第77話

📘 第77章(最終章):残響(ざんきょう)



(記憶は消えても、愛は残響となって、

永遠に未来へ響き続ける。)



🔷 【血の継承】


2062年、初夏。

結城維人の死後、彼の遺言に従い、一人の少年が『朝比奈カウンセリングルーム』に引き取られた。


結城 空人(ゆうき くうと)、5歳。

彼は、リビングの隅で小さくなっていた。その瞳は、かつての結城のように理知的で、どこか怯えている。


「……君が、空人くんね。」


真羽は、少年の前に膝をつき、目線を合わせた。


「……あなたは、だれ?」


「私は真羽。……あなたのお姉ちゃんだよ。」


真羽は、恐る恐る伸ばされた小さな手を、両手で包み込んだ。

温かい。


この手の中に、今は亡き父・翔真と、育ての父・新太、そして母・沙耶と、もう一人の母・望の血が流れている。


「今日からここが、あなたの家よ。」


空人の瞳から、ポロリと涙がこぼれた。

結城が最期に残した「愛」というバトンは、確かに真羽へと渡されたのだ。



🔷 【名の帰還】


その日の夜。

真羽は、紋之丞と灯(ともり)、そして透也(とうや)を前に、ある決意を告げた。


「私……名前を戻そうと思うの。」


「名前?」


「うん。『志(こころざし)』から、ママの姓である『朝比奈(あさひな)』に。」


真羽は、胸のロケットペンダントを握りしめた。


「これから空人を育てていくにあたって、私は本当の私で生きていきたい。光生ママと翔真パパがくれた、最初の私に。」



紋之丞は、少し寂しそうに目を伏せた。


「志真羽……いい名前だと思ったんだがな。」


彼にとってその名は、自分が守り抜き、育て上げた娘の証だったからだ。

だが、すぐに顔を上げ、ニカっと笑った。


「だが、お前の人生だ。『朝比奈 真羽』……うん、悪くない響きだ。」


灯も、優しく真羽を抱きしめる。


「そうね。貴女はいつだって、私たちの自慢の娘よ。名前が変わっても、その絆は変わらないわ。」


「ありがとう……パパ、ママ。」



🔷 【灰色の世界で】


それから数ヶ月。

透也のクリニックは、連日多くの患者で溢れていた。


RE:CODEの解除により、抑圧されていた記憶や感情を取り戻した人々が、その「重さ」に耐えかねて救いを求めてくるのだ。


世界は相変わらず混沌としており、決してユートピアなどではない。


「はい、ゆっくり呼吸をして……。」


朝比奈 真羽は、パニックを起こした患者の背中を、丁寧にさすっていた。

隣では灯がカルテを整理し、透也が穏やかに話を聞いている。


(世の中は、綺麗事だけじゃ回らない。)


憎しみも、悲しみも、争いもなくならないかもしれない。

それでも、真羽は今のこの世界を愛していた。


無関心で、冷たくて、でも時々どうしようもなく温かい、この人間たちの世界を。

どんな未来になろうとも、そこで傷ついた人の手を取り、感情の糸を繋いでいく。それが彼女の選んだ「戦い」だった。



🔷 【空(そら)へ】


休日の午後。

真羽は、空人を連れて、かつて新太と月陽が遊んだあの公園に来ていた。


ブランコに座る空人の背中を、優しく押す。


「ねえ、空人。」


「ん?」


「結城さんはね、自分の心が『空っぽ』だから、あなたに空人って名前をつけたって言ってた。」


真羽は、青く澄み渡る頭上を見上げた。


「でもね、私は違うと思うの。」


彼女は、空に向かって手を伸ばした。


「『空(そら)』よ。どこまでも広くて、自由で、光が溢れている場所。」


空人が、眩しそうに空を見上げる。


「僕が……空?」


「そう。そして私は『真羽(まう)』。真実の羽。」


真羽は、空人の小さな肩を抱き寄せた。


「いつかあなたが大きくなって、自分の足で歩き出す時……私のこの羽で、あなたのその広い空を、自由に翔けていきたい。」


「……うん!」


空人が、年相応の無邪気な笑顔を見せる。

その笑顔は、かつて新太が守り、沙耶が愛し、結城が最後に夢見た「人間」の顔だった。



風が吹く。

過去からの悲しみも、喜びも、全てを乗せて、風は未来へと吹き抜けていく。


その風音の中に、確かに聞こえた気がした。

愛した人たちの、優しい残響(エコー)が。


――物語は続く。

私たちの鼓動が、止まるその日まで。



🔚 最終章・完

小説『ECHO-記憶の残響-』 完結

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ECHO-記憶の残響- @GODS04

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