妊娠した男(The Womb)
Peridot(pixiv:マツシマ)
妊娠した男
ゆきずりの恋で「デキた」と思いたくないのは、誰しも共通することだった。妊娠検査薬に尿をかける時まで、どこかしら「いつも通りだろう」と思うのも。それどころか、判定が出た後も、それは単なるプラスチックで出来たキットの、単なる赤い線に過ぎなかった。
「いつだ?」という思いが固形化し始めたのは、キットがもうゴミ箱の中で乾いてしまってからだった。朝食はいつも通り、変わらない。トーストにベーコンに、コーヒー。
いや、コーヒーを飲むことはできないのだと気づいて、まだ湯気の立つコーヒーを男はシンクに捨ててしまった。
新聞を広げた。昨日と大差ない内容だった。とある国でいざこざがあった。政治家のスキャンダル。物価がまた上がり、政府は移民の流入を止めていない。
その後しばらくスマートフォンに目を通そうというとき、再び疑問が頭をもたげた。
「いつだ?」
そして、
「だれだ?」
連絡帳を開くことはできなかった。
出勤時間が近づき、いつものようにズボンに黒いベルトを巻いて、男は出かけて行った。
それが数ヶ月前のことだった。
男の父の父の時代には、男が妊娠することなどありえなかった。「俺、妊娠した」と言えば、頬を引っ叩かれたか、奇人でも見るような目つきで「馬鹿言ってないで
仕事しろ」と言われたか、いずれにせよ夢物語でも話しているのかと思われたはずだ。
男の父の時代には「男が妊娠した」ということは聞かれたが、それは蓋を開けてみると、トランスジェンダーの女性が妊娠したという話だった。誰も言わなかったが、その正直な感想としては、「妊娠するくらいなら初めから女でよかっただろ」ということだった。当事者たちは何かと美化したり持ち上げたり、ジェンダーと権利は平等である、とスローガンを掲げたりしたが、しかし事実だけを見れば、結局「女の身体でしか妊娠はできない」ということは変えられなかったし、「妊娠という女の特権を使うのなら、なぜ彼女は男として生きているのか」という疑問には誰も答えられなかった。
そのときの一般認識は、男にとっても共通のものだった。
その後、男性が妊娠可能になったのは、別にジェンダー配慮極まれり、というわけではなかった。もちろん、「ようやく男性にも妊娠が実現できるようになった」と称賛する連中はいたが、それは大抵子供のいないゲイカップルか、極左の連中だった。実際にはもっとドライな理由で、「出産率が下がったから」ということだったのは隠されていた。表向きは、「妊娠するのは女性だけ、という負担を軽くするため」と言われていた。
だからと言って、各時代を通して変わらない認識が一つあった。それは、「妊娠するなんて」という薄ら白い目つきだった。
これは別に、男の妊娠に始まったことではない。女だけが妊娠する時代だった時も、男性とすぐに付き合うのは軽い女のやることだったし、すぐ妊娠するのも軽い女のやることだった。もしきちんと考えている女性なのだったら、恋愛も妊娠も、慎重に行うべきことだった。それは女性の心身を守るためには大切なことのはずだった。
ところが、貞女たちはあまりに不器用だった。20代より手前で妊娠すれば、「まだ若いのに妊娠なんて」と言われ、30代を過ぎても妊娠しないと「結婚の一つもしないの?」と言われた。30代を過ぎて妊娠した場合には−その胎内の子供がどうであれ−「歳を考えたら?」
そんなことを男が考えるようになったのは、自分のベルトがきつくなってきてからだった。
妊娠3ヶ月ごろになって、つわりが来たとき初めて、二つのことに頭が行くようになった。一つは、吐き気で物が食べられなくなり、唯一食べたいと思うものがチョコレートで、スーパーマーケットのチョコレートを買い占めたくなったとき、もはや誰も「よっ、彼女が生理中か?」とは言えなくなっていることだった。
もうひとつは、やはり自分の中に何かがいるのだ、というその事実−尿をかけた検査薬の「赤い線」が、単なるインクではなかったという事実だった。「インクではなかった」どころではない、その重みの正体は自分の下腹部にいる、というまごうことなき事実。そして、自分にはパートナーがいない、というそのことだった。
3ヶ月より前、つまり自分がおそらく受精しただろう時期のことを男は思い出そうとした。その頃、付き合っていたのはマーシーだ。
「男性でも妊娠可能に」という手術が世の中で当たり前になったのは、それほど昔のことでもない。男が覚えている限り、5-6年前に実施されるようになり、それからだんだんと手術を受ける男性が増えていったということだ。当然、考えられる衝突はあった。男たちの間で、それは激しく反対された。「男が妊娠するなんてグロテスクだ」、「仕事は?産休はどうなるんだ」、あるいは「ガキを産むなんて女にやらせておけ」と言ったミソジニックな言葉さえ聞かれた。
女たちから挙がった声もそれは大差ないことだった。「女性だけが妊娠する時代でさえ、ミルクやおむつは高価だったのに、ベビーグッズの需要と供給はバランスが取れるのか?」「授乳室は誰が入るの?」中には、「子供を産むのは女の特権!」と主張するものさえいた。
ところが、世界的に有名な、ある種アイドル的地位を勝ち取っているゲイカップルが手術を受け、パートナーとの結びつきが強くなった、というと風向きが変わった。次に出てきたのは、こういう肯定的な意見だった。「今までは、ゲイのカップルに子供は望めなかった。養子を引き取るか、代理受精によって得るしかなかった。代理母の人権や親権も問題になった。だがこれからは違う」
そして、男性が出産するとなると、これまで女性を悩ませていた問題−授乳室やミルクやおむつの問題は、一気に解決した。男性専用の授乳室が作られ、消耗品は、政府がその費用を負担するようになったからだ。
男性に膣を作る、あるいは子宮を形成するのは、思ったより簡単なことだった。陰茎の下を切開、あるいは陰茎そのものを切除して、膣にあたる管をもう一本通す。子宮は、精巣を一度摘出してから新たな
従来、問題になったのはその先で、形だけは女性器を取り付けられても、妊娠や出産は無理だった。実験室でマウスにするのなら、オスの身体で受精卵を着床させることも可能だったが、人間、それも一般的な日常生活を送りながらという話になると不可能だった。それは、着床から出産まで、女性ホルモンの継続的な、そして大量の投与がされなければならなかったからである。
女性として生まれて、女性の身体を捨てずに、なおかつ母体と胎児の健康を維持して…その十月十日の間、あるいはその前後に至るまで、その条件を守っていなければ、本来は叶えられないのが妊娠・出産だからだ。
それが、5-6年前には、男性でも継続的に、かつ日常生活を損なわずにホルモン投与ができるようになったのだ。
男がそれを受けたのは、なんとなくでしかない。というよりも、周りの男たちも手術を受け始めたからだったし、マーシーに説得されたからだった。彼とセックスする時に言われた。
「マンコがありゃあ、もっと気持ちいいんじゃねえか?」
その時に、「マンコが欲しいのなら女とセックスしろ」という者は誰もいなかった。
普段はコンドームを付けているはずだったが、その手術が終わって初めてのセックスの時−
「中出し」されていたのだとしたらそれぐらいしか心当たりがない。
あるいは、クラブのパーティーで出会ったクレアか−「ペニパンを付けて男を掘るのが好きなの」と言った彼女が−実は男で、暗闇でホンモノを取り出していたとしても誰が分かっただろうか?
マーシーと別れてから、人恋しい夜、どうやって過ごせばいいのかを教えてくれるものは、誰もいなかった。
「堕ろすなら今のうちだ」−これを、本当に自分が産むのか?産まなければならないのか?産んで良いのだろうか?
引き返すならこれが最後だ−引き返す?どこまで?この−子供を堕したら、そして自分が男性器を取り戻したら?マーシーを呼び戻したら?
