「おくりものそうさ」

ナカメグミ

「おくりものそうさ」


 小包が届いた。義母からだ。エプロン。完璧な手縫いだ。ベージュに赤い小花模様が散る。胸元から膝丈までを覆う。カフェエプロンとは異なる、いわゆる昔ながらの主婦エプロン。右と左の腰に、大きなポケットつき。 

 その上に手紙があった。

「我が家にとって、初の内孫です。お体、くれぐれもお大事に」。


 第1子の娘の時には、届かなかった小包。そして手紙。

「内孫」。自分の家を継ぐ跡取りの夫婦から生まれた子。夫は長男だ。

 私の育った地域では、あまり使われない言葉。少なくとも、私の耳にはなじみがない言葉。


 そうか。今、私のお腹の中にいるものは、「内孫」。祖父母にとって、特別な存在。孫にも優劣という意識があるのかもしれない。性別がちがうだけで。

 

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 贈り物。それは「もの」を通した遠回しな操作。要求。コントロールだ。

 贈り主が、贈った相手に、「こう、あってほしい」という価値観を婉曲に伝える。善意をまとったコントロール。

 絶対的な「善意」に覆われているからこそ、たちが悪い。

 贈られた方の脳味噌に、無意識に浸透していく洗脳。


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 エプロン。大嫌いだ。子供を産んだ女性は、子供に乳やエサを与え続ける時間が、一般的に男性より多い。その主戦場が台所だ。

 主戦場にふさわしい装い。エプロン。ピンポンが鳴る。エプロンで手を拭きながら対応に出る。「奥さん」と呼ばれる。嫌だ。


 実母は、割烹着タイプを勧めてきた。前身ごろだけのエプロンより、袖が汚れなくて便利だからと。実に脱ぎ着が、わずらわしい。

 1日の大半を、この主婦の台所用スタイルで過ごす。嫌だ。

 

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 子供を妊娠した途端。女はそれまで培ってきた経験や知識を、産婦人科でまず1度、真っ平らにされる。

 学歴や職業がなんであろうと。それまでの鎧服がスーツであろうと。健康な子供を産むための動物として、産婦人科で服を脱ぐ。

 毎回、体重を測定される。子の健康をエコーで見られる。

 産む。子供に乳を、そしてエサを与え続けるメスの動物として一括りにされる。

 

 そこでは、知性や理屈は最優先ではない。子供の要求に即座に応え、料理や家事がうまく、表面的なコミュニケーションの上手なものが、成り上がる。


 下剋上が起きる。


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 結婚からほどなく、実母から贈られたもの。刺身包丁。包丁を人に贈る。

良い意味。「未来を切り開く」「災いを断ち切る」。悪い意味「縁を切る」。

その関係性で、どちらにも捉えられる贈り物。

 実母の理由。「私の夫に喜んでもらうため」。


 夫は刺し身が好きだ。既に切り身になっているパック詰めは買わない。

ドリップが少なく、味も鮮度もよいからと、必ず柵(さく)で買う。


 母にその話をした。薄く上手に柵が切れるからと、それは見事な柳刃包丁をくれた。片刃。刃渡り24センチ。明らかに三徳包丁とは異なる、細く伸びる美しい刃。これならよく、切れるだろう。


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 結婚前や結婚当初。夫が贈ってくれたもの。ダイヤのピアス。ダイヤのネックレス。ブランドもののショルダーバッグ。そのメッセージ。「美し装いを」。

 装う時間的な余裕と、若さがあった私。毎日、身につけた。


 妊娠がわかってしばらく。会社から帰宅した夫が、テーブルに重たい紙袋を置いた。有名な書店のロゴ。中身は育児書だった。「0歳から頭の良い子を育てる方法」。「Newsweek 日本版」の育児特集。育児雜誌「ひよこクラブ」の特集版を数冊。


 つわりがひどい。家の中でも、吐き袋を持って歩く。細かい文字を、読む気にはなれない。

 「本、どうだった?」。読んでいません。いや、読めません。

 「少しも?」

 読めません。吐き気、すごくて。新聞すら読めなくて。体、重くて。

字、無理です。


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 昔、実母が贈ってくれたもの。英語のリスニング用のカセットテープセット。

「窓際のトットちゃん」を、すべて英語で読み上げたもの。全10巻。

 英語教育で有名な出版社のもの。雜誌で見て、中学校の英語に役立つのでは、と通信販売で買ってくれたという。毎日、聴いた。英語が好きになった。 

  

 ちがう年の誕生日の贈り物。当時は画期的だった、シャープペンシルとボールペンが一緒になった「シャーボ」。名前入り。筆記具は知性の象徴だ。


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 妊娠後。ピアスの部品は、実に小さい。生まれる子供が飲んではいけません。ピアスはやめた。穴がふさがった。結婚前にくれた、ネックレス。授乳の邪魔になるでしょう。両方とも、引き出しに閉まった。よく見える棚に、育児書を並べた。


 妊娠後。実母が私に贈ってくれたもの。足を冷やしては、健康な子供が産めません。厚手の靴下とタイツを多数。体も冷やしてはいけません。腹が出てきても着られる、大ぶりで厚手のセーター。 

 

