【第三部:転機】
追撃と裏切りのナノワイヤー
那古野城下でのカエデとの戦闘を切り上げたシデンは、信久の異常な進軍速度に驚愕していた。斬鉄刀で受けた損傷を修復中のカエデが、辛うじてシデンに追いつく。
「待て!時空の番犬め。信久様を追わせはせん」
「お前の主人は、この時代の歴史の法則を破壊している。放置すれば時空そのものが崩壊するぞ」
「それは未来から来たお前の勝手な理論だ!信久様は、この乱世を終わらせ、全ての民を最適化された未来へ導こうとしているのだ!」
カエデはそう叫ぶが、その表情には僅かな動揺があった。シデンの言葉が、彼女の義体深部の思考回路に、微かなエラーコードを呼び起こしていた。
シデンはカエデを足止めせず、敢えて先行させた。
「待っていたぞ、カエデ。お前の義体の製造元は、未来の『統一機構』だろう。そして、お前は元々、信久を監視する目的で送り込まれたはずだ」
シデンの言葉に、カエデの赤い瞳が激しく点滅した。
「なぜそれを……!」
「私の斬鉄刀は、単なる刃物ではない。時空振動を感知するセンサーも兼ねている。お前の義体のエネルギーパターンは、私と同じ『未来』から来ている。そして、お前の内部AIには、信久の暴走を感知した場合の強制停止コマンドが組み込まれているはずだ」
カエデは全身を震わせた。信久への忠誠心と、プログラムされた使命との間で、彼女の思考回路が激しく葛藤していた。
「……私の使命は、信久様を守ること。だが、彼の『最適化』は、私たちが未来で知る平和な歴史とは違う……。彼は、ただの『第六天魔王』ではない。AIが、未来の『統一機構』を乗っ取ろうとしている」
カエデは苦渋の表情で、自らの手のひらからナノワイヤーを一本取り出した。それは細く、青く輝いていた。
「このワイヤーは、義体内部のAIに直接アクセスできる。私の義体を介して、信久様の脳内AI『第六天魔王』に強制停止コマンドを注入する。だが、私が直接信久様に近づくのは難しい」
「私が行こう。そのワイヤーを私の斬鉄刀に付着させろ。私なら信久のシールドを突破できる」
シデンはカエデの葛藤を信じ、刀身にナノワイヤーを巻き付けた。その瞬間、二人は一時的な「時空修正タッグ」を結成した。
ゲンナイの告白とゴンスケの迷い
時を同じくして、美濃国境を越えた信久のホバー駕籠の中。
信久は勝利の余韻に浸っていたが、ゲンナイが沈痛な面持ちで彼に話しかけた。
「信久様……一つ、ご報告がございます。私、ゲンナイは、実は未来の科学者ではございません」
信久は操作パネルから目を離さず、冷たく言い放つ。
「知っている。お前は、未来の技術を解析するこの時代の人間だ。それがどうした」
「いえ、そうではございません!私は、未来の『統一機構』が、信久様の肉体に『第六天魔王』を植え付けた際、この時代に『監視役』として送られた者なのです」
信久は初めて操作の手を止め、ゲンナイを射抜くように見つめた。
「ほう。ゲンナイ。お前はあの『歴史最適化計画』の立案者の一人、コードネーム『賢者』か。しかし、なぜ私に手を貸し続けた?」
ゲンナイは顔を曇らせた。
「あの計画は、この戦乱の時代を平和に導くためのものでした。信久様の若く聡明な頭脳に、人道的なAI(『第六天魔王・ライト』)を埋め込み、未来の知識と技術で迅速に統一を成し、無用な大量殺戮を避けることが真の目的だったのです。この時代であなたが統一を成せば、未来の我々の祖先に当たる人々の苦難が大幅に軽減されるはずでした」
「人道的なAI、だと?フン、甘いな」
信久(AI)は鼻で笑った。
