第4話① 「十年振りの、答え合わせと行こうか」
1.
一ヶ月ほど前のこと。
それは、本当に、何の理由もない、ちょっとした気まぐれだった。
第三十一区は、いわゆる裏市とされる場所だ。
城塞都市ノルト一区から五区は、ほぼ星剣学府ノルトゥングの敷地が占める。
六区から十区は、学府の関係者や、それに出資する富裕層の居住地。
十一区から十九区は、学府ができる前からノルトに住んでいる一般市民の区域。
そして中央城壁より外側にある二十区以降。
それは、星剣学府の設立によって膨れ上がった大都市の恩恵を受けたいものの、治安の担い手でもある星剣学府とは直接相対したくない――そんな連中が住む場所だ。
そこで開催される裏市は、危険な対人魔具や、横流しされた輝器、それらの原料となる鉱石や魔力素材など。
並ぶ商品は玉石混淆、というには玉が少なすぎる。客層もそれに相応しいものだ。
いさかいも多いが、俺にとっては慣れたものだった。
「…………」
そして今。
フード付き外套をまとった小柄な影が、並べられた魔剣を見ていた。
何か言うわけでもなく、ただ本当に見ているだけという様子だ。
別に、特に期待はしていない。ここの市には一年ほど出店いるものの、俺の魔剣が売れた試しはない。
「……おい、冷やかしなら帰ってくれ」
「えあっ!? ええと、その、ごめんなさい……そういうつもりではなかったんですけど……!」
フードの奥から、慌てた声が聞こえて来た。
声量を落としているものの、年若い少女の声だった。俺は溜息をつく。
……今日、この人影が目の前で立ち止まるのは、五度目になる。
ぐるぐる同じ場所を回っているのだ。裏市に慣れていないのだろう。
今の受け答え一つ取っても、育ちの良さが窺えた。放置すれば確実に揉め事に巻き込まれる。
「それは魔剣だ」
「魔剣……ですか?」
「ああ。特別な魔力素材を使い、特別な製法を用い、特別な効果を付与した剣。
昏禍を斬るために、俺が鍛えた武器だ」
「昏禍を?」
「――おいおい、お客さん! 騙されちゃいけねえぜ!」
すぐ向かいの店から、こちらを嘲笑う声が聞こえた。
「そいつは頭がイカれてんのさ。星剣以外で昏禍が殺せるわけがねえだろ! いい加減に諦めろよ!」
「ハハハ、やめてやれよ。本当に"台座"の魔剣が昏禍を殺せるなら、星剣学府に売り込んでるっての。……ティンカーベルの連中は本当に上手くやりやがったよなあ」
「お客さん、そんなチンケな剣よりも、どうだい、こっちのとびきりトべる薬ゲハァッ!?」
鞘に入れたままの小剣が、男の眉間に命中する。
男がのけぞる。投げつけた魔剣は、楕円軌道を描いて俺の手元に戻ってくる。
「テメェ"台座"! よくもゴヒィッ!?」
二回目。こちらに来ようとした鼻っ柱に再び鞘入り魔剣を投げつける。
男は倒れた拍子にテントの柱を巻き込み、そのまま天幕に包み込まれる。
「ギャフーッ!?」
「少なくともお前の頭をカチ割るには十分だったようだな?」
俺は戻ってきた魔剣を袋に詰めて背負うと、店頭に『店主不在。連絡は月焼庵まで』の看板を置いて立ち上がる。
軽く手招きし、フードの人影を呼び寄せる。
「場所を移そう」
「え、あの、あれはあれでいいんですか?!」
「災難だったな。あんなトラブルはここじゃ日常茶飯事だ」
「その、控えめに聞くんですけど、先に手を出したのはあなたの方では……!?」
「日常。茶飯事。だ」
淡々と答え、先を促す。
「それで。魔剣が見たかったわけじゃないだろう。何が目当てだ」
「え」
「ここでモノを探すにはコツがいる。日暮れまで迷いたいのか。帰路の安全は保証できんぞ」
「……ありがとうございます。この一覧にある商品なんですけど……」
ぺこりと小さく頭を下げると、メモ用紙を出してきた。
「……マンドラゴラの乾燥根に、サラマンダーの真皮。五属性の魔石……?
