第4話 そして、また流浪の旅へ

 ごめんね、悠和にこんなこと頼んで。


 私名越に欺されてた。


 彼、目黒達のいじめから庇ってくれたの。「好きだから見てられなくて」って言われて有頂天になった。付き合うことになったけど、「絶対誰にも言わないで。学校で接点持つのは一切禁止」って条件だった。


 私がブサイクだから、一緒にいて恥ずかしいんだろうな。そう思って可愛くなろうと頑張った。それで、髪型変えてコンタクトレンズにして学校に行ったら、すごくキレられた。目立つことすんなって。


 それで、おかしいって思ったの。


 会うのは部屋でだけ。都合良くセフレにされてるのかなと思った。でも、違ったの。


 部屋に隠しカメラがあった。それも、一台や二台じゃなかった。一つ持ち帰って中を見たら、私だけじゃなく複数の女子と同じことしてた。


「編集して業者に売った。もう、世間にAV動画として出回ってる。バラしたら、学校中に動画流してやる」


 問い詰めたら、そう脅されたの。


 あんな姿が世間に流れているなんて、耐えられない。家族に知られるのも、恥ずかしい。特にお母さんは、この事を知ったらすごく悲しむと思う。ホステスしてただけで「若い頃売春してた」と噂され、すごく苦しんでたから。


 お願い、悠和。誰にも知られないように、名越の悪行を止めて。そうしないと、被害者はもっと増える。


 名越とのやり取りも、カメラの動画もスマホに残してる。PINは15Paristto。ヒントはノートに残した。


 私も悠和みたいに、上手に存在を消せたら良かったな。


 


 そんなこと、出来るわけない。俺、ただの背景だし。


 でも、昼休みの校庭に飛び降りたらさすがに気付いて貰えるかな。


 ごめん。「誰にも知られないように」ってのは、叶えられないかも知れないけど。




 ふざけんな!!


 麻里の遺書を読んだら、悠和の最後の想いも蘇ってきた。


 どうしようもない怒りに拳を握りしめる。


 ふざけんなよ。


 仕返しすんなら、生きてやれ! 麻里!


 声を上げるなら、生きて喉をからせ! 悠和!


 簡単に命捨ててんじゃねぇぞ!! 死んじまったら、終わりじゃねぇか!!


「馬鹿……。なんで相談してくれなかったの、麻里」


 ボタボタと奏芽の目から涙がこぼれ落ちる。


 見ろよ麻里、お前のせいで親友泣いてるぞ。


 見上げた空はどんより暗くて、余計に腹が立つ。俺はスマホを握りしめた。


「どうすんの。名越に仕返し……」

「しねぇよ」


 鼻水すする奏芽に吐き捨て、溜息をつく。


 残念ながら、人間社会のルールに則るのが一番いいと、悟っているおれ


「スマホは麻里の両親に託す。娘の死因を一番知りたがってるのは両親だし、それを知ってどうするか決めるのも、親だ」

 

***


 絶望的なあがり症と、大学受験失敗だけは許さないという親からのプレッシャー。そんなものから逃れるため、名越彰良は薬物に手を出した。


 薬物を摂取すると有能感が増し、緊張しなくなる。お陰で生まれて初めてテストで実力を発揮することが出来た。


 眠らなくても頭が冴えるから、勉強の効率が上がる。


 良いことづくしだったが、金が掛かるのが難点だ。


 バイヤーが勧めてくれたのが、動画の密売。それが出来る環境は揃っている。言い寄ってくる女は沢山いるし、一人暮らしだし。


 密かな麻里の恋心も、名越の資金源にされた。


 麻里のスマホから悪行は公になり、名越は学校から姿を消した。


 春先の潮風に髪を撫でられ、頭が無性に痒くなる。ボリボリ掻いた場所は盛り上がっている。


 もうそろそろ、潮時だ。


「悠和! 授業サボって何やってんの!」


 奏芽の声が背中に聞こえた。


 俺はひょいと防波堤に登る。突然視界に現われる海原。工業地帯に汚染された海はどんよりと濁っていて、曇り空との境目がよく分からない。


 授業の合間に抜け出す姿を、奏芽にそれとなく見せた。計算通り、奏芽は俺を追いかけてきた。


 振り返った奏芽は重苦しいロングヘアーを短く切って、瓶底眼鏡をコンタクトに変えている。


 箱崎悠和は料理好きな陽キャに転身し、楽しい高校生活を送ってる。親父とも仲良くなった。


 今年は受験生だ。


「奏芽はもう、進路決めた?」

「看護学校受ける。看護師になって、東京で働くんだ。悠和は?」

「親父は遠慮せずに大学行けって。でも俺、高校卒業したら働くつもり。レストランに就職して、修行して、いつか自分の店を持ちたい」


 キャハっと奏芽が笑う。短い髪を掻き上げて。


「悠和らしいね」

「だろ」


 ポケットの中でスマホが鳴る。あらかじめ仕込んでいたアラームだ。


 突然の着信に驚いたフリをして取り出し、海に落とした。


「やべー! スマホ落とした!」


 スマホを拾うべく、海に飛び込む。春の海は冷たいが、我慢だ。微かに、奏芽の悲鳴が聞こえる。


 申し訳ないが、奏芽には目撃者になって貰った。


 もうすぐ角が生えて、箱崎悠和から人喰い鬼の虎鉄こてつに戻る。


 せめて楽しく生きていたいから、知り合った人々と絆を結び、乗っ取った人生を謳歌する。


 でも、楽しければ楽しいだけ去り際が難しい。


 事故死は遺体がないとおかしい。山で遭難すると遺族に捜索費用が掛かる。だから水難事故を選んだ。


 目撃者をつくっておいて、溺れて流された設定で消える。


 自殺と思われないように、明日への希望を持っていたと印象付けておかなければならない。


 家族や友人には悲しい思いをさせてしまうが、許して欲しい。自殺よりは、気持ちの整理がつきやすいと思う。


 それも、言い訳か。他人の人生を間借りする行為自体、人生を冒涜している。


 海に潜り、深く水をかく。出来るだけ、現場から離れなければ。


 こうやって、他人の人生を間借りし始めてどれくらい経つのだろう。


 仄暗い水の中にじわりじわりと、懐かしい風景が滲んでくる。


 豊かな森と清らかなせせらぎ、そこに生きる動物とあやかし。


 そして、老いて尚強く気高い母と大らかな父。


「会いたいなぁ……。母っちゃ、父っちゃ……」


 みんな、みんな、いなくなってしまった。俺一人残されて、命の間を流浪する。


 この旅はいつ、終わるのだろうか。


〈了〉

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流浪の鬼~あなたの人生間借りします~ 堀井菖蒲 @holyayame

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