冶場に籠もりっきりだっただけだ」

「え、新作ですか! 気になります、どんな剣を作られたんですか?」


 こちらの言葉を完全に無視し、パタパタと手を動かしながら聞いてくる。

 仕事内容に興味を持たれるのは悪い気はしない。むしろ、すごく良い気がするといってもいい(?)。それが星剣学徒でなければ。

 ――ほんの十数年前に出現し、旧世代のあらゆる魔術にとって変わって、世界の守護者にして文明基盤インフラとなった勝者が、彼女たちである。

 そしてそれは、一つの確固たる事実を示している。


「掃除も頼んでいない。新作も、君に話すような作品じゃない」

「気になります。教えてほしいです」

「君が聞いて何になる」

「興味があるんです。いけませんか?」

「…………」


 魔剣鍛冶師は、星剣学徒よりも地位が低い。



╋ ╋ ╋ ╋



「へえ……! 包丁に魔剣を使う料理屋さんってすごいですね。一度行ってみたいです。やっぱりお高いところなんでしょうか?」

「どこで使っているのかは聞いていない。ただ注文と依頼書に合わせて作るだけだ。……それで、君の両手の袋は?」

「ごみと、ごみでないものと、わたしでは判断がつけられないものです」


 他愛もない話をしているうちに、典型的な男の一人暮らし空間は一変していた。

 出しっぱなしの資料は綺麗にまとめられ。机の上は整理整頓され、足の踏み場もなかった床は掃き清められ、久方ぶりの陽光を浴びた床板が誇らしげに輝いている。


「なんで星剣学徒なのに掃除が得意なんだ……」

「寮だと家事は共同でやりますから。先生みたいに苦手な子や、生活習慣が違う子も多くて、手伝いをしてたら自然と慣れてしまって」

「……あげく、こんな僻地に通う羽目になっているわけか。ご苦労なことだな」

「ご苦労じゃないです、お礼です。先生にはいつもお世話になっていますし」


 お世話もしていなければ、お礼をされるようなことをしたわけでもない。

 彼女とは、ほんの一月ほど前に出会ったばかりだ。

 その時のことだって、色々と勘違いされている。

 だが、そう言ってもこの少女は聞かないのだった。


「お茶を淹れますね」

「茶葉がない」

「そう言われると思って、持ってきました。うちの購買のものですけど」


 少女が柔らかく笑う。自分の鞄の奥から茶缶を取り出して、台所に向かう。

 なぜ台所の配置を知っているのか? そもそも、ここに住んでから全く使用せず物置になっていた台所を掘り起こしたのが彼女だからである。

 情けないとか言うな。


「ぬるわぁん」

「あ、ヌルちゃん! お邪魔してます。ふふ、今日もふわふわですねー」


 台所の奥から蝋燭猫との暢気な会話が聞こえてくる。

 やがて、湯の沸く音と、鼻をくすぐる茶の香りが漂ってくる。

 居心地の悪さに視線をさまよわせると、机の上に置かれたものに気がついた。

 彼女が茶缶を取り出すときに、一緒に鞄から取り出したらしかった。

 額縁のような長方形の容器に、水晶玉がはめ込まれている。見覚えがあった。


「……また懐かしいモノを」


 手を伸ばした瞬間、ティーポットを持って少女が戻ってきた。


「お待たせしました。……先生、それ知ってるんですか?」

「何って、"試しの水晶"だろ。触れた人間の魔力量と属性を調べる魔具」

「え? ティンカーベル社の輝力計測器『オーラはかるくん』さんですけど」

「なんだそれは?」


 なんだそれは。

 ……輝器とは、星剣が有する"輝力"を用いて稼働する道具の総称だ。

 学府内の主要設備は大半これである。


「完全にパクりじゃないか。冒険者の店ならどこでも一つは置いてあったぞ」

「そうなんですか。……冒険者の店、ですか?」

