第17話 絶叫マシーンと、重力崩壊サミット
日曜日。快晴。 私は家族サービスのため、県内最大の遊園地『ドリームランド』に来ていた。
「パパ! あれ乗ろうよ! 『サンダードラゴン』!」
娘の結衣が指差したのは、この遊園地が誇る最強のアトラクション。 最高時速150キロ、最大落差70メートル、3回転宙返り付きの絶叫ジェットコースターだ。
「おっ、いい度胸だねぇ」
私はニヤリとした。 以前の私なら、怖気づいて「荷物番をしてるよ」と言っただろう。
だが、今の私は「ドッキリスター」だ。 テレビ的に、絶叫マシーンでのリアクションは必須科目。 ここで派手な悲鳴を上げ、カメラ映えする
「よし、行こう! パパが一番前の席を確保してやる!」
私は意気揚々と列に並んだ。 見上げれば、レールの上を轟音と共に車両が駆け抜け、乗客の悲鳴がこだましている。
(ふふっ。素晴らしい音響効果だ。エキストラさんたちの悲鳴も迫真だな)
私はワクワクしながら順番を待った。
***
同時刻。 スイス、ジュネーブ。国際会議場。
ここでは、「世界平和特別共同宣言」の記者会見が開かれていた。 壇上には、日本の五十嵐総理、アメリカのマクガイア大統領、中国の王主席、ロシアのポロフ大統領の4人が並んでいる。
彼らは先日の「カラオケ事件」や「銭湯事件」を経て、奇妙な連帯感(というか被害者同盟)で結ばれていた。
『我々は、過去の対立を乗り越え、手を取り合うことを誓います』
マクガイアが厳かに宣言する。 無数のフラッシュが焚かれる。 歴史的な瞬間だ。世界中が固唾を飲んで見守っている。
その時だった。
カチャッ。ガガガガガ……。
4人の体に、奇妙な感覚が走った。 腹部に、硬い金属のバーが押し当てられ、体をシートに固定されたような圧迫感。
『……ん? なんだ、この窮屈さは……』
『体が……椅子に張り付いたようだ……』
ポロフが不審げに眉をひそめる。 そして次の瞬間、彼らの心拍数が勝手に上がり始めた。
ドックン……ドックン……ドックン……。
佐藤のコースターが、ゆっくりと最初の坂を登り始めたのだ。 カタカタカタカタ……という振動と、空へ向かっていく上昇感。 そして、「これから落ちるぞ」という本能的な恐怖(スリル)。
五十嵐の顔色が青ざめる。
「ま、まさか……この感覚は……!」
マクガイアが叫ぶ。
「まずい! 佐藤だ! 佐藤が今、『高い所』へ登っている!」
『高い所だと!? 登山か!? エレベーターか!?』
「違う! この独特の角度……重力の歪み……これは、ジェットコースターだ!!」
「「「Noooooooooo!!!」」」
絶望の叫びが響いた瞬間。 佐藤の乗ったコースターは、頂上(高さ70メートル)に到達した。
一瞬の静寂。 そして――。
ヒュンッ!!
***
遊園地。
「うひョぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
私は両手を挙げ、風圧を全身で浴びながら絶叫した。 視界が真っ逆さまになる。 内臓がふわっと浮き上がる、あの独特の浮遊感。 最高だ。 これこそエンターテインメントだ。
***
ジュネーブ、記者会見場。
「「「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」
4人の首脳が、同時に壇上で飛び上がった。 いや、正確には「膝から崩れ落ちた」のだが、彼らの感覚としては「床が消滅して奈落の底へ落下している」状態だった。
「お、落ちるぅぅぅ! 地面がないぃぃぃ!」
「内臓が! 私の胃袋が口から出るぅぅぅ!」
マクガイアは演台にしがみつき、王は床をのたうち回る。 ポロフは「敵襲だ! 重力兵器だ!」と叫んで空中に向かって拳を振るう。
五十嵐に至っては、泡を吹いて失神寸前だ。
会場の記者たちは騒然となった。
「なんだ!? 地震か!?」
「いや、首脳たちが……パントマイムをしている!?」
だが、地獄はこれからだった。 コースターは、3連続の宙返りループに突入した。
ギュルルルルルンッ!!!
