第7話
「……最近、よく雨が降るけれど」
落ち着きを取り戻した様子でそう言いながらノートを開く。なにかを探すようにパラパラと紙を繰り、あるページで手を止めて目を落とした。
「糸(し)雨(う)、村雨(むらさめ)、春霖(しゅんりん)、翠(すい)雨(う)、青(せい)雨(り)、栗花落(ついり)、小夜(さよ)時雨(しぐれ)、五月雨(さみだれ)……。これらの言葉を知っている?」
「? 知らん」
「雨の種類をあらわすものや、雨にまつわる言葉。響きが美しいでしょう? 字面も綺麗なのよ。じゃあ、この歌は聞いたことがある? ――“春雨の 花の枝より流れこば なほこそ濡れめ香もやうつると”」
「知らん。てか、どれもはじめて聞いた」
(……なんの話や?)
薄々気づいていたけれど、寡黙なタイプに見える矢神だがスイッチが入ると結構喋る。
「藤原(ふじわらの)敏(とし)行(ゆき)という人の歌。“春雨が花の枝から滴るのなら、なお一層濡れよう。花の香りが移るかもしれないから”という内容なの。これも綺麗だと思わない? 響きも、その意味するところも。雨に関することだけでも、日本語のものだけで、まだまだ数え切れないくらい魅力的な言葉があるみたいなの。調べていて驚いたけれど。……つまりは」
ぱたん、とノートを閉じ、おびただしい文字の羅列から視線を上げた矢神は修司の目を見て、はっきりと告げた。
「好きなのよ。言葉が」
眼力がいつもの五割増しくらい強く感じる。
「ことばが?」
ぽかんとしてオウム返ししてしまった。
頷いて、矢神は続ける。
「美しいと思ったものや、きっと本当のことを告げているのだと感じた言葉なんかを、採集しているの。ノートに」
「採集って……集めるってことやんな?」
「そう。集めるのが好きなの。宝探しみたいなものかもしれない。――だって美しい言葉が在るということは、“ここ”にはそれだけ美しいものが在るということでしょう」
おどけた様子は微塵もなく、真顔でそんなことを言う。
「……“ここ”って?」
「ここよ。私たちの居る場所」
「……」
それがウサギ小屋を指すのではないことは、修司にも推察できた。たぶん、もっと広いところ――世界とか、そういう。
話しかたもだが、話す内容もやっぱり大層だと思う。
「それに、言葉は平等だから。集めて眺めることなら誰にでもできるもの。たとえば王様にも、貧しい者にも」
「……うん」
適切な相槌が見つけられない。でも、とりあえず彼女の内から発せられる熱量だけはひしひしと感じる。
「……そんなに集めてどうするん?」
また、恐る恐るきいてみた。
矢神は、いったん黙って俯いてから、再び意を決したように言った。
「いつか、本をつくりたいの。美しいものをたくさん詰め込んだ、宝石箱みたいな本を。――見た人に、ちょっとした驚きと、歓びをもたらすような」
「……うん。そっか…………うん」
修司はしばらく色々と考えてから、やっと導き出した見解を述べた。
「まとめると、言葉オタクってこと?」
「――――否定はしないわ」
あんまり神妙な顔で頷くものだから、思わず笑いそうになった。揶揄とか嘲笑とかでなく、単純に、楽しくなったときの笑い。
「そっか、なかなか熱いんやなぁ、矢神は」
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ささやかだけど、たしかなひかり 砂川緑 @funnyglasses
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