第10話 イゾルデとルディ ――それぞれの慢心
イゾルデ・エーデルシュタインは、鏡の前で指輪を選んでいた。
王妃の私室に並ぶ宝石は、どれも一級品だ。
(問題は、もう片付いたわ)
ルディが神殿にいることも、
聖女が少々騒がしいことも、
大した話ではない。
王は弱い。
兄であるカール公爵の顔色を窺うだけで、決断が遅い。
だからこそ――
自分が、この国を動かしてきた。
(シルヴィアは、排した)
あの公爵令嬢は危険だった。
考える女。
疑う女。
あれが王妃になれば、
こちらの思惑は通じない。
だが代わりに用意した“聖女”は違う。
褒めれば舞い上がる。
与えれば縋る。
立場に酔い、自分が選ばれたと信じる。
完璧ではないが、
扱いやすい。
(神殿も、商会も、こちら側)
宝石は国外へ。
帳簿は綺麗。
誰も、何も言わない。
カール公爵?
あの男は誇り高い。
裏で静かに動くことなど、
できるはずがない。
イゾルデは、紅茶を口にした。
(ええ。まだ大丈夫)
(何も、問題は起きていない)
――そう、確信していた。
◆
一方、その頃。
「な?」
ルディ王子は、胸を張って言った。
「やっぱり、もう怒ってないだろ」
神殿での聖女活動は二度。
瘴気は“祓われた”。
神官たちの評価も悪くない。
――自分は、役目を果たした。
隣を歩くガブリエルは、何も言わない。
いつも通り、少し後ろを歩き、周囲を静かに見渡している。
「なあ、ガブリエルもそう思うだろ?」
突然振られて、ガブリエルは一拍置いて答えた。
「……私には、判断しかねます」
歯切れの悪い返事に、ルディは舌打ちした。
「相変わらずつまらない奴だな」
リーゼは、そんな二人をちらりと見てから、
またすぐにガブリエルへ視線を戻す。
それに気づかないふりをして、
ルディは王都の門へ向かった。
胸は高鳴り、足取りは軽い。
凱旋だ。
そう、凱旋のはずだった。
「……殿下」
門番の声が、妙に硬い。
「お通しできません」
「は?」
「許可が下りておりません」
「ふざけるな!
俺は王子だぞ!」
門番は視線を逸らさない。
「命令です」
理由は告げられない。
説明もない。
ただ、通れない。
ルディが言葉を失っている横で、
ガブリエルは静かに一歩前に出た。
「……確認を」
それだけ言って、門番と短く言葉を交わす。
やがて、ガブリエルは振り返った。
「殿下。
現在、王都への入城は認められておりません」
「なっ……」
「私の判断ではありません。
正式な命です」
その声は、淡々としていた。
怒りも、嘲りもない。
ただ、事実だけ。
その背後で、神殿からの迎えが静かに到着する。
「殿下。
こちらへ」
ルディは、その場で初めて理解した。
――これは、凱旋ではない。
――回収だ。
ガブリエルは、何も言わない。
ただ護衛として、王子の後ろに立つ。
その背中は、
王子よりもずっと落ち着いていて、
ずっと“次の段階”を見ていた。
泳がされていた糸は、
この時、静かに引き上げられた。
断罪しない令嬢と、偽りの聖女 ~聖女とは称号ではない。選択が世界を裁く~ 草野 いずみ @Izumi_Kusano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。断罪しない令嬢と、偽りの聖女 ~聖女とは称号ではない。選択が世界を裁く~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます