第5話 恐怖の監査と有給デート
***
今日は水曜、週の真ん中。
リリィは今、総務室にて魔族労働協会の刺客(監査)に戦々恐々としていた。
「……次は家臣たちの残業及び有給消化状況を確認します。ヴァルガさん。申請書類を提出してください」
「これだ」
黒髪ポニーテール。眼鏡のクールビューティ魔族が目を光らせる。破壊の魔神兼総務部長のヴァルガがファイリングした書類を淡々と渡す。
「……なるほど。残業の事前申請に不備はないようですね」
パラパラとファイルを確認していく眼鏡美人刺客。黒いスーツでソファーに腰掛け、冷徹な目で頷く。
「とと、当然だ。残業はモレルが管理しているからな」
「そのようですね。では次、有給管理書類を拝見します」
何もやましいことはしていない。なのにやたら緊張してしまう。冷や汗がリリィの背中を伝う。
「……心配ない。有給は俺がしっかり管理している」
「し、心配などしていない」
隣に座るヴァルガ。落ち着いた様子で顔を覗き込んでくる。もちろん信じている。刺客が次々とファイルに目を通していく。
「おや?」
ピクン。耳が跳ねる。刺客の顔色を伺う。
「魔王様。まだ今月の有給を取っていませんね。これはどういうことですか?」
眼鏡がキラン。鋭い目つき。だけどこれなら大丈夫。
「忘れていただけだ。来月取るから問題ないだろう?」
「ダメです。魔王のあなたが有給を取らないと、家臣たちが有給を使うことを躊躇ってしまいます。有給は年二十日。毎月一日は取るようにしてください」
「は、はい」
論破された。何も言えずコクコク頷く。この刺客、細かすぎる。
「じゃあヴァルガ。明日魔王休む。有給にしておけ」
「分かった」
その場で解決。これぞパーフェクト美少女魔王。ふふんと鼻を鳴らす。
「あ、それと魔王様」
「こ、今度はなんだ」
油断したのも束の間追撃。肩がビクッと跳ねる。
「来月、家臣たちのストレスアンケートの結果を提出してください。それと福利厚生をあと5%ほど拡充するように。これは来年度までにお願いします」
「おかのした」
何を言ってるか分からない。ヴァルガが聞いてるから問題ないだろう。
ドレスのスカートがブルブル振動する。二人に隠れてスマホを確認。セントからのマイン通知だ。
『明日魔王城に攻め込むけど良いか?』
『無理。明日は有給。金曜にしろ』
ピコンと送信。すぐに既読が付き、スタンプが送られてきた。リーリのチャンネルで購入できるスタンプ。ドヤ顔のリーリアバターが親指をグッと立てている。顔がほころぶ。
「魔王様。なんでニヤついてるんですか? 男ですか?」
刺客のツッコミ。慌ててスマホをポケットに突っ込む。
「ち、違う! 狙ってた最新イヤホンの抽選に通っただけだ!」
「どう思いますか、ヴァルガ様?」
「……プライベートは口出し禁止だ」
「それもそうですね」
セーフ。理解のあるやつらで良かった。ホワイト魔王城万歳。
安心したら腹が減った。部屋の時計は昼の十二時を指している。
『ピンポンパン。午前の業務、お疲れ様でした。お昼休みに入ります』
魔王城にミアが録音したアラームが鳴り響く。刺客とヴァルガが途端に立ち上がった。
「では魔王様、続きはお昼からにしましょう」
「……腹ペコだ」
総務室を出て行く二人。その背中を見送ったリリィは、セントにマインを送信した。
『明日暇だし、たまにはどこか連れてけ』
送った本人は涼しい顔をしながら、しかし口元はかすかに笑っていた。
――翌日。
リリィはいつもの黒ドレスを身に纏い、部屋の鏡の前でクルリと回っていた。
タンスの奥に眠っていた蝶の髪飾り。自慢の銀髪に映えるワンポイント。細い足を黒タイツで引き締め、黒いリボンのローファーで足元もバッチリ。
「……全身黒だな……まあ可愛いからいいか」
鏡に映る人形のような少女。ゴスロリとまでは言わないが、ちょっと気にしてしまう。
「って、何を気にしてるのだ私は。相手はゲフレ。しかも勇者だぞ」
人類で唯一光魔法を宿した宿敵。かつて魔族を滅ぼしかけ、先代魔王と相打ちした天敵。油断禁物だ。
(だけどあいつ……面白いんだよな……)