「……昏禍の王が倒される前は、そういう職種があったんだ……」相変わらずの世代間情報差に頭を抱える。「それよりこの魔具、もしかして壊れてるのか?」

「あ、はい。寮で使っていたものが壊れてしまって。

 来る途中で校内にある修繕所に持っていったんですけど、担当者がいらっしゃらなくて。予約を入れても捕まらないんですよね……」

「…………。掃除をしてもらった分だからな」

「先生?」


 ため息をついて、眼帯を外す。

 特別な紋様が刻まれた織布は、平時の視覚を閉ざすこと引き換えに、裸眼での魔力感知を補助する魔具である。

 魔具の効果で元の色より赤みがかった瞳で、水晶を見据える。


「沁脈図、観測」


 机の上に置いてあった薄い小刀――刀子を手に取り、水晶玉を軽く叩く。

 途端に、水晶と容器の表面に、光の線が放射状に浮かび上がった。

 この魔具の機能を規定する術式の刻印である。


「輝器の、輝力回路ですか?」

「今だとそういう言い方をするのか」


 浮かび上がった光の線に驚いたリュネットが質問してくる。

 魔力の通り道。魔法陣、あるいは経絡など、呼び名はいくつかあるが。


「"沁脈図しんみゃくず"という。……本当にまんま流用品じゃないか。あそこは相変わらず雑な仕事しやがって……あちこち断裂してるな。

 ヌル、火をくれ。……おい、ヌル」

「ぬるうわん……」


 文句たらたらの声を出しながら、台所から蝋燭猫がやってくる。

 仕方なさげに差し出された尾の炎に刀子の先端を掲げると、刃が赤熱する。


「これでよし」


 そうして魔力を帯びた刀子で、破綻した線を捉え、正しい位置に刻み直していく。

 物体に刻み込まれた沁脈図を刻印し直す。

 魔具も魔剣も基本は同じだ。絵画の修復にも似た、精密作業である。


「…………はあー……」


 リュネットは、興味深げにその作業を見つめていた。

 俺の背中側から身を乗り出し、刀子の軌跡を追っている。

 首元に吐息を感じて、一瞬横を見る。空色の瞳。白い肌に、年相応に赤い頬。瞬く睫毛。すぐに視線を戻す。


「刻印、終了。ほら、治ったか確かめてみてくれ」


 正しい形を取り戻した図面が、再び水晶玉の内側に消えていく。

 リュネットは水晶玉を手にして、元通りに動くのを確認すると表情を綻ばせた。


「すごい、ありがとうございます……! あ、お代金は!」

「要らない。掃除の分だと言っただろ。……にしても、妙な壊れ方をしていたな。沁脈図の内側から弾けたようだった。何をした?」


 眼帯を巻き直しながら問いかけると、途端に少女は目線を逸らした。


「それが……その、爆発してしまって」

「爆発? 戦闘訓練にでも巻き込まれたのか」

「いえ。……今期の新入生の一人が、すごく素質のある子で。入学式のときの一斉測定会に使われたんですけど、その子が片手で触れたら、ボン! って」


 両手を花のように開くジェスチャー。

 いや、ボン、じゃないんだが。


「そんなわけあるか。これは掌に流れる魔力を感知して、全体の魔力量と属性をざっくり推定するだけの魔具だぞ。長すぎるものに定規を当てて定規が爆発するか?」

「でも、なっちゃったんです。ボン、って」

「…………訳が分からん……」


 やはり星剣とかいうものは意味が分からない。

 そもそもの成り立ちからして、あれは技術の産物ではないのだ。

 神々が人を救うために与えた恩寵だの、星が昏禍から身を守るために生み出した防衛機構だの何だの、うさんくさい謂れしか聞こえてこない。


「あの……また、こういう相談があったら、こちらに来ても良いですか?」


 リュネットが慎ましく首を傾げる。俺は端的に答えた。