強烈なG(遠心力)が体を襲う。 体重が5倍になったような重圧。そして天地が逆転する回転。
***
「ぎゃぼぉぉぉッ!?」
「回る! 世界が回るぅぅぅ!」
首脳たちは、見えない遠心力に振り回されていた。 マクガイアが左へ吹っ飛び、王が右へ転がる。 ポロフは回転に耐えようと仁王立ちしたが、平衡感覚を破壊されて千鳥足でフラフラと踊り始めた。
「と、止めてくれぇぇ! 三半規管が死ぬぅぅぅ!」
「酔う! 吐く! 今すぐ緊急停止ボタンを押せぇぇぇ!」
威厳ある会見場は、無重力訓練施設のようなカオス空間と化した。
生中継を見ていた視聴者たちは、画面の下に流れるテロップ『※現在、首脳たちは特殊な訓練を受けています』という(内調がハッキングして流した)嘘情報を信じるしかなかった。
***
「ふぅーっ! 最高!」
コースターがゴールに到着した。 私はフラフラする足取りで降車ホームへ降り立った。
「いやぁ、いい画が撮れたんじゃないか?」
私は満足げに、ボサボサになった髪を直した。 少し目が回っているが、この程度のめまいは心地よい余韻だ。
「パパ、大丈夫? 結構叫んでたけど」
「ははは、演技だよ演技。パパはこれくらいじゃビクともしないさ」
私は強がって見せたが、実はちょっと足がガクガクしていた。
「よし、ちょっと休憩しよう。甘いものでも食べるか」
私は売店で、砂糖たっぷりの長いチュロスを買った。 運動後の体は、強烈にカロリーを求めている。
ガブリ。
私はチュロスを豪快に噛み砕いた。 ジャリジャリとした砂糖の食感。 そして、消化吸収の早い糖分が、胃から血液へと一気に溶け込んでいく。
「……くぅ~っ! 染みるぅぅ!」
枯渇していた脳細胞に、ブドウ糖が奔流となって行き渡る。 強烈な「脳の喜び」。 極限の緊張から解放された安堵感と相まって、とろけるような多幸感が全身を包み込んだ。
***
ジュネーブ、記者会見場。
「……うぇぇ……」
「……世界が回って見える……」
4人の首脳は、演台の後ろで死体のように折り重なっていた。 全員、顔面蒼白でグロッキー状態だ。 三半規管をやられ、血糖値も下がり、もう記者会見など続けられる状態ではない。
「……か、会見は……中止だ……」
五十嵐が蚊の鳴くような声で言った。 もうダメだ。一歩も動けない。世界が終わる。
その時だった。
ドクン……!
彼らの脳髄に、稲妻のような「快楽」が走った。
『……あ……?』
味がするわけではない。 だが、死にかけていた脳細胞が、突如として黄金の光に包まれたような感覚。 強烈な「癒やし」と「エネルギー」が、頭の芯から手足の指先まで一気に充填されていく。
暗く沈んでいた視界が、パァァァッと明るくなる。 吐き気が消え、代わりに雲の上で寝転んでいるような、ふわふわとした至福の浮遊感が訪れる。
「……あぁ……」
「……天国だ……」
マクガイアが、うっとりとした表情で天井を見上げた。 さっきまでの「地獄のG体験」が嘘のようだ。 この圧倒的な「アメとムチ」。 地獄の底へ突き落とされた直後に、極上の鎖で天国へと引き上げられるカタルシス。
ポロフが震える手で、自分の胸を押さえた。
「……感じる。佐藤(SATO)……いや、シュガー(SUGAR)か」
「そうだ……。彼は我々に試練を与えるが、最後には必ずこうして……甘美な救いを与えてくれるのだ……」
王も涙を流して頷いた。 彼らは悟った。 佐藤健二という存在は、ただの「爆弾」ではない。
苦痛と快楽を自在に操り、我々を生殺与奪の権で支配する、まさに「甘い麻薬」のような神なのだと。
「……守らねば」
五十嵐が、力強い瞳で立ち上がった。
「このお方を失えば、我々は二度と、この『魂が震えるほどの幸福』を感じられなくなる……! 全力で守るんだ! 我らが『SATO(神)』を!!」
「うむ……!」
「同意する……!」
4人の首脳は、天(佐藤がいる方向)を見上げ、胸の前で手を組んだ。 その瞳は、糖分の充足による快楽で潤み、頬は紅潮し、口元には仏のような慈愛に満ちた笑みが浮かんでいた。
記者たちは、ボロボロだった首脳たちが、突如として神々しいまでの笑顔で立ち上がり、空に向かって静かに祈りを捧げる姿に息を飲んだ。
なんて美しい光景だ。 彼らは、会見の重圧(ジェットコースターのG)を乗り越え、心からの平和を希求しているのだ。
翌日の新聞各紙には、最大級の見出しでこう報じられた。
『G4首脳、試練を乗り越え、涙で「恒久平和」を空に誓う』
佐藤のただのオヤツタイム(チュロス)が、世界に「美しき誤解」による平和の誓いをもたらしたのだった。
***
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