初めて配信を打ち明けた相手。魔王としてでも、リーリとしてでもない。リリィ本人に笑いかけてくれるセント。ぶっちゃけ一緒にいて楽しい。互いの立場も忘れてしまうほどに。
「……勇者なんて、辞めればいいのに」
つい愚痴ってしまう。セントがただの人間ならここまで隠す必要はない。家臣たちに人間の友達と紹介していただろう。
「さて、そんなこと言っても仕方ない。あまり待たせても悪いしな」
魔法陣を展開。バナムの宿屋、セントの部屋に繋げる。この瞬間はいつもドキドキする。
「【ワープ】!」
唱え、彼の元へ。景色が揺らぎ、紫の光に包まれた――。
「――リリィ様、降臨!」
転送して第一声。腰に手を当て、声高らかに宣言する。配信開始時の挨拶をセルフオマージュしたものだ。
「ういっす! おはよう、リリィ」
そしてセントもいつもの挨拶。壁の丸い鏡の前に立っていた。私服のスウェットでも白銀の鎧でもない、見慣れないカジュアルコーデ。
(白シャツに紺色カーディガン……それにベージュのチノパンか……うむ、悪くない)
赤い髪を邪魔しない無難な服装。悪くない顔が纏う落ち着いた雰囲気。これなら美少女魔王と一緒に歩いても問題ないだろう。
「……リリィ、その髪飾り似合ってるな」
「ば、バカ者。褒めても何も出んぞ」
不意に褒められ顔が火照る。悪くない気分だ。
「お前もその格好、割と似合ってるぞ」
「サンキュー。久々に外行きの私服買ったんだ」
「……ふん。気合い入りすぎだろ」
チラッ。赤い瞳と目が合う。慌てて逸らして視線を下に。
「……ん? その胸元のワッペン……まさか」
目に入ったナニか。カーディガンの下から覗く黒いロゴ。
「ふっふっふっ。リーリゲーミングのロゴワッペンだ。昨日徹夜で刺繍したんだぜ?」
バカだ、バカがいる。角を模した『リ』の文字。知ってる人間が見たら一発で分かる。
「……まあ良いか。それで? どこに行くんだ?」
気を取り直して問いかける。セントは自信ありげに歯茎を見せた。
「待ってました。リリィが行きたそうな場所に連れてってやる。……あ、その前にこれ」
ポイっと何かを渡される。フワフワした黒い布。広げて見ると、少し大きめの黒いベレー帽だった。
「ベレー帽……? 悪くないが、なぜこれを?」
「それ、ただの帽子じゃねえんだぜ。内側に『認識阻害』の魔法が編み込まれた特注品だ。角を覆うように被れば、人間にはただの帽子にしか見えないはずだ」
「ほう……やるな勇者。気が利くではないか」
言われた通り帽子を深く被る。蝶の髪飾りが隠れないよう、少し右に傾けて、左の角を深く覆う。
「んしょ。こうか?」
鏡を覗き込めば、そこにはどこからどう見ても、休日のショッピングを楽しむ人間の少女がいた。
「どうだ」
「……ヤバい。可愛すぎて直視できねえ……」
「くひひ。なら一生目を逸らしてろ」
満足げに鼻を鳴らす。
宿屋の窓から差し込む朝の光。二人の影が重なり、勇者と魔王の『秘密の有給』がいよいよ幕を開ける。
「よっしゃ。それじゃ行くぜリリィ。アスリニア王国の大都市、セントレアを案内するぜ!」
「ふぁっ⁉︎ え、ちょっと待て、セント。アスリニアは魔族排他主義のはずじゃ……」
「だからその帽子。それに行ってみたいだろ? 最先端のオタク街。リリィが欲しいものが揃ってるぜ?」
わずかに葛藤。だが手を繋がれ、誘惑に身を委ねる。セントが窓を開け放ち、黄金の魔力でリリィを包んだ。
「仕方ない。信じるぞ、セント」
「即死級の喜び。音速も超えれそう」
「単純なやつめ」
体がフワリと舞い上がる。温かい光に包まれ、ビュンと窓の外に飛び出した。
「飛ばすぜー!」
「うむー!」
景色が線になる。風を切り裂き、バナムの街が瞬時に過ぎ去る。
いよいよ始まる有給デート。胸を躍らせる二人は、その先にトラブルが待っていることなど夢にも思っていなかった――。
魔王は週休二日制 リスキー・シルバーロ @RiskySilvero
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