第5話

 今日は早めに仕事が終わったので昼休み終了のチャイムが鳴る十分前に教室へ向かった。矢神のほうは職員室にウサギ小屋の鍵を返却しに行っている。

 六年一組のある三階廊下で、同じクラスの女子グループが井戸端会議しているのに出くわす。

「コワイよね」

「あたし、今日矢神さんが給食係できんぴらゴボウ残したら睨まれたし」

「あー、私も睨まれたことあるー!」

「あるある。あの子、うちらのこと見下してるっぽいもん」

(…………)

 どうも微妙な場面に出くわしたようだ。

 女子の一人が、後ろでつっ立っている修司に気がついた。

「丹羽くん」

「あれ、飼育委員の帰り?」

「おう」

「矢神さんとだよね? 疲れたんじゃない?」

「二人きりとか気まずそうー」

 この中では中心的立場らしき相川が笑いながら言う。

「ごめんね。丹羽くんこの学校来て早々、飼育委員決まっちゃったもんね」

「他の子が矢神さんとじゃ、やりたがらないからさー」

「……そうなん?」

「そうそう。だってなんかコワイもん、あの子」

 修司以外の全員が顔を見合わせて含み笑いする。

「ふーん? べつにどうでも。気にならんけどなオレは。そんじゃ」

 言って、さっさと教室の扉に手をかけた。

 相川は「丹羽くんマイペースっぽいもんね、メンタル強そう」と言ってから、構わず話を戻したようだった。

「服だってさぁ、一人だけ浮いてるし」

「学校来る格好じゃないでしょ。四年くらいまではフッツーの地味な服だったのにね」

「先生も先生だよ、あの服やめなさいとか、なんで注意しないかな」

「勉強できるからって特別扱いされてるじゃんねー」

 背中越しに、とくに聞きたくもないような会話がまた聞こえた。

(……まあ、あれが年相応の女子の反応ってもんなんか)

 自分こそ心の中で矢神を変わり者扱いしていたのに、なぜか釈然としないものがあった。

(たしかに矢神が誰かとつるんでるとこは見たことないけど……でも)

 なんだかドッと疲れた。


 席につき頬杖をついて休んでいると、耳のすぐ横で太い声がした。

「なんか喋ってたのかよ、相川たちと」

「はあ?」

 急に至近距離で声をかけられて驚いて見ると、多田野だった。クラスいち、声とガタイと態度のでかい男。

「なんも。しょうもないことや」

「……」

 多田野はなにかを気にするように修司の顔を伺っている。でかい図体とモジモジした態度があまりにもそぐわない。

「なんなん? おまえ、相川に気でもあるん?」

うっとうしいので適当なことを言って流す。

「――バッ…」

 多田野の挙動が急激に不審になった。

「バカじゃねえの?!」

(こいつ、ある意味すっげー純真やな)

 手をばたつかせ顔を真っ赤にし、一人「んなわけあるかよ」だの「バーカバーカ」だのゴチャゴチャ言ってテンパる多田野を見て思う。

「安心せえ、相川よりおまえのがよっぽど可愛いから」

 またも適当なことを言ってあしらう。

 ぞんざいな対応にもそれなりの理由があった。多田野は、転校初日の修司に喧嘩を売ってきた相手なのだ。



「よぉチビ。おまえ、どっから来たんだっけ? 自己紹介聞いてなかったわ」

「――大阪」

 目の前のニヤニヤしている奴よりはチビだといっても、平均身長の範囲だと自負していた修司はイラッとして仏頂面で答えた。

「ふーん。だったらなにか面白いこと言ってみろよ。漫才とかできんじゃねーの」

(聞いてなかったとか嘘や、そのしょうもないセリフ言いたかっただけに決まってる。つうか一人で漫才は無理やろ)

「どんだけ単純やねん、つまらんわオマエ」

「あぁ?! 生意気だぞ」

 そこからは、お決まりの取っ組み合いだった。矢神のように一見して計れないタイプより、こういったシンプルなバカの方がわかりやすくて怖くはなかった。

 以来、多田野はことあるごとに絡んでくる。張り合ってきたり、遊びに誘ってきたり。


 ガラリと教室の扉が開く音がし、先生が早めに来たのかと注目すると、立っていたのは矢神だった。さっきの相川たちの会話がその耳に届いていなければいいと、咄嗟に、わりかし切実に願った。そして、そんな自分に驚いた。


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