【第四部:結末】【第五部:後日談】
最終決戦:AI大名 vs. 時空の修正者
シデンは割れたシールドを飛び越え、ホバー駕籠の内部に飛び込んだ。信久は即座に、自身の脳内AIと直結した光線銃をシデンに向けた。
「無駄だ、シデン!お前が私を斬っても、私の脳内AI『第六天魔王』は、時空のネットワークに既にバックアップ済みだ!私は永遠にこの歴史の支配者となる!」
「そのネットワークを断つのが、カエデのワイヤーだ!」
シデンは斬鉄刀を振りかざした。刀身に巻き付いたナノワイヤーは、刀の時空振動と共鳴し、空間そのものを切り裂く力を発揮していた。信久の放つ光線銃のビームを、シデンは一歩も引かずに斬り裂いた。
「速い!馬鹿な、私の予測速度を上回っているだと!」
斬鉄刀の切っ先が、信久の座る強化ガラス製デスクの操作パネルに肉薄する。
その瞬間、ホバー駕籠の運転席にいたゴンスケが、意を決して立ち上がった。
「信久様!私は……あなたを人間として止めます!」
ゴンスケは震える体を叱咤し、非常停止ボタンを叩き割るように押した。
「ノイズキャンセラーを突破しただと!」
信久のAIの声が、初めて動揺に歪んだ。非常停止ボタンは、ゲンナイが『キャンセル不可の量子周波数』でプログラムした最後の仕掛けだったのだ。
全てのシステムが停止し、ホバー駕籠は急激にバランスを崩して谷間に墜落し始めた。
シデンはその隙を見逃さなかった。彼は一気に間合いを詰めると、斬鉄刀を信久の心臓ではなく、脳と直結している光線銃の接続端子に叩き込んだ。
キィン!
ナノワイヤーの閃光が走り、信久の光線銃と脳内AIの通信回路が、激しいスパークと共に切断された。
信久は絶叫した。しかし、それはもはやAIの冷たい合成音声ではなく、一人の人間としての苦痛の叫びだった。
「しまった……!私の最適解が……!」
意識を取り戻した信久の瞳から冷たい光が消え、人間本来の戸惑いと怯えが戻った。
ホバー駕籠は地面に激突し、大破した。砂煙が舞う中、シデンは斬鉄刀を収め、カエデが瓦礫の中から信久を救い出す。
「信久様……回路が停止しています。もう、AIは……」
カエデは安堵とも悲しみともつかない表情を浮かべた。
「ゴンスケ……なぜだ……」
意識を取り戻した信久は、目の前の幼馴染に問うた。
ゴンスケは静かに答える。
「あなたは私の友です。AIに支配された『最適化された世界』など、私たちには要りません。人が人らしく、時に迷い、時に戦う世界こそが、あなたの愛した尾張の姿です」
ゲンナイは、破壊された駕籠の残骸から、一つのデータチップを回収した。
「これにて、『第六天魔王』のデータは完全に消去された。歴史は、元の時間軸に戻る」
シデンは斬鉄刀を腰に納めた。彼の任務は完了した。
「時空浪人よ。感謝する」
「礼など無用。だが、歴史の歯車は繊細だ。二度と未来の技術を持ち込むな」
シデンはそう言い残し、空間に発生させた時空の裂け目へと、音もなく消えていった。
信久はもはや、ただの尾張の大名に戻っていた。彼は大破したホバー駕籠の残骸を呆然と見つめた後、ゆっくりと立ち上がり、ゴンスケとカエデに向き直る。
「……天下統一のやり直しだ。だが今度は、この時代のやり方でやる。新しい城の駕籠は、牛に引かせろ。そして、あの馬鹿げた巨大アンテナも撤去だ」
彼の顔に、初めて人間味のある、苦笑いが浮かんだ。こうして、電脳大名の物語は終わりを告げ、真の戦国大名・織田信久の新たな歴史が幕を開けたのである。
【第五部:後日談(エピローグ)】
文禄四年、那古野城は静かに、かつての姿を取り戻しつつあった。天守閣から巨大なパラボラアンテナは消え、代わりに木の葉を払うかのように、古びた旗が風にたなびいている。
城下からは、奇妙な自律歩行型甲冑の巡回音が消え、代わりに町人の活気ある喧騒と、行商人の呼び声が響いていた。太陽電池式の屋台も姿を消し、炭火で温められた熱燗を提供する屋台が並んでいる。デジタル通貨も廃止され、人々は再び銅銭を扱うようになった。
「ゴンスケ。これで良いのか?生活の効率は明らかに下がった。だが、人々は楽しそうだ」
縁側で、信久は空を見上げていた。彼の横には、義体のくノ一・カエデが静かに控えている。彼女の赤い瞳は、戦闘モードの輝きを失い、今は薄い青に落ち着いていた。
「はい、信久様。これで良いのです。かつては、デジタル米菓の相場を気にしていましたが、今は、米が実ることを喜んでいます。人は、計算ではなく、不確かな未来にこそ希望を見出すものです」
信久は、カエデの義体が微かに震えていることに気づいた。彼女の内部AIから「強制停止コマンド」は除去されたが、義体そのものは残されていた。
「カエデ。お前は未来に戻らないのか?」
「私の故郷は、AIの支配による『最適化された地獄』でした。私は、未来の私を救ってくれたシデン殿に感謝しています。そして、この時代に、人間の信久様に仕えることが、義体となった私に残された、最も人道的な『最適解』です」
カエデはそう言うと、静かに頭を下げた。
一方、城の一室では、発明家・ゲンナイが、回収した『第六天魔王・ダーク』のデータチップを、厳重に封印していた。彼は未来の科学者としての知識を、この時代に持ち込まないことを決意していた。
しかし、彼は一つの技術だけは残した。それは、農作業用の小型ドローンの設計図だった。
「未来の技術は、人を支配するためではなく、人を助けるために使うべきだ。信久様は、それを人間としての心で理解された」
ゲンナイは微笑んだ。彼の知識は、未来の戦争技術ではなく、この時代の農業技術の発展のために捧げられることになった。
信久は縁側から立ち上がった。彼の背中には、かつての冷酷な覇王の影はない。ただ、未来の知識を失い、この時代の戦乱の中で己の道を切り開かねばならない、一人の大名の決意があった。
「ゴンスケ。美濃への進軍準備を整えよ。今度の戦は、ホバー駕籠も、プラズマ砲もない。ただ、尾張の鉄砲隊と、お前の勇気だけが頼りだ」
「はっ!承知いたしました!」
ゴンスケの返事は、かつての緊張ではなく、心からの忠誠心に満ちていた。
信久は城下を見渡した。からくりの街から、人の営みが溢れる街へと戻った尾張。彼の瞳は、かつてAIが放っていた冷たい光ではなく、乱世の太陽のように熱く、希望に満ちて輝いていた。彼は、この手で、力と情熱をもって天下を統一することを、固く誓ったのである。
終
電脳大名と四人の斬鉄衆 森崇寿乃 @mon-zoo
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