第4話 オンとオフ
***
――セントがリリィのゲームフレンドになって一週間。
四天王の紅一点。サキュバスにして魔王城の広報を担うミアは、自室で姿見を眺めていた。
ピンクのランプ、魅了のお香を炊いた部屋。男を悩殺する黒いボンテージが月明かりに煌めき、自慢の紫の長髪が足元まで零れている。自分で言うのもなんだが美しい。
続けてスマホを眺める。気合いを入れ、真面目に作ったホームページ。SNSにもリンクさせたトップページ。控え目に言っても上出来だ。だというのに――。
「……なんで全然アクセスが伸びないのかしら」
こんなにホワイト企業、魔界でもそうはない。確かに勇者にしょっちゅう攻め込まれるが、可愛い魔王様が撃退してくれる。
「やっぱり魔王城の公式配信もするべきなの? と言っても、何を映せばいいのやら……」
ネタが思い付かない。一度リリィに相談したが、『お前に任せる』と言われてしまった。
「はぁ……あの子、土日はゲームばっかりだし……それに……」
最近のリリィはおかしい。平日に勇者が挑んできても、前と明らかに違う。具体的には手を抜き、手加減しまくっている。しかもリリィだけでなく勇者の方も明らかに。
「……あんな戦闘流したら、逆に炎上しそうよね」
しかも土日はますます引きこもるようになった。部屋を結界で囲み、防音対策も完璧。魔王の力の無駄遣いでしかない。
「まだ出てこないのかしら。ちょっと見に行こっと」
部屋を出る。廊下を渡り、リリィの自室へ向かう。
「み、ミア様。今日もお美しい」
「あら、ありがと。とっても嬉しいわ」
「は、はい!」
若い魔族にウインク。興奮した彼を残し、リリィの部屋の前に到着。相変わらず頑丈な結界が張られている。
「……グレンに破壊してもらおうかしら」
四天王きっての戦闘狂、竜魔族の姿を思い浮かべる。あの男なら、あるいはリリィの結界を破れるかもしれない。
「なんてね。…………んん?」
ふと何かを感じ、首を傾げる。わずかに人間の匂いがする。感覚を研ぎ澄ませ、さらに気配を、魔力を探る。
(まさか人間がこの城に? ……え、ちょっと待って。この魔力……)
何度も見た勇者の魔力。結界の中からかすかに漏れている。
「疲れてるのかしら。そんなはずないわよね」
気のせい。もしくはリリィに勇者の魔力が付いていたんだろう。それ以外ありえない。
「……もういいや。夜更かしは肌の敵だし」
大きく伸びをして廊下を戻る。つい悩んでいたが、今日は土曜日。危うく労働基準法を破るところだった。
「ふあ〜……ねむ」
カチャリ。ドアノブを回し、甘いベッドに体を沈める。長い髪が広がるベッド。薄手のシーツにくるまり、まどろみに身を預けた。
(……勇者、か……今度、つまみ食いしてみよう……かな……)
妄想と睡魔に落ちていく。
その妄想相手が、リリィと夜更かしゲームをしているとも知らずに――。
***
リリィとゲームフレンドになって二週間。
勇者パーティは、今日も今日とて魔王に挑んでいた。
「や、やるな、魔王……っ……」
「ふ、ふんっ。貴様こそ腕を上げたではないか」
魔王城の敷地内にある闇のコロッセオ。灰色と黒の石で造られた決闘の場に、二人の声が響く。
セントの視線の先には闇の衣で顔を隠すリリィ。観客席にはムームとガン。そして魔族四天王の面々が、お菓子とジュースを手に観戦中。
「ねー、セントー。なんで魔法使わないのー?」
「最近、得意の魔法剣使ってないな。視聴者から不満出てるぞ」
仲間から飛んでくるヤジ。さすがに不審がられてる。