 今、私に求められているもの。おしゃれや知性は、どうでもよい。

健康な子を産め。贈り物の変化=求められる役割の変化。

とてもわかりやすい、等式。


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 そして出産。

 エプロン。育児本。ベビーベッド。ベビー布団。ドーナツ枕。ベッドメリー。

 スイングチェア。空気清浄機。手動搾乳機。哺乳瓶の消毒器。牛乳アレルギーになりにくい粉ミルク。電気ポット。おしゃぶり。

 紙おむつ。おしりふき。ベビー測定用の体重計。ベビーバス。ベビーカー。

 離乳食づくり用の小鍋。離乳食用の冷凍パック。ベビー服多数。

 

 

 友人からの贈り物。ガーゼ素材でできた、ピンクのうさぎのぬいぐるみ。中に鈴が入っている。揺らすと音が鳴る。ベビーベッドの枕元に置く。あやす。

 先に出産した友人からの贈り物。授乳する胸元を隠せる、大ぶりのストール。外出先で、夫の帰省先で。ひたすら授乳する。


 贈られたもの、レンタルしたもの、買ったもの。育児で埋め尽くされる部屋。

育児優先の価値観で覆われる部屋。失われていく私。


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 夫も。実母も。そして遠方から孫に会いに来た義父母も。

授乳する私の胸元を覗き込む。「かわいいね」。知っている。必死に乳を吸う孫を見ている。産まれたての命を見ている。たまに授乳中の写真を撮られる。

 

 でも、私は嫌だ。嫌なものは嫌だ。楽になりたい。

 そうだ。人間としての意識を飛ばそう。私は今、乳牛。乳牛になろう。

 もう人間じゃない。乳牛。モー。


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 贈り物は間接操作。そう。相手への無言のメッセージ。

利用しましょう。子供に。同じことを。なってほしい希望を。ものを通して。


 し◯じろう。月に1度、年齢にふさわしい絵本や玩具が届く通信教育。

 絵本の配本サービス。月に2冊。年齢にふさわしい本が、選ばれて送られてくる。

 「ワー◯ド・ファミリー」。CD、DVD、絵本、ゲームがすべて英語。世界的に有名な人気キャラクターの教材だ。高価な贈り物。

 木目の美しい、上質な積み木。シンプルだからこそ、なんでも組み立てられる創造性が養われるという。

 三角柱、円柱、立方体、直方体が組み合わさった積み木も。柔軟な立体感覚が養われるという。


 賢い子供になるように。優れた子供になるように。子供の周りを囲む贈り物。

 

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 笑顔で遊ぶ。楽しそうに。一緒に遊ぶ。楽しそうに。

 読み聞かせる。話しかける。繰り返し。語彙の優れた子になりますように。

 英語を聴かせる。一緒に取り組む。

 英語を聴き取る、優れた耳を持つ子になりますように。


 贈り物は感情操作。相手へのコントロール。

 善意の洗脳。善意だからこそ。しんどい。

 場合によっては、どちらもしんどい。


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 贈られたものから、正確な読み取りを。現代文と一緒です。行間の読み取りを。

 

 エプロンを手に取る。背中を交差にして、肩にかける。ひもを後ろで結ぶ。前身ごろの周囲は、ひらひらフリル。

 台所に立つ。今日はスーパーで、サーモンの柵がお買い得だった。まな板に載せる。クッキングペーパーで包み、ドリップを吸い取る。

 実母がくれた柳刃包丁。その刃は長く、美しい。1方向への「引き切り」。

刺し身を切る。美しく。薄く切る。切る。切る。切る。

 

 あれ?。私は乳牛。モー。いつでも乳を与えるぞ。モー。

 でもエプロンをして、刺し身を切ってるぞ。モー。

 これ、乳牛じゃないぞ。モー。

 

ちがうな。だめだ、これ。私、完璧、おかしいわ。

私は人間。私は私。

理性よ、働け。自分を見失う前に、一時的な撤退を。


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 エプロンをはずす。ゴミ箱に捨てる。

柳刃包丁を、シンクで洗う。布巾で拭く。

 包丁。悪い関係、連鎖を断ち切る。そして良い未来を切り開く。

2つの意味を持つ贈り物。2つの成就を願って、台所の引き出しにしまう、


 子供への、贈り物の操作。続ければ、私はきっと、毒親になる。

子供はきっと、自己肯定感を失う。

 残る理性で、最悪のシナリオが描けるならば、一時的な撤退も、ありだ。


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 夫がまもなく帰宅する。ボストンバッグに、当座の衣類と、独身時代に貯めた預金通帳を詰める。

 テーブルの上に、子供の母子手帳と、マイナンバーカードを置く。ベビーベッドの傍らのプラスチックケースに、紙おむつとおしり拭き、アトピー肌用の塗り薬。洗濯済みのベビー服を補充する。

 台所の見やすい場所に、粉ミルクと哺乳瓶、消毒器を置く。


 スマホでビジネスホテルの予約をした。子供の命。自分の命。

危機にさらすほど、理性がコントロールを失いつつあるならば。一時的に離れる選択肢も、ありだ。


 ピンポンが鳴った。夫だろう。

贈り物の操作。からの一時的な解放。

(了)

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「おくりものそうさ」 ナカメグミ @megu1113

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