《世界が終わる日に蕎麦を食べる二人》

 今日で世界は終わるらしい。そんな終末の日の夜、大学生のアキラは一人で蕎麦の準備をしていた。その時、玄関のチャイムが鳴った。


 出ると、後輩のミユが立っていた。


「こんばんは」


「おー、どうしたのこんな時に」


「良いから中に入れてくださいよ。寒いんだから」


 ミユを部屋に通す。アキラが蕎麦を作ろうとしているのを見た彼女は、呆れ顔を浮かべた。


「最後の日に食べる物が蕎麦って」


「良いだろ」


「年末じゃないんですよ」


 言いながら、ミユは腕時計をチラ見した。


「っていうか、あと10分ですけど。完成しないんじゃないですか?」


「え、まじか」


 仕方ないので、アキラは麺を茹でるのを諦めて部屋の隅からカップ麺の蕎麦を取り出した。茹でる用に沸かした湯をおたまで掬って入れて、蓋をする。


「待って、これ5分じゃないですか」


 蓋の説明を見ながらミユが言う。


「世界最後の10分のうち5分をこれに使うんですか?」


「他に何に使うんだ?」


「それは……」


 10分考えても思いつかなそうだった。


 やがてタイマーが鳴って、蕎麦が出来る。アキラはそれを啜ろうとして、ふと「いるか?」と聞いてみた。


「うん、あー、いや、一口で良いです」


「一口?」


 箸を探そうとするアキラを引き止めて、ミユは言う。


「時間がもったいないので、食べさせてください」


ミユは口を開けた。アキラは戸惑いつつも自分の箸に一口分巻き取って、ミユの口へと運んだ。


「あつっ、はふっ、はふっ、あっつ!あー、ちょっとこぼしちゃったじゃないですか」


「そりゃそーだろ。難すぎだって麺食べさすの」


「たしかに」


ミユは笑いながら、口元と服を拭いた。


「もうこの世もあと少しで終わりですね」


 時計の針は残り1分を示していた。


「何か言い残すことあります?」


「うーん、別に」


「……私には?」


「そうだな……今までありがとう、とか」


「……そう」


「ミユは?俺に何かある?」


 そう聞かれ、ミユは少しの間無言になった。


 秒針が残り10秒を指した時、ミユは言った。


「……ごめんなさい」


 次の瞬間、ミユはアキラを押し倒す。ちゃぶ台がひっくり返って蕎麦つゆが散乱する中で、ミユはアキラにキスをした。


——ごめんなさい、あなたの最後の瞬間、私が貰っちゃった。


 それを言葉にすることなく、世界は終わった。


 全ての生物は消滅し、もはや何も残らなかった。

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繭住懐古の短編集 繭住懐古 @mayuzumikaiko

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