後編 合格祝いとお礼

「はぁ……緊張する……」

「まぁ、委員長は大丈夫っしょ。……問題はあたしだよね~……」


 あたしと委員長は受験した大学の校舎の前で合格発表を待っていた。


 進路表を提出したあの日、あたしは担任のマリアに委員長と同じ大学を受験することを相談したのだ。

 成績的には頑張れば合格する可能性はある、って言われてあたしのやる気はアガった。

 でも、今まであんまり真面目に勉強してこなかったからどんな風に勉強したらいいのかわからなかった。


 そこで冗談半分で委員長に「勉強教えて」って言ったら、真面目にずっと教えてくれてたワケ。


 あたしも応えようと必死で勉強したけど、委員長ほど頭も良くないし模試判定も最後までギリギリだった。


 でも、どうか……受かっててほしい!


 大学の職員が大きな紙を何枚も持ってきて、合格者を掲示する。


 あたしたちは祈るような気持ちで合格者の中から自分たちの受験番号を探す。


「あ、あった!」


 先に見つけたのは委員長の受験番号。


「良かった……」


 委員長は強張っていた表情をゆるめてホッとしていた。

 それをあたしも一安心する気持ちとあたしも一緒に合格を喜びたい気持ちと落ちてたらと思う不安な気持ちが入り混じる。


「さすが委員長、おめー!」


 あたしは今できる最大の笑顔と明るい声で委員長に伝えると、委員長はキュッと口を引き締めて小さく首を振る。


「まだ、加賀谷かがやさんの番号を見つけてない。喜ぶのはそれから」


 そう言うと委員長は、合格者一覧に目を戻してあたしの番号を探す。

 あたしも自分の番号を探すけど、見つからない。

 見落としたかと思ってもう一度確認するも見つけられない。


 落ちちゃった。


 結構頑張ったんだけどなー。

 それよりも、委員長が1年間時間を割いて勉強を教えてくれたのに応えられなかったことが悲しくて、悔しい。


 鼻の奥がツーンとして、視界がじわりとぼやける。

 下を向いたら悔し涙がこぼれ落ちてしまいそう。

 泣くな。今は泣くな。今は委員長の合格を喜べ。

 気丈に振る舞いたいのに、周りの歓喜の声が心に突き刺さる。


 その時、委員長に耳を塞ぐように頭を抱えて抱きしめられた。


「えっ、ちょ、委員長っ」

「加賀谷さんはよく頑張ったよ。だから悔しいよね。泣いて良いんだよ」

「うぅ〜……でも委員長は合格したから笑っておめでとうって言いたいのぉ〜……」

「……私は一緒に合格したかった。じゃなきゃ……意味ない……」


 委員長が腕に力を込めてくる。

 ちょっとだけ、甘えても良いのかな。あたしもそっと委員長にしがみつく。

 委員長の体温が、ぎゅってしてくれる腕が、小さく感じる胸の鼓動が心地良い。


 5分、もしかしたら10分くらいそのままでいただろうか。

 委員長の不器用な慰め方に、すっかり慰められたあたしは小さく委員長にお礼を言った。


「ありがと、もう大丈夫……。委員長、合格おめでとう」

「ありがとう。……私の教え方が至らなくて、ごめん」

「ううん。委員長、めっちゃ良かったよー。先生とか向いてんじゃん?」

「それは加賀谷さんが素直に話を聞いてくれたからだよ」


 委員長から体を離して、あたしらしく笑う。


「帰ろっか! 委員長の合格祝いしなきゃじゃん!」

「加賀谷さんの進路確定させてからね」

「うぐっ……」


 その時、校舎の中から大学職員がさっきより大慌てで走ってきた。

 そして息を切らしたまま、合格者一覧の横に貼り出した。


 追加合格者 及び 補欠合格者一覧。


「加賀谷さん、見に行こう!」


 委員長はあたしの返事も聞かず、そこに集まる受験生たちを押しのけてどんどん前に行く。


「あ、委員長……待って……」


 意外と委員長ってグイグイいくタイプなんだなー。

 人混みをかき分けきれず、中途半端なところから追加合格者一覧を見る羽目になってしまった。

 が、ここからじゃよく見えない。


 前がちょっとずつ空くのを待つしかないかなぁ。


 前方で高くこぶしをあげている人がいるのが見える。

 その人がそのまま、まだその場にいた職員のところへ行き何か聞いている。

 あの後ろ姿、委員長だ。あの拳は何だったんだろう?

