『時代遅れの魔剣鍛冶師は、星剣ガチャが分からない』

ミズノアユム

第1話 「魔剣鍛冶師、台座のラーセル。」

1.


 ――カァン。

 鈍い音が響く。

 眼下。赤く踊る焔の光が、瞳を灼く。その火色を確かめながら、鎚を振るう。


 ――――カァン。硬い音が響く。

 炎の踊る音と、鉄を鍛つ音。この狭い炉の中で、聞くべき音はそれだけだ。

 赤熱する鋼。繰り返し畳み、曲げ、再び鍛つ。優れた剣を形作るには、不純物の一毫も許してはならない。炎を浴びて、鋼が色を変えていく。


 疲労。火傷。外の景色。すべて感じる意味などない。

 刃を鍛える、ただその為にだけ、眼も、手足も、自分という存在の全てを集中させる。


 ―――――――カァン。鋭い音が響く。

 己は刀鍛冶だ。そして、鍛え上げるのはただの刀剣ではない。

 それは、魔剣と呼ばれるモノ。刃の一振りで、万物万象を斬り、裂き、穿つ。


 鎚を振り上げる。一打ちごとに、魔力が渦を巻き、炎と熱とともに吸い込まれていく。それを幾百、幾千と繰り返す。


 肉体を酷使する。精神を磨り減らす。魔力を注ぎ込む。

 魔剣とは、魔剣鍛冶師が、その命ごと浴びせるが如くして作り出す。

 ただ一振り、両腕の長さほどもない鉄棒に、己が魂を載せる。


 カァン。澄んだ音が響く。

 叩く。伸ばす。刻み込む。折り曲げる。また叩く。伸ばす。刻み込む。


 カァン。重い音が響く。

 繰り返し。繰り返し、繰り返し。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。


 鋭くあれ。硬くあれ。美しくあれ。強くあれ。

 これを握る者の礎となれ。これを振るう人々の希望になれ。


 カァン。

 魔剣の鍛刀は、祈りに似ている――――



╋ ╋ ╋ ╋



「待たせたな、これが依頼の品だ」

「んあ。久々だな、"台座"。依頼? 何だったっけか」

「おい忘れるな仲介屋。間違いなく俺の傑作の一つ――

 

 ――――『魚介を斬る魔剣』だ!」


 俺は、心血を注いだ数本の包丁をカウンターの上に並べる。

 うん、我ながら研ぎも美しい。深海を映したような濃青の刃だ。


「あー、依頼あったなそういや。どれが何だ? ……あ、いや待て、説明は要らな」

「よく聞いてくれた!」


 聞かれたならば仕方ない。身を乗り出し解説をする。


「今回は料亭で魚を捌くのに使う包丁ということで依頼を受けた。

 まず左端から柳刃、小刀、出刃。この一番大きなものは大型魚用の卸し包丁だ。切れ味は当然のごとく折り紙つきだが、更に峰には鱗剥ぎの、刃元には骨切りの効果を付与してあって、このセットで大海蛇でも捌ける。

 刀身には南洋の海底火山からしか採れない深青鋼を使用、精練の工程から水の上級魔石から抽出した純水しか使ってない。いわば海や川そのものとも言える力を帯びている! どんな魚でもこの魔剣に抵抗することはできず、使用者の腕にもよるが魚自身に捌かれたことに気付かせず泳がせることすら可能だ! 刻んだ沁脈図は、以前に俺が海沿いの遺跡で発見したものを参考に……」

「あー分かった、分かったよ、"台座"! しっかり添書を読むよう客に伝えとく!」


 仲介屋の男は鬱陶しげに手を振る。ちっ。これからがいいところだったのに。

 報酬の入った革袋がカウンターに置かれる。いささか心許ない銀貨の音がした。


「……おい。前よりもさらに減ってないか?」

「分かってんだろ、今時そんなの注文する奴はいねえんだよ。頼まれるだけマシだと思ってろ。今回のは、どこぞの料理屋が、新人の練習用にっつってたかな……」

「……仕方ない。良い後継を育ててくれと伝えてくれ。こちらはサービスの砥石だ。特別な製法で深青鋼をそのまま混ぜてあり魔剣本体ほどじゃないがこれで研いだ包丁にも一時的に海の魔力による魚への特攻効果がのってだな特に――おい報酬を引っ込めようとするな!」


 説明を嫌がる仲介人から革袋を奪うように受けとる。

 魔剣の作製に掛けた労力と比べると頭が痛くなるが、仕方ない。


「……他に魔剣の注文はないか? 『北壁』の封鎖が解かれたと聞いた。昏禍相手にやり合う兵士や武器を募ってるはずだろう」

「へえ、耳が早いな。……けどな、魔剣の売り先? 兵の募集? あるわけねえだろ」


 男があからさまに呆れたように腕を組み、首を傾ける。


「戦うのは星剣学府の学生さん達だよ。まだ記念品のアクセサリーの方が売れるだろうな。小さな鞘にドラゴンの絵を彫るだけの仕事、やるか? 割はかなり良いぞ?」

「…………ぐ」やや心が揺らぐ。が。「やめ、ておく。引き続き注文は受けてくれ。条件が多少……いやかなり悪くても、魔剣の鍛刀なら受ける。じゃあな」

「おい、"台座"。"台座"。……ラーセル!」


 報酬をしまって店から出て行こうとすると、声がかかった。


「いつまで魔剣に拘ってるつもりだ。この『大星剣時代』だぞ。お前の腕なら、輝器の整備でも妖精社の技師でも、もっとマシな職場があんだろ」

「…………」


 この仲介屋との付き合いはそこそこ長い。

 人相は悪いが、人相ほど性格は悪くはない。

 気遣いへの礼に、肩越しに軽く片手をあげる。


「悪いな。――魔剣鍛冶師、"台座"のラーセル。たとえ最後の一人になるとしても、俺に、それ以外の名前はない」



╋ ╋ ╋ ╋



 ――異次元より現れし正体不明の災害、昏禍シェイドと。

 世界の守護者たる星剣アストラの決戦から、十年が過ぎた。


 昏禍によって滅亡寸前だった人類は少しずつ復興をはじめ。

 星の輝きに選ばれし子ども達が集う星剣学府は、その象徴となっている。


 かつてこの世界には、神秘があった。

 魔法。武術。獣人。怪物。呪詛。精霊。魔獣。

 そして――――魔剣。

 昏禍の脅威に抗えなかった旧き術理は、

 今や星剣と輝力にとって代わられ、忘れ去られていく一方となっていた。


 昏禍シェイドは、星剣アストラでしか倒せない。

 そう定義されたあの日から、俺はずっと、無意味な魔剣を鍛えている。


 これは、敗北の物語だ。

 世界を救えなかった男が、世界しか救えない少女を利用した、

 敗北と、妥協と、諦観と、爆死と――――無駄な足掻きの記録である。





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