雪結水仙

藤泉都理

雪結水仙




 雪が降った時にしか咲かない水仙があった。

 雪の結晶のような形と色をしたその雪結水仙には、或る効能があった。




 ねえ、嗣海つぐみ

 嗣海が仕えている主、二千翔にちかが言った。

 鈍く輝く銀色の長髪、透き通るような白い肌、凛とした水色の瞳、均整のとれた長身、深く濃い純白の軍服。

 穢れを一切合切撥ね返す冬のような男性である二千翔は、仕えている男性、嗣海に言った。


 光を吸収するのみで決して撥ね返す事のない深紅の短い髪の毛も、漆黒の瞳も、半分に下ろされたやる気のない目も、美貌も、筋肉質な体形も、冷たい態度も、すべてが私に釣り合う美しさを持つおまえに頼みがある。

 雪が降った時しか咲かない雪結水仙を持ち帰ってきておくれ。

 そして、その雪結水仙で私を、











「この頃小競り合いがまた増えたね。嗣海」

「そうですね。二千翔様」

「睡眠時間が削られて迷惑極まりないよ。まったく。私のこの美しさは、戦いだけでは維持できないのだよ。よく食べて、よく寝ないといけないってのにさ。この戦をさっさと終わらせて、私はこの美しさのまま永眠に就きたいのだけれどもね。戦を長引かせたいクソバカ上層部のせいでとんだとばっちりだよ。自分たちは暗くて湿っぽい部屋に閉じ籠もって指示をするだけ。戦いは私に丸投げ。注文は一つ。戦を終わらせるな。はあ。ねえ。嗣海」

「はい。何でしょうか。二千翔様」


 背もたれの長い革の椅子を回転させて、ティーカップをデスクの上に音も立てずに置いた二千翔。やおら組み合わせた両手の甲の上に顎を乗せると、おまえに丸投げしちゃってもいいかいと至極真面目な顔で言った。

 嫌です。

 後ろで手を組み背筋を伸ばして傍らで待機していた嗣海は即答した。


「自分だけ面倒事からさっさと逃亡しようなんて虫がよすぎますよ」

「だってもう一週間も経てば私、四十歳になっちゃうじゃないか」

「そうですね」

「私の人生計画では、四十歳で美しく死ぬんだよ。おまえが持ち帰って来てくれた雪結水仙で美しい私を永遠に保存するんだよ」

「あんたの死体を永遠に保存してもどうしようもないじゃないですか」

「いいや。私の気分の問題だ。銃や爆弾、その他の武器でこの美しい身体が欠損する前に、私は美しい私のまま命を絶えたい。ずっと、そう思って来た」

「あなた自身の身体を欠損させる事があると本気で思っているんですか?」


 淡々とした物言いの中に別の感情を感じ取った二千翔は、微苦笑を浮かべた。


「怒るなよ。嗣海。美しい私でもしくじる事はある。おまえが思うほど、私は完璧ではないのだよ」

「知っていますよ。あんたが完璧じゃない事くらい。だけど。戦の中ではあんたは、あなたは、確かに完璧なんです。傷一つ負う事もあり得ない。あんたがその身体に負うとしたら、皺としみくらいですよ」

「………う~ん。それはそれで嫌だな。何なら、傷よりも嫌かも。あ~~~。はいはい。おまえは私に長生きしてほしい派だもんな」

「そうですよ。早く平和な世の中にして、本当の意味で俺に恩返しをさせてください」

「………恩返し、ねえ」

「はい」

「恩返しなら、雪結水仙を持ち帰った時に果たしているんだけど」

「却下です」

「っふ。おまえが却下してどうするんだ」

「俺は平和な世界で、しわくちゃになったあんたのしもの世話をするって決めてんです。だからさっさと戦、終わらせますよ」

「………逸るなよ、クソガキ」

「だったら早く終わらせろよ、クソジジイ」


 熾烈な火花を散らせる殺気をぶつけた二千翔と嗣海。もはやぶつかり合う殺気だけで火事が起こるのではないかと危惧される中、殺気を先に静めた二千翔がわかったわかったと軽い声音で言った。


「おまえが辛抱できず上層部を殺害して、軍法会議で死刑判決を食らっちゃいましたって結果にするわけにはいけないからな。さっさと終わらせるために。頑張るか」

「はい。頑張ってください」

「あ~あ~。これでますます私の睡眠時間が削られる。おい。私の美しさが損なわれたら、確実におまえのせいだからな」

「安心してください。二千翔様の美しさが損なわれる事はありません。ですから」


 嗣海は円柱形の防弾ガラスで保存、守護されている雪結水仙を片手で持ち上げると、これは不要ですよねとほんのわずかに口の端を上げて言った。

 二千翔は思わずジト目で嗣海を見上げた。


「………おまえ。本当に私が好きだな」

「ええ。あなたに死なれると、とても困るくらいに」

「………これは、こまったもんを拾ってしまったな」


 雪結水仙をデスクの上に静かに置いた嗣海は、上半身を前に倒しては二千翔の耳元に口を近づけて、囁いたのだ。


 拾ったのだから最後まで面倒見てください。











 雪が降った時にしか咲かない水仙があった。

 雪の結晶のような形と色をしたその雪結水仙には、或る効能があった。

 腐らせず、朽ちさせずに死体を未来永劫、綺麗なままに保存する事ができるという効能が。




(まったく。おまえに痛みも傷みもなく殺されて死体を美しいまま保存される事を願っていたのだが。仕方ない。人生計画を変更するとしよう)




 私と共に生きたいと言う我が儘で寂しがり屋なおまえと共に平和な世界で生きるという人生計画へと。











(2025.1.4)



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雪結水仙 藤泉都理 @fujitori

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