第2話① 「俺が、星剣騎士に出来ることは何もない。」

1.


 旧シルメリア王国領、城塞都市ノルト外縁部。

 第三十七区蜥蜴通りロの十二番――要するに中央城壁に囲われてすらいない外側の、街の端の端の端。

 【魔剣鍛冶 月焼庵】。

 掠れた看板の掛かったこの建物こそが、俺の住居兼仕事場だ。

 建物は古く、移動手段も乏しく治安も悪いが、敷地は広い。

 鍛冶の音や煙によって、周りから文句を言われない立地というだけで十分だ。


「……フ。さて、今月の家賃は間に合うか……? 最悪、土下座も視野に入るな」


 仲介屋に切った啖呵は、まあ、ありていにいえば虚勢であった。

 強がりともいう。

 だが、昔聞いた格言によれば、武士は食わねど高楊枝、らしい。俺ならばその高楊枝だって魔剣にできるはずだ。


「……疲れてるな」


 外の井戸で顔を洗う。水を張った桶には、男の顔が映り込んでいる。

 かまどの燃え残りのような灰髪に、顔の半分を覆う布製の眼帯。

 連日の魔剣鍛造で、目元にはクマが見え、頬もこけている。とはいえ目つきが悪いのは元からだ。つまり、なんら代わり映えのしない俺の顔である。


「手持ちの仕事は尽きた。今日は休むか……」


 報酬額はともかく、久々の本業を終えた達成感は心地良い。

 玄関を開けて、家に入る。

 目に入るのは、瓶に入った薬剤に魔力素材。散乱した図書。書き殴った魔剣の設計案、製図道具。物で埋め尽くされた部屋を横切り、ギリギリ一人分の隙間が空いたソファに背中から倒れ込む。

 寝転びながら、貯めていた傍らの新聞を開く。


【北峡谷の大昏禍、ついに討伐。討伐の鍵となった星剣学徒に独占インタビュー!】

【ティンカーベル妖精社、新たな輝器の開発を発表。輝力管の小型化の秘訣とは?】

【北壁の開拓事業開始されり。荷運びを募集中】……


「……ん。来週から二十区の市で安売りか……良い薪でも入っていればいいが」


 魔剣の鍛造には多大な労力を要する。素材集め、術式の設計に刻印、鍛造。

 たとえそれが料理人の訓練用包丁だとしても手を抜くことはない。

 起きたときに忘れないようにと、手元のメモ紙に走り書きを残していると、足下で丸っこいものが動いた。


「ん?」

「ぬん。ぬわん」


 寸胴鍋のような大きさの、毛の塊であった。

 もうもうとした毛の中心部分に、三角形に配置された小さな目と鼻。

 かろうじて狩猟動物であることを示すまん丸の瞳孔が、俺を見上げていた。


「……ヌル。今回の報酬はもうやったろう。しばらく仕事はない」

「ぬるるるるるる……」


 文句らしき唸り声を上げる、ぶち色の毛玉。

 蝋燭猫キャンドル・キャットという魔獣だ。その名の通り、尻尾の先が炎のように燃えている。

 これは魔力の炎で、当人……当猫の意志なしに周りに燃え移ったりはしない。野生下では、この火を用いて夜に寄ってきた小動物を狩ったりするらしい。


「文句を言ってもないものはないぞ。ただでさえお前の好みの餌は高いんだ」

「……ぬわ~わ」


 話にならんとでも言いたげな、絶妙に苛立つ鳴き声をあげてヌルが去っていく。

 文句を言われる筋合いはない。こいつはペットではなくあくまで雇用関係だ。

 月焼庵の唯一の従業員なのだ。

 新聞を置き、ソファに寝転がる。さて今度こそ一眠りでもしようかと思った時。

 玄関のベルが鳴った。


「…………」


 りぃん……りぃ、ぎぎ。

 りん。りぎぃん……りり……。

 繰り返される、古びて軋んだベルの音。落ちかけた意識が揺り起こされる。

 基本的に、月焼庵に来客はない。直接の依頼人など来ないからだ。

 むしろ、物珍しさから泥棒やごろつきに狙われることの方が多く、そういった不届き者に対応するための侵入者用の魔剣も設置してある。

 そして、その全てに手応えがなかった。


「…………」


 逆説的に、やってきた相手にあたりがついた。

 眉間に皺が寄るのを自覚する。頭を軽く振って身を起こし、我ながらふらふらと怪しい足取りで玄関に向かう。

 り、りぎぃ……――がちゃ。

 三度目のベルの音が鳴りきる前に、建て付けの悪い戸をこちらから開いた。


「わ」

「……何度も押すな。ベルが外れる」


 そこに立っていた相手は、四度目のベルを鳴らそうとしていたところだった。

 ありえざる客は、俺を見て目を丸くして微笑んだ。


「……こんにちは、先生! 出てくるの、いつもよりお早いですね」


 小鳥のさえずりのような、澄んだ声。

 そこに立っていたのは、年の頃、十代半ばになろうという少女だった。

 背丈は俺より頭一つ低い。羽織っていたフードの内側には、腰まである柔らかな髪がまとまっている。赤髪というにはやや淡い、桜白髪チェリーブロンド

 空色の瞳は柔らかく緩められ、対峙する相手を安心させる笑顔を浮かべる。

 頭頂部には高級そうな紋様の浮かぶ白のカチューシャ。目立たないように着ているだろう煤けた外套も、むしろ内側の少女の清淑さを引き立てているようだ。

 そして。硬質な縫製の、上品な制服。

 胸元には、輝く星と剣が交叉する校章と、その中心に刻まれた『Ⅳ』の文字。


「……また来たのか。シンリル」

「はい。また来ちゃいました。――お久しぶりです、先生。星剣学府ノルトゥング四回生、リュネット・シンリルです」


 対侵入者用魔剣など、何の役にも立たない。

 この少女が身に宿す、魔力マナならぬ輝力オーラは、旧時代の半端な防御用魔術など片っ端から無力化してしまう。


 古き良き城塞都市ノルトには、現在、もう一つの名前がある。

 【第三星剣学府ノルトゥング】。

 世界の敵たる昏禍シェイドと戦う唯一の力、星剣アストラを宿す子供たちのための学園都市。

 すなわち――魔剣鍛冶師が没落する原因となった、最大の商売敵である。


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