 委員長が職員にペコリと頭を下げて、こちらへやってくる。


「加賀谷さん!」

「委員長ー、ここー!」


 あたしが人混みから手を振ると、委員長がまたグイグイと人混みを分け入ってきて、あたしの手を掴んで人混みから離脱してくれた。


「わわっ」


 バランスを崩して委員長に抱きつくような格好になってしまった。

「ごめん、ごめん」と退こうとしたら委員長にギュッと抱きしめられた。


「加賀谷さん、番号あったよ……!」

「えっ! ま、マジで!?」

「マジで。しかも聞いたら追加合格者はそのまま合格だって!!」

「えっえっ」


 頭の処理が追いつかない。


「あたし、追加合格ってこと?」

「そう! 一緒に大学通える!」

「ウソ……よかっ……良かった……」


 委員長にギュッと抱きついて、あたしたちは抱きしめ合うような形になった。

 目から溢れるのは嬉し涙なのか、ホッとした涙なのかよくわからない。


 委員長はあたしが泣き止むまで、頭を撫でながら「おめでとう、頑張ったね」と繰り返し耳元で囁いていた。


 ***



 それから、あたしたちは担任に合格を報告していよいよ卒業を待つだけになった。


 もう勉強を教えてもらう理由はないんだけど、何となくあたしと委員長は放課後に図書室で待ち合わせして帰るようになっていた。

 そして、カラオケとかの寄り道は相変わらず良しとしないけど、公園で駄弁るくらいには委員長も譲歩してくれるようになった。


 何となく、あたしたちは帰りに公園によって他愛ない話をするのが日課になっていた。


「ねぇ、加賀谷さん。放課後、私とばっかりいるけど、須能すのうさんはいいの?」

「あ、尚美なおみ? 尚美、今ネイルの専門学校から先立って課題が出てるみたいで忙しそうなんよねー」


 あたしたちは長い受験勉強から解放されて、今だけは思いっきり羽を伸ばせる。


 委員長は少し俯いて「ね、ねぇ、加賀谷さん……」と先ほどと打って変わって深刻そうな声のトーンになった。


「ん〜?」

「一応、これで加賀谷さんの『お願い』はきいたってことでいい?」


 そうだった。

 そういやエッチな漫画を描いてることを秘密にする代わりって話だったっけ。


 あたしは委員長に向かってニカッと笑う。


「そーだね〜。1年間、マジありがとー! でも1年間もやらせちゃったし、合格祝いも兼ねて何かお礼させてよ」

「え、べ、別に……」

「いいじゃん、いいじゃん! マジ感謝してるし!」


「あ、でもあんまり高いのは無理だからーご飯奢るとかカラオケおごるとかそんな感じで」


 あたしが自分たちの合格のお祝いしたいってのもある。

 でも、委員長に大感謝だし、何か返したい。


「加賀谷さんにできる範囲なら良い?」

「もち、あたしにできるなら何でもおけまるー!」


 委員長が柔らかく微笑む。

 1年間、一緒にいたけどこんな柔らかい笑顔初めてみた。いつもツンツンしてたけど、こんな顔もできるんじゃん。


 あたしが委員長の笑顔に感心していたら、委員長の顔が一気に近づいてきた。

 あたしの唇に委員長の柔らかいそれが優しく触れる。


「えっ、んぅ……」


 状況を頭で理解する前に委員長の唇はあたしから離れると、間髪入れずにまた重ねてきた。

 今度はさっきより少し長い。委員長があたしの唇をついばむようにして味わう。


「ん……いいんちょぉ……」


 突然のことにびっくりする前に、自分の口から甘ったるい声で委員長を呼んだことに愕然とする。


「やだ、加賀谷さんってこれくらいでこんな可愛い顔するんだ? もっと可愛い顔見せて?」


 委員長があたしの頬に手を沿わせて、そのまま耳をくすぐる。


「ん、やぁ……」

「耳、弱いの?」


 ヤバい。このままじゃヤバい。頭では止めさせなきゃと思っているのに、体にうまく力が入らない。

 委員長の吐息が耳にかかる。


「そっ、そういうのはイケナイとオモイマスッ」


 あたしは両手で委員長のほっぺをおさえると、これ以上近づいてこないように抵抗した。


「えー加賀谷さんって意外とピュアなんだね、可愛い……」


 委員長が獲物を捉えた肉食動物みたいにあたしのことを見る。

 今のあたしの混乱状態なんてお構いなしに委員長は話を続ける。


「ねぇ、加賀谷さん。私、合格祝いとお礼は『加賀谷さん』がいいな。あと……」


 委員長の顔をおさえているあたしの手に委員長自身の手が重ねられる。

 委員長の手はあたしの手を優しく撫でると、そっと指をあたしの指に絡ませてきた。


「いい加減、『委員長』じゃなくて、私のことも名前で呼んで?」

「く、栗島さん……?」

「……もっと濃厚なキスしてほしい?」


 委員長の目が妖しく細められる。


「あぅ、えっと……美夜子みやこ……?」

「嬉しい。ずっと委員長呼びで少し寂しかったから……」


 そういうの気にするんだ、ちょっと可愛い。


「とにかく大学でもよろしくね、榛花」

「……っ」


 名前を呼ばれただけなのに。

 優しく微笑む美夜子から、今までにないくらい優しい声色で名前を呼ばれただけで、なんでこんなに胸が高鳴るの。


 合格祝いと勉強のお礼が『あたし』って、どういうことなの。


 さっきから心臓がドキドキしてて壊れちゃいそう。

 あたし、これからどうすればいいの。




 あたしはこの感情の置き場が定まらないまま、美夜子との日々が続いていくことになるのだった。

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