本当の代償

「馬鹿な親子達だ。おかげで今があるんだがな」


 呪文は唱えた。祈りも捧げた。だが私の求める鬼は現れない。


「呼ばれなくてもいるよ。ここに」


 康秀が自分の胸をとんとんと突いた。


「知っているよそんな事。お前は幸秀が呼んだのだから」

「その通り。だがお前もあの男も勘違いしている」

「……どういう事だ?」

「代償だよ。お前達は女と金だと思っているようだが違う」

「違う?」

「代償は、これだよ」


 そう言って康秀はまた胸を突いた。

 私が意味が分からないといった顔をしていると馬鹿にするように鼻で笑われた。


「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。せっかく宿った命をむざむざ俺に捧げたんだからな」

「……そ、そんな、じゃあまさかーー」


”それがあいつの願いだったんだよ”

 

 こいつの言う通りなら、幸秀は本当に馬鹿だ。


「既に宿っていたのか」


 子宝に恵まれなかった二人は鬼に命を祈った。その時既に命の欠片が妻の身体に宿っていた事に気付かずに。

 妻が死んだのも、その後貧乏になったのも別の要因で鬼の代償ではなかったのだ。


「だが弱い命だった。代償として足りてなかったんだ。鬼の素質はある程度受け継いだようだったが、やる事は可愛らしい悪戯程度で到底鬼とは呼べん。だから、もう一度祝鬼を実行した」

「もう一度?」


 鬼はそれから全てを語った。







「その肉体を寄こせ。そうすればお前の願いを完璧に叶えてやる」


 かくれんぼで取り残された康秀は現れた俺の前で祝鬼の呪文を唱えた。本来は無効だ。なにせ既に拓斗に呼ばれた俺という鬼が目の前にいるからだ。

 拓斗の願い通りであればここで康秀を殺す事になる。だが、康秀の中には中途半端な代償で残った別の鬼がそこにいた。


 これは失敗だ。鬼として許されない失態だ。

 だがこれはチャンスでもあった。同族の失態を取り除き、鬼としてあるべき姿を取り戻す。


 そして新たに俺が康秀の魂を完全に奪い、元の鬼を返した。そこからまず払われるべき代償を俺は奪っていった。


 拓斗の代償は自身の命とした。康秀を殺す代わりに同等の価値のものを奪う。形式は違うが康秀は死んだ。だから拓斗の命をもらった。


 次に幸秀。本来康秀の命が代償だったが、これは半分しか奪えていない。残り半分を代わりに取り立てる必要があると考え幸秀の残りの寿命を奪った。もともと酒浸りで不健康な身体はあっさりと死へ落ちた。


 そして残り。

 これは康秀、もしくは彼の中に眠る同族の祈りだった。



 

 *


  


「修矢も同じ事をした。鬼の前で人間の願いは聞かない。だが康秀は特別だ。あいつはある意味仲間でもあるからな」


 私が鬼を召喚出来ない理由は分かった。ではもう私に出来る事は何もないだろう。


「奴の祈りはシンプルだ。これは代償も取り立てもない。なにせ同族の願いだからな」


 子供の姿をした鬼が私に近づく。


「息子に我らを呼ばせるとは愚かよな。せめて自分で呼ぶんだったな。代償を払う覚悟があれば、結末も違っていたかもしれんのに」


 鬼に正論を吐かれては人間として終わりだ。ただ全てを受け入れる。それしか残された道はないだろう。


「同族の祈りは、”愚かな人間を皆殺しにしろ”だ」


 ーー最悪だ。


 最悪という言葉があまりに軽率に使われているが、紛れもなく自分の身に起きている出来事は最悪の類の一つだろう。


 終わりだ。いくら後悔してももう何一つ取り戻せない。


“おめでとうございます。どうか鬼様おいでください。あなたと私の望むものを取り替えましょう”


 ーーなにが祝鬼だ。


 いくら毒づいても無駄だ。それでもやり場のない怒りと虚しさと哀しさを抱えて永遠の檻の中で過ごすには必要な事だった。


「これがお前の代償だな」


 目の前の存在が愉快そうに下卑た笑みを浮かべる。

 

 代償? 代わりに何かを得て初めて代償だ。

 こんなものは、代償とは呼ばない。代償と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。


 どうやら終わるのは私だけではおさまらないらしい。

 目を閉じたのか死んだのか、私の世界は暗闇へと堕ちていった。

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祝鬼 見鳥望/greed green @greedgreen

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