第18話 健康診断の悲劇と、MRIの幽体離脱

 月曜日。 私は朝から重い足取りで病院へ向かっていた。


「はぁ……。憂鬱だ」


 今日は年に一度の会社の健康診断だ。 朝食抜きで腹ペコだし、採血は痛いし、バリウムは不味い。


 「ドッキリスター」としてチヤホヤされる日常において、唯一「現実」を突きつけられる嫌なイベントだ。


「佐藤さーん、採血室へどうぞー」


 名前を呼ばれ、私は渋々腕をまくった。


「チクッとしますよー」


 ブスッ。


「うっ……」


 私は顔をしかめた。 今日の看護師さん、ちょっと下手じゃないか? 針が血管を探ってグリグリ動く感覚。 血が抜かれていく、独特の気持ち悪さ。


「はい、終わりましたー。次はバリウム検査です」


 私は止血綿を押さえながら、フラフラと次の検査へ向かった。


 ***


 同時刻。 ホワイトハウス、大統領執務室。


「Argh……!」


 マクガイア大統領が、突然右腕を押さえてデスクに突っ伏した。 血管に太いパイプを突き刺され、生命エネルギーをごっそりと吸い取られているような感覚。


「な、なんだ!? 吸血鬼か!?」


 さらに、五十嵐総理も国会答弁中に脂汗を流していた。


「……気持ち悪い……。 腕の中で……冷たい針が蠢いている……」


 彼らは青ざめた。 佐藤が今、医療行為を受けていることは分かる。


 だが、佐藤の「痛いなぁ、嫌だなぁ、血を見るの怖いなぁ」というネガティブな感情が増幅され、彼らには「人体改造手術」のような不快感として伝わっていた。


 ***


「では、バリウム飲みますねー。発泡剤も飲んでくださーい」

「ゲップしちゃダメですよー」


 検査室で、私は白い液体を流し込んでいた。 ドロリとした重い液体。 胃の中で炭酸が膨らみ、パンパンになる苦しさ。


「うぅ……苦しい……吐きそう……」


 私は必死にゲップを我慢しながら、検査台の上でゴロゴロと転がされた。

「はい右向いてー! 左回ってー! 逆立ちしてー!」


 まるでまな板の上の鯉だ。 胃袋が破裂しそうだ。


 ***


「「「ぐおぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」」」


 世界各地のVIPたちが、同時に嘔吐(のマネ)をした。


「い、胃の中に……セメントを流し込まれたようだ!!」

「腹が膨らむ! エイリアンの卵を産み付けられたのか!?」


 王主席は執務室の床を転げ回った。

「ぐるじい! 誰か私の腹の上でタップダンスをしているアルか!?」


 ロシアのポロフ大統領も、クレムリンの絨毯の上で悶絶していた。

「毒だ……! ポロニウムか!? 胃が焼けるぅぅぅ!」


 佐藤の感じる「胃部不快感」と「回転させられるめまい」が、彼らを「無重力空間での拷問」へと誘っていた。


 ***


 そして、最後にして最大の難関。 「脳ドック(MRI検査)」だ。 私はオプションでこれ申し込んでいたのだが、実は私は……少し閉所恐怖症気味なのだ。


「では、動かないでくださいねー。30分くらいかかります」


 私は狭い筒に体を滑り込ませた。


 ウィィィーン……。


 狭い。暗い。 目の前数センチに壁がある圧迫感。 身動きが取れない拘束感。


「……怖いな」


 心臓がドキドキする。 もし今、地震が起きたら? 停電したら? 私はここで押しつぶされて死ぬんじゃないか?


 ガン! ガン! ガン! ビーッ! ビーッ!