「魔王様。最近調子悪いんですか? 極限魔法を使ってませんが」
「そうよそうよ。これじゃ宣伝に使えないわよ?」
向こうからもリリィにヤジ。モルトとミアがぶーぶー言っている。
「う、うっせ! 基本攻撃で倒してこそ勇者だろ!」
「そ、そうだ! 勇者ごときに私の魔法はもったいない!」
睨み合いながら意味不明な反論。本気なんて出せるはずない。だって相手は『推し』そのもの。中身は可憐なゲームフレンド。なんならすぐに二人でゲームしたい。
「魔王様。我が代わって勇者を殺してやろうか?」
四天王の一人、竜魔族のグレンが立ち上がる。翡翠色の膨大な魔力。二メートルを超える竜顔のオッさんに睨まれる。ピンチ。
「引っ込んでろ、グレン! 私に逆らう気か!」
「……はぁ……分かったよ」
セーフ。流石魔王。家臣の躾はバッチリだ。バレないように胸を撫で下ろす。
「…………つまらん」
今度はグレンの隣、破壊の魔神ことヴァルガがため息。真紅の髪と瞳、褐色肌の怖そうな顔が不満を口にする。
「おい、ヴァルガ。お前の給料減らされたいか?」
「…………すみません」
社長こと魔王の一声。どんなに強くても最強の脅しに屈服している。
(良い加減限界か……バレたら勇者手当なくなるかもだし……仕方ねえ!)
勇者の力、黄金の魔力を解き放つ。全身に漲る万能感。白銀の剣と鎧が光り輝く。
「ほ、本気の一撃だ! 真っ直ぐ振り下ろすから受けてみろ、魔王!」
本気(嘘)の一撃を構える。もちろん当てるつもりはない。
「ふんっ! 来るがいい、勇者! 闇の剣で迎え撃ってやろう!」
リリィの闇の魔力。その一部が切り離され、漆黒の剣に変わる。セントの光を飲み込む闇。向かい合う二人を境に、コロッセオが白と黒に染め上げられる。
「「行くぞおおおおッ‼︎」」
同時に飛び出し剣を振るう。最終決戦、互いの種族を賭けた運命の一撃。
「「うおおおおおお!」」
光と闇が渦巻き、二人の雄叫びが魔界の空に轟いた――。
――バナム中立国。世界で唯一魔族と人間が共存する街の宿屋にて。
ベッドに寝かされたセントの体を、ムームの青白い魔力が包んでいた。シュゥゥウと治癒の効果音。体の痛みがすっかりなくなる。
「はい、回復完了だよ、セントっち」
「ういー。サンキュー、ムーム」
腕をぐるぐる。手をグーパー。問題ない、完全回復だ。
(やっぱリリィ、強えなぁ)
また負けた。傷付ける気はなかったが、やはりまだリリィに勝てない。剣戟が交わった瞬間、セントはコロッセオの壁まで吹き飛ばされた。
『私の勝ちだ! また来るがいい、勇者よ! …………大丈夫、か?』
薄れる意識の中。勝利宣言したリリィが、小さな声で呟いた気がする。
「セント、良い加減教えろ。魔王の素顔を見てからのお前、明らかにおかしいぞ?」
ムームの後ろからガンが登場。疑うような目で見下ろされる。
「俺を疑ってんのか? いくら中身が可愛い女の子でも魔王は魔王。私情なんて挟んでねえよ」
「最近週末に姿を消して月曜の朝に帰って来るのは?」
「……あ、新しくできた友達とオールでゲームしてる」
嘘じゃない。少し目が泳ぐが、真っ直ぐ見つめ返す。ガンは呆れ顔。ムームは頬っぺたを膨らませる。
「ほんとにー? もしかして、女でもできたんじゃないのー?」
「ちち、違え! そんな大それた感情持ってねえ!」
あくまで推し。ゲームフレンド。三十二歳童貞には気が早すぎる。
ガンがやれやれと首を振った。
「ま、セントに限ってそれはないか。……だけど分かってるな? 俺たちの目標は魔王の討伐。闇の魔力を封印することだ」