考えても考えても分からないうちに、時間が過ぎていった。
下腹がせり出てきて、男性専用車両に乗ったとき−初めて、恥ずかしいと思った。それは、男一人だけが妊娠していたからではなかった。それなら、むしろなんとも思わずにやり過ごしていただろう。羞恥心を覚えたのは、その車両に別の妊娠した男がいたからで−ちなみに、それが分かったのは彼が妊娠マークを付けていたからだった−それを見たとき、無性に恥ずかしいと思ったのだ。
その「
同時に、ほんの少し前の自分なら気まずさを覚えただろうそのこと、あるいは、これが女性の妊婦だったら、意識的であれ無意識的であれ、自分は「男性として」その女性を守ろうとしていただろうと思い−そうした、自分が身につけていたはずの「一般的な」常識や身の振り方が、忽然とこぼれ落ちてしまったことに気がつき、まるで世間知らずの女の子のように赤面した。かつて様々な場所で見かけた、若いうちに「子供を作ってしまった」ティーンエイジャーたち、あるいは、適齢期で初産を迎える女性たちが、男の中にぽつねんと立っていなければならなかったその状況に、自分が初めて立たされていることに気がついたのだった。
どうして、男の目線であった時は恥ずかしいと思わず、自分が妊夫になった時には恥ずかしいと思うのか、男は説明することができなかった。
いつか知らず、自分の片手は下腹部を押さえていた。
もはや、ベルトなどきつくて締められなくなったころ、男はクリニックに向かった。
ちなみに、そのクリニックというのは婦人科ではなく、男性の泌尿器科だった
。というのは、いくら男性が妊娠するといっても、女性の大半からは「やはり男には足を踏み入れてほしくはない」と頑なに反対されていたからで、一方設備を整える医療機関側にとっても、今さら婦人科内に新たに「男性用スペース」を設けることは負担が大きかった。そして、男たちからも、「プライバシーを守りたい」と言われたために、女性のいる空間ではなく、自分たちが従来通ってきた男性用のクリニックで過ごすことが好ましいとされた。したがって、男性専用のクリニックに、産婦人科医が勤務することの方が選ばれたのだった。
待合室の椅子はゆったりとしたものに作られていたが、座っている間、腰回りが重く、充血している感じが明らかで、そして四六時中まとわりついていた。眠気と気怠さに終始脳のリソースを割かれていた。医者は言った。
「もう安定期ですね」。
羊水の検査をし、胎児が健康に育っていることがわかった。
マタニティグッズを買うのはいつでも躊躇した。体を冷やしてはいけないと靴下や肩掛けを、ウエストの緩いワンピースやゴムのないレギンスを、買う時はいつもネット通販だった。この時代にはとうに「男性が妊娠する」ことが当たり前であったから、店頭に行けば店員が懇切丁寧に色々アドバイスしてくれただろう。あるいは、車の座席につけるチャイルドシートを選ぶのは、なぜかさほど気にならなかった。
しかし、「女性のもの」を買うことは、どこかしら罪深いような気がしたのだ。誰かに聞いても良いとは知っているが、誰に聞くにしても「こんな自分が聞いて良いのだろうか」という考えが付き纏った。街中に貼ってある、「女性の聞けない悩みにお答えします」というステッカーに、初めて目がいった。しかし、その電話番号に手が伸びる時、「他にも、相談したい女性がいるかもしれないのに」という心配に、初めて悩まされた。
そのうちにようやく、自分の身を守るためにしなければならないことがあると思い至り、「ママのための育児レッスン」を受けることにした。しかし、それもやはり自分がアウェイであることは変わらないと思っていた。インストラクターでさえ、レッスン前の電話口では男のことを「パパさん」と呼び、「パパのための授乳レッスンでいいですか?」と聞いてきた。しかし、そこはやはりプロだったのだろう、男が自分のためにレッスンを受けるのだと知ってからは顔色ひとつ変えなかった。それで初めて「優しい」と思ったが、その優しさも本来は女性が女性に向けるための優しさなんだと気づいたとき、やはり「自分が享受するべきでないものを享受している」という罪悪感が拭えなかった。
やがて臨月を迎え、陣痛が来て、産院に運ばれて、出産した。嬰児の泣き声は、男がこれまで耳にしてきた、数式的な言葉とはまったく違っていた。
いまだ遅れている母性の到来を、男はじっと待った。
妊娠した男(The Womb) Peridot(pixiv:マツシマ) @peridot2520
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