第4話 王道ヒロイン、消える

 中学時代の藤宮は、少なくとも『消えて』なんていきなり言い出す奴じゃなかった。何しろ王道ヒロインだからな。寧ろそういうセリフとは無縁、対極の存在だ。


 まあ、いきなり羊羹の話を始めるのが王道ヒロインの真の姿かと言われるとアレだけど……しかも最初に長話したのがそれだったっけ。


 あれからたまにこういう特に内容のない話をするようにはなったけど、LINE交換はしてないし学校外で会うこともなかった。


 ただのクラスメートで話し相手。


 けど、俺はずっとあいつに苦手意識を持っていた。


 なんだか、試されているみたいで。


 あいつとの会話はいつも、何か正解を求められているような感じがしたんだよな。こう答えれば喜ばれるとか、こんな話を振れば嬉しそうにするとか。藤宮本人の問題じゃなく、俺自身がそう感じていただけかもしれないけど。


 クラスの人気者との会話は……ちょっとだけ気疲れする。男女問わず。


 それが少し億劫だったのかもしれない。


 人のことを悪く言えるような人間じゃない自覚はあるから、その苦手意識を言葉にしたことはない。態度で示したこともない……と思う。そこは割と気を遣っていたつもりだ。


 だから今回も、できれば俺の所為であって欲しくない。


 俺如きが藤宮陽葵に恋愛的な興味を持っていない――――そんなことで心にダメージが入るような人間であって欲しくないっていうのは、俺の我儘なんだろうか。


 他人に期待し過ぎだろうか。


 でも、そうであって欲しい。


 藤宮のことは好きでも嫌いでもないし、良い奴なのか悪い奴なのかもわからないけど……それなりに思い出と時間を共有した相手だからな。


 パティシエになる夢は一旦置いといて、今はモデルに専念する。そのモデルで需要を勝ち取る為に頑張ってダウナー系を演じている。


 そうあって欲しい。それが最高の展開だ。


 ……いつまでここにいるつもりなんだ俺。とっとと出よう。


 にしても高校入学早々、妙なことに――――





 ┃👁┃ 





 ……え?


 何だあれ。


 扉の隙間から誰か覗いてないか……?





 ┃ ┃ 





 あれ、いない。


 瞬きしてる間に消えちゃった。


 廊下に出てみても、特に誰かがこっちを見ている訳でもない。


 気の所為だったのか、それとも生徒指導室の中に誰かいるって思って覗いた奴がいたのか……ま、どっちでもいいか。


 さ、教室に戻ろう。





 その翌日。


「……」


 藤宮の周囲に昨日までとは違う緊張感が漂っていた。


 そして、そこには俺の良く知る藤宮の姿があった。


 血色の悪そうだった唇も、今日は自然……でもないな。


 結構ピンクが濃い。色付きリップでも使ったんだろう。


「あ、あの~……藤宮さん? その唇は……」


「プランパーの調子が悪くてこうなりました。厚塗りはしてません」


「そ、そうですか。だったら仕方ないですね……はぁ」


 倉田先生、未だに生徒との距離感を掴めていない御様子。教師の仕事って大変だよな。ちょっとイラっとしただけで動画撮られてヤバいことになるし。逆に撮られるのを仕事にしている藤宮とは対照的だ。


 結局、あのダウナー系キャラはモデルの仕事の方針としてやっていたんだろうか?


 もしそうなら担任に指摘されたくらいではやめない気もするけど。つーか事前に学校に許可取ってそうだしな。


 でもあっさりやめた訳だから、他に理由があるのかもしれない。世の中、主観ではわからないことが山ほどある。


 例えば昨日、藤宮に暴言を吐かれた女子。


 似たようなギャルっぽい二人の女子とつるんで不機嫌そうにしている。まだ怒りが収まっていないらしい。


 あんなことがあれば女子が結託して藤宮を非難しそうなものだけど、そんな雰囲気はない。


 あの女子グループ、入学式翌日からずっとクラスの陰口を叩きまくっていたらしい。まあ、藤宮への絡み方にもその片鱗が見えてはいたけど。


 だから藤宮の対応が正しい……とまでは言えないけど、拒絶したい相手にそれを明確に示すのは悪いことじゃない。と俺は思う。


 実際、あの態度が一部のクラスメートには響いたようで、ちょうど外見を普通にしたタイミングとあって藤宮に話しかける奴が増えた。藤宮も以前のような感じで接しているから、そう遠くない未来にまた王道ヒロインのような立ち位置になるんだろう。


 そうなると、もう俺には関係ない話だ。


「吉沢ー。お前漫画詳しいんだろ?」


「そこまでじゃないけど、一応読むよ」


 俺は俺で、新しいコミュニティを作っていかなきゃならない。親しくないクラスメートから話しかけられるのはこの時期だけ。こういう機会は大切にしないとな。


「キャラの唇の描き方ってどういうのがいいと思う? 俺は一切描かないか軽く影入れるくらいがいいと思うんだけど」


「それが王道だよな」


 こういう時は話を合わせるのが本当は正解なんだろう。


 けど、そこまでして友達を作りたいとも思わない。人付き合いなんて自分を理解してくれる人、自分が理解したいと思う人だけで十分だ。


「でも俺は、しっかり唇が主張してる方が好きかな」


「マジか。変わってんなお前。その感じの所為で中学の時もシカトされてたってマジ?」


「……誰から聞いたんだよ」


「あ、悪い。あのギャルっぽい女子がベラベラ喋ってたからさ……なんかゴメンな」


 趣味の合わない奴が去って行く。絡み辛いと思われたんだろう。


 でもありがとう。話しかけてくれて。


 仲良くはなれなくても、この感謝の気持ちは忘れないよ。


 だから――――


「藤宮さん、昨日まで怖い子って思ってたけど全然じゃん。なんであんな感じだったの?」


「んー……ちょっと自分を変えたくて高校デビューしてみたんだけど、失敗だったみたい」


「あはは。かわいー!」


「でも、まだ諦めてないけどね」



 もう少しだけ、あいつのことも見続けようと思う。






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王道展開が嫌いなので王道ヒロインをやんわり拒絶したらとんでもないことになってしまった 馬面 @umadura

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