胸がチクリと痛む。忘れるはずがない。魔王が生まれながらに持つ闇の力。あれが暴走したら世界が滅びる。だからこそセントたちは――。
「…………分かってる。リリィは……魔王は俺が倒す、から……」
全部忘れたい。かつて共存していた両種族。ある日生まれた魔王により、世界が滅びかけたなんて。……だけど、それは何百年も前の話だ。
「なら良い。あまり視聴者に心配かけるなよ。……っと、もうこんな時間か」
ガンが壁の時計に視線を移す。夕方の五時。窓の外は夕焼けに染まっている。
「今週の勇者業務はこれまで。お疲れ、セント、ムーム」
「おう、お疲れ」
「おっつー」
部屋を出て行くガン。残業嫌いは相変わらずだ。ムームも扉に手をかける。
「人肌恋しくなったらいつでも呼んでねー。うちが慰めてあげるから」
「間に合ってる。自分を大切にしろよ」
「ちぇー。根性なし童貞オジさんめ」
「うっせ」
ガチャンと扉が閉められる。一人になり、スマホを握ってベッドに寝転ぶ。
『リリィ、怪我してないか?』
早速リリィにマイン。してないだろうが念のため確認。すぐに返事が来る。
『無論だ。お前の方は大丈夫か?』
これだけで顔がニヤける。
『おう。今ムームに治癒してもらった。今は宿で一人だ』
『……そうか』
ファンとしてこれ以上の幸せはない。まだマインを続けたいが、欲張りすぎはよくない。マインを閉じ、リーリゲーミングの最新アーカイブを確認する。
(あ、この配信上がってる。この時のリリィ、楽しそうだったな)
カメラに映らないように見守っていた。憧れのリーリの撮影現場。すぐそばで見ながら顔が緩みっぱなしだった。
「やっぱ無理。リリィを倒すなんてできねえよ」
世界が滅んでも知ったことじゃない。世界とリーリ。天秤にかけ、世界が彼方に吹き飛んだ。
「……会いてえな」
漏れる本心。すると呼応するように、床に魔法陣が現れた。紫の光が蜂蜜色の部屋を塗り替える。
「おっ。ナイスタイミング」
光が徐々に薄れ、小さな人影がそこに立っている。
「迎えに来たぞ、セント。早くゲームやるぞ」
魔王らしい黒いドレスを着たリリィ。胸元に紫紺の魔石がキラリと光り、優雅だが可愛らしい女の子。少し切なくなる。
「……おう」
「ん? 浮かない顔だな。……き、傷が痛むのか?」
心配された。不安そうな顔。こんな優しい魔王になら殺されてもいい。
「大丈夫、そうじゃねえ。ちょっと嫌なこと思い出しただけだ」
「む? ……うーん、そうか」
スタスタ。ベッドの前に立つリリィ。セントも体を起こし、彼女を見上げる。胸が高鳴る。
「ゲームの前にスイーツ補充しに行くぞ。あと飲み物とスナック菓子。私に付き合え」
ドヤ顔で微笑むリリィ。手を引っ張られ、ベッドから立ち上がる。初めて触られた。柔らかくて小さな手。甘くて良い匂い。頭パンクする。
「どど、どこまでも、お付き合いしますすす」
「なにキョドってんだお前。早く行くぞ」
「おお、おう!」
誰もいない廊下を進む。階段を降り、宿のロビーを二人で抜ける。
「今日も徹夜でゲームだー!」
「りょーかい! どこまでも付き合うぜ!」
リリィと拳を夕焼けに突き上げる。
長く伸びる二人の影を、宿の窓から見下ろす人物がいた。
「……あのバカ勇者、なんも分かってねえじゃんか」
時代錯誤のカウボーイハットを、夕焼けに染めながら――。
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