「何度も言うが、君がここに来る意味はない」

「…………う」

「最初に会った時のお礼というなら、俺はあれを貸しとは思っていない。

 むしろ命を救われたのは俺の方だ。興味本位だとしても、もっと君には見るべきものがある」

「そんなこと……わたしは本当に、先生のお仕事に」

「魔剣は、昏禍を浄化できない。俺が、星剣騎士に出来ることは何もない」


 事実を告げる。水晶を手にした少女が静かにうつむく。

 ……魔剣と星剣は、根底から異なるモノである。

 世界を滅ぼしかけた昏禍の災厄を、星剣だけが退けることができた。


 最大の元凶である昏禍王こそ十年前に斃されたものの。

 未だ、その脅威は各地に残っている。

 昏禍の討滅は星剣学府の何よりの責務である。

 こんなところで壊れた水晶玉を直している暇などない。

 だというのに少女は、うつむいたまま何も言わない。何か、こちらが無理を言っている気がしてくる。


「……シンリル。あのな、これは君にとっても……」


 続けようとした言葉をさえぎって、毛玉が俺の顔に覆い被さった。


「ぬんるるるるる」

「ぐわっ! おい、離れろヌル、何しやがる! ……まさか、今のを一仕事だとカウントしたのか? 高級餌はないと言って……あいだだだだっ!」


 ヌルが爪を立ててくる。魔力炎の対価を求めている。

 俺は魔力を柔軟に扱う才能がなく、ヌルのような高純度かつ低出力の魔力の外部供給が必須だ。だが魔獣のご褒美になる餌は値段も馬鹿にならない。


「あだっ!」


 やがて蝋燭猫は俺の顔を蹴り、机の上を跳び渡って、リュネットの胸元にぽすんと収まった。

 ぽかんと見つめるリュネットを見返すと、決断的に鳴く。


「ぬる。ぬるわん」

「えっ。……あ、ブラッシングですか? 分かりました」


 少女は猫に命じられるまま、自分の鞄の中から猫用の櫛(なんで持ってる?)を取り出すと、柔らかくヌルを梳き始める。


「ぬぐるおおん……」

「ふふ。綺麗にしましょうね」


 少女の腕の中で液体のように身を捻りながら調子よく喉を鳴らすヌル。

 ブラッシングをボーナスとして受けとったようだった。

 リュネットは再び、こちらを見て首を傾げた。


「……ごめんなさい。というわけなので、もうちょっとだけ居て良いですか?」


 ちょうどいい理由が出来たと言いたげに、花のような微笑み。


「…………好きにしろ。俺は寝る」

「ありがとうございます。……えっ。寝る?」

「言ったろ。仕事上がりなんだ、疲れてる」


 考えることが面倒くさくなった。奥の寝室に向かう。

 素材収集も含めて二週間かけた魔剣鍛刀の仕事を終えて、魔具修繕までこなしたのだ。

 十分に働いたといえる。

 リュネットを部屋に一人にすることについても、気にするだけ馬鹿らしい。

 そもそも彼女がその気になればいつでもこんな工房は好きに出来るのだ。

 少女は少し迷っていたものの、ヌルへのブラッシングを再開した。


「ぬるうぐぐぐん……」

「ふふ。ヌルさん、ヌルさん。ぬるる……」


 少女は、楽しげに猫の寝言を真似ながら、柔らかな手つきで長毛を整える。

 肩越しに一瞬その様を見やる。


「暗くなる前に帰れよ」

「はい。……お疲れ様です。おやすみなさい、先生」


 閉めた扉越しに、そんな言葉が聞こえてきた。

 ……やがて、夜になって目覚めた時には、もう彼女の姿はなかった。

 つやつやの毛で眠るヌルと、輝器修復のお礼のメモ書きだけが残っていた。

 リュネット・シンリルは、そういう、どこまでも真面目で律儀な少女だった。





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