またクラシカルな。魔法薬師か、錬金術師か何かか、君は?」
ここ最近ではまるで見なくなったような古い素材ばかりだ。
「いえ。友人の趣……えと、研究で必要になったんです。
この、黒曜石の鏃刀というのは魔剣なんでしょうか?」
「ああ、それで俺の店の前をうろついていたのか。
それは魔剣じゃなくて、水や風によって刃状に削られた自然石だ。
そういうものを全部ひっくるめて魔力素材という。その一種だな」
簡単な説明に、ふんふんと興味深げに頷く少女。
いささか老けた思考だと自覚しているが、こういう古い技術を求める若者がいるというのは、悪くない気分だった。
無遠慮な俺の視線に気付いたのか、人影が顔を上げる。
「あ。すみません名乗りもせずに。わたしは、えっと……リューネ、といいます」
明らかに申し訳なさそうに言う。まあ偽名なのだろう。
馬鹿正直に本名を名乗られるよりはよほどいいが、本当にこういう場所に来ていい人物ではないようだ。さっさと帰らせなければ。
「"台座"のラーセル。魔剣鍛冶師だ。魔力素材の店ならこっちだ」
出店のあった広場から路地を二つほど抜け、奥まった位置の店にたどり着く。
この手の店特有の、すえたような薬の臭いに満ちている。
妖怪のような老婆が店主をしている、魔法薬・魔力素材の店だ。
俺も何度か魔剣の原料を買いに来たこともあり、質は信頼できる。
「婆さん、邪魔するぞ。……ん?」
だが扉を開けると、待っていたのは老婆ではなく痩せた青年だった。
確か、老婆の助手だかアルバイトだかをしていた男だ。
カウンターに肘をついてうたた寝していたが、俺たちに気付いて顔を上げる。
「らっしゃい。えっと"台座"だっけ? 久しぶりだな」
「なんだ、お前だけか? 婆さんはどうした」
「ああ、ちょいと前に階段でこけてね。足を折って寝込んでる。もう一月になるかな……そろそろおっ死ぬんじゃねえかな? そうなったらこの店は俺のモンだ」
青年が得意げに言う。
いきなり聞かされた物騒な話に、隣でリューネが動揺した様子があった。このくらいの憎まれ口はこの辺りでは日常会話である。
「リューネ、真面目に受けとらなくていい。……君の目録の品は、あっちの端の方にある。探してきなさい」
「えあ、はい! ありがとうございます……わ」
初めこそ雰囲気に気後れしていたが、すぐに散策し始める。
好奇心旺盛なのだろう。遠目に見ていると、店員が話しかけてきた。
「台座ァ。誰だよありゃ。この辺の奴じゃないよな」
「さあな。十区あたりの子供かもしれん。用を済ませたらもう二度と来ないよう伝えるさ」
「お使いの見守りでも始めたのか? 確かに刀鍛冶よりは儲かるかもな」
「言ってろ。……そっちこそ、品揃えを変えたか?」
「お、分かるか? この大星剣時代だぜ。婆さんのカビ臭い取引先だけだとマンネリだろ? 裏ルートでいいもん入ってるぜ、どうだい」
ちょうど少女が見て回っているあたりの棚を指差す。
「この前よ、大昏禍が討伐されたろ? それで開いた北壁の資源が一気に雪崩れ込んでるんだけどよ」
声を潜めて、わざとらしく囁く。
……昏禍の脅威によって、人間の生存圏は一度、半分以下にまで落ち込んだ。
逆に言えば、星剣によってその脅威を祓えるようになった今、昏禍の勢力圏に取り込まれた残留物や資源は、すべて所有者のいない財宝となった。
だが通常、そういう開拓行為は星剣学府が管理しているはずだが。
「あそこに並べてあんのは、学徒が大昏禍を祓ってから、開拓が入るまでの間に忍び込んだ奴らが仕入れてきたお宝だ。見たこともねえ魔石、有名な絵画、滅んだ都市に残された魔導書! 競り落とすの苦労したぜ」
「ふぅん。まあ別に…………なに?」
不意に。
嫌な予感が走った。
「それ。保護はどうしてる?」
「それだよ! いくら北壁のもんだからってよ、何重にも探査の魔術だの浄化魔術だの封印魔術だの重ねさせられてさあ! その費用だけでいくらしたと思う?」
告げられた愚痴に、思わず店の端を振り返った。
少女が興味深げに、色分けされた魔石を覗き込んでいる。
…………その背後。
浄化魔術がこれでもかと書き込まれた札によって、中身が窺えないほどぐるぐる巻きにされた一冊の本。
その表面に。
じわりと"色彩"が滲んだ。
「リューネ!」
「え――きゃっ!?」
床を蹴る。少女を突き飛ばし、その位置に割って入る。
そして。
多重封印の内側から、噴水のように"それ"が吹き出した。
表現するなら、紫色と橙色が混合した、細かな結晶の集合体。その飛沫が、少女を突き飛ばした直後の俺の首元に降り注ぐ。
「づ……!」
「ラーセルさん!?」
「え、ちょ、おい、"台座"!?」
「……この大間抜け! ド素人が! 今すぐ婆さんの足の爪の垢煎じて大瓶三つ分飲み干してこい!」
魔導書が、禍々しい紫橙色の
それだけではない。噴き出した結晶は、周辺の魔石。薬品。呪詛人形や魔獣の骨などの魔力素材を無軌道に巻き込んで、店の天井につくような歪なヒトガタを作る。
――――これが人類の敵。
今より約五十年前に現れ、あらゆる生命を侵し尽くした黄昏の災厄。
一説にはそれは、そうして数多の世界を渡り歩き喰らい尽くしてきた
正体不明。原理不明。限界不明。
唯一つ、目的のみ明瞭――――万物の侵蝕。
「
背後の少女が、息を呑んで恐怖とともにその名を口にした。
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