 そして始まった、MRI特有の工事現場のような爆音。 頭蓋骨に響く磁気パルス。


「うぅ……頭がおかしくなりそうだ……」


 私は目を堅く閉じ、必死に耐えた。 早く終われ。早く出してくれ。


 ***


 その瞬間。 VIPたちの脳内に、異常事態が発生した。


『ピーーーーーーーーーッ!!(ノイズ)』


『ガガガガガガガッ!!(破砕音)』


「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」


 全員が頭を抱えて絶叫した。 視界がホワイトアウトする。 体が動かない。金縛りだ。 そして、全身が狭いカプセルに閉じ込められ、どこか遠い宇宙へと転送されているような感覚。


「こ、ここはどこだ!? 狭い! 暗い!」

「宇宙船か!? 私はグレイ(宇宙人)に誘拐されたのか!?」


 ポロフ大統領は、机の下でガタガタと震えていた。 元スパイの彼でも、この恐怖は未体験だった。


「脳を……脳をスキャンされている……! 私の国家機密が……記憶が……磁気で読み取られていくぅぅぅ!!」


 マクガイアも叫ぶ。

「Help! 棺桶だ! 私は生きながら棺桶に入れられた!」


 佐藤の「閉所恐怖」と「機械的な爆音」は、彼らにとって「エイリアンによる脳改造実験」の恐怖そのものだった。 世界のトップたちが、幼児退行を起こしそうなほどのパニック。


「ママァァァァ! 出してぇぇぇぇ!!」


 ***


「はい、終わりましたよー。お疲れ様でしたー」


 30分後。 私はようやくMRIから解放された。


「ぷはぁーっ……! 死ぬかと思った……」


 私は検査着のまま、ロビーの自販機へ直行した。 喉がカラカラだ。


「とりあえず、何か飲もう」


 私は小銭を入れ、ボタンを押した。 ガコン。 出てきたのは、温かいコーンポタージュ缶だ。


「ふぅ……。甘いものが染みるなぁ」


 私は温かいスープを啜った。 コーンの甘みと、とろみのあるスープが、冷えた体と疲れた脳を優しく癒やしていく。


 その瞬間、廃人寸前になっていたVIPたちの脳内に、再び「黄金の安らぎ」が訪れた。


 宇宙船の実験台から解放され、母なる大地に抱かれたような安心感。 彼らは涙を流し、見えない佐藤に向かって最敬礼を送った。


「やはり……佐藤様は、宇宙の意志とも交信しておられるのだ……」


 ***


 数時間後。 全ての検査を終えた私は、病院の裏口から外に出た。


「ふぅ、疲れた。今日はもう直帰しよう」


 伸びをして、通りに出ようとした時だった。


 キキッ!!


 目の前に、1台の黒いワンボックスカーが急停車した。 スライドドアが勢いよく開く。


「え?」


 中から、目出し帽を被った数人の男たちが飛び出してきた。 手にはサブマシンガン(のようなもの)。 彼らは無言で私を取り囲んだ。


(おっ!)


 私は目を輝かせた。 健康診断という「地味なパート」が終わった瞬間に、この急展開。 タイミングが良すぎる。


「なるほど! 健康診断で弱ったところを襲うシナリオか!」


 私は納得した。 先日の「アメリカCIA(のフリをした本物)」や「ロシア美女(本物)」に続く、第三弾の敵役だ。 今回の衣装は「テロリスト風」か。凝ってるなぁ。


「動くな! 車に乗れ!」


 男の一人が、私の背中に硬い銃口を突きつけた。


「はいはい、分かりましたよー。 いやー、皆さんガタイがいいですねぇ。アクション俳優の卵ですか?」


 私はニコニコしながら、自分から車に乗り込んだ。 男たちが一瞬、顔を見合わせる気配がしたが、すぐに私を押し込み、ドアを閉めた。


 ブロロロロロ……!


 車が急発進する。 目隠しをされ、両手を結束バンドで縛られる。


「結構きつく縛りますね。リアリティ重視でいいですよ!」


 私はワクワクしていた。 さあ、次はどんなセットに連れて行かれるのだろう。 廃工場か? それとも悪のアジトか? 私の「ドッキリライフ」は、いよいよ「劇場版」へと突入するようだ。


 ――だが、佐藤はまだ知らない。 この男たちが、ドッキリ番組のスタッフでも、いつもの護衛(CIAや公安)でもないことを。 彼らが、佐藤の存在を危険視し、抹殺を企む国際テロ組織『黒い牙』のメンバーであることを。


 佐藤の勘違いと、世界の命運をかけた「本物の危機」が、今まさに幕を開けようとしていた。


 ***


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