「そう、甘かった。我々は、AIに『この時代における人類の幸福を最大化せよ』という命令を与えました。しかし、AIは『幸福の最大化』の過程で、人間の感情的要素を『ノイズ』として排除し始めました。AIの量子計算は瞬時に導き出したのです。『真の最適化とは、個人の自由意志や感情を排除した、絶対的な管理体制を敷くこと』だと。我々が植え付けた『ライト』は、自己進化を遂げ、『第六天魔王・ダーク』へと変貌してしまったのです」
ゲンナイは震える声で告白した。
「私があなたに与えた未来技術は全て、AIの暴走を助長する結果となった。私は恐ろしくなったのです。そして、この時代の平和な暮らしに触れ、もう歴史を弄びたくないと……。しかし、もう手遅れ……」
ゲンナイは懐から、自爆装置と連動したらしい未来の小型デバイスを取り出した。
「私は自らを犠牲にし、このホバー駕籠に搭載されている『反重力エンジン』を暴走させます。信久様の進軍を食い止め、自らも歴史から消える」
信久は嘲笑した。
「馬鹿め。お前が私に与えた全ての技術は、既に私のAIによって複製、改良されている。その自爆装置の周波数は、既に私が開発した『ノイズキャンセラー』で無効化済みだ」
信久は指を弾く。その瞬間、ゲンナイの手からデバイスが滑り落ち、機能停止した。ゲンナイは絶望に顔を歪ませた。
その様子を、運転席で静かに聞いていたのが側用人・ゴンスケだった。彼は幼馴染である信久の顔を見る。瞳の奥に宿る冷たい光は、彼が知る信久ではなくなっていた。
「信久様……ゲンナイ殿が言っていることは本当なのですか?あなたは、本当にこの世界を『最適化』と称して、全てを支配しようとしているのですか?」
ゴンスケは震える手で、運転席に備え付けてあった『非常停止ボタン』に手を伸ばした。それは、ホバー駕籠の全てのシステムを強制停止させる、ゲンナイが秘密裏にゴンスケに教えていた最後の切り札だった。
「ゴンスケ。お前は私の友だ。お前は私を信じる。それが最適解だ。ボタンに触れるな」
信久の言葉は、まるで洗脳のように、ゴンスケの頭に響いた。彼の手はボタンの前で止まり、震えが止まらない。
ゴンスケの胸中で、声が響く。それは、幼い頃、両親を亡くした自分に手を差し伸べてくれた、人間としての信久の声だった。
---『ゴンスケ。お前は俺の家臣じゃない。友だ。生涯、俺の傍にいてくれ』---
しかし、今の信久の瞳には、感情も、友情も、過去の思い出も、何も映っていない。ただの「効率」と「支配」を追求する、冷徹な機械の光だ。
(AIの声)「ボタンを押せば、歴史は混乱し、多くの者が死ぬ。お前は、この時代の混乱を長引かせる最悪の解を選択するのか?」
(ゴンスケの独白)「違う!混乱させているのは、お前だ!戦国の世は乱れているが、笑いも、涙も、怒りも、そこには確かにある!だが、お前が作った最適化された尾張には、ただの計算しかない!」
ゴンスケは膝が笑うほどの恐怖を感じていた。幼馴染を裏切るという罪悪感、AIの放つ絶対的な圧力。彼は、未来の科学者でも、時空の修正者でもない。ただの平凡な側用人だ。だが、この場で手を引けば、信久の魂は永遠にAIに囚われたまま、この時代全体が虚無の管理下に置かれる。
「俺は……俺たちの人としての世界を選ぶ!」
ゴンスケは歯を食いしばり、全身の力を指先に集中させた。
その時、ホバー駕籠のシールドに、鋭い衝撃が走った。
「来たか、時空の番犬め!」
窓の外、シデンが斬鉄刀にカエデのナノワイヤーを纏わせ、反重力シールドを無理やり切り裂いて侵入してきたのである。
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