第2話 バーチャル警察2.5次元課②

 電脳世界の街並みはAIによって疑似的に構成された景色だ。

 実際にこういう世界があるわけではないが、ぼくたち捜査官が警備を行いやすいように敢えて景色を脳内に直接送り込んできている。


 ぼくは年末に空中で忙しなく飛び交う情報の波を見上げながら、嘆息を一つ零した。


「捜査するというのは、見るんじゃあなくて観ることだ……聞くんじゃあなく聴くことだ。ぼーっとしてても仕事は進まないぞ!」

「課長、いつも思うんですがなんでそんなきっつい格好なんですか……」


 VDGでは身内にぐらいしか見られないが、アバターを設定することができる。

 ぼくはそういうのがめんどくさいので自分の姿をそのままVDGに入力しているが、課長はなぜかナース服を着ている。しかもスカートが結構際どい。

 アラサーのくせにそんなに太もも出して恥ずかしくないんですかって最初に聞いたら、悪夢のような大量の宿題を出されたのは今でも記憶に新しい。


「ははは、間森くんはいつも歯に衣着せないね! そんなだから痛い目に逢うんだゾ?」


 やべえ、言葉は笑ってるのに目が笑ってねえ!

 語尾にハート♡よりもドクロ💀が鎌を持って付いていそうだ。


「あ、いや、正直者が損をする社会が間違っているのであって、ぼくはいつでもどこでも素直に生きてるだけですよ」

「素直過ぎるのも考え物だな。まあそんなことよりもだ、仕事の時間だぞ。早く見回りを済ませようじゃないか」

「はい」


 課長とともに街を歩く。

 ソニー、花王、アサヒ、トーハン。名だたる大企業のビルを覗いては、異物が企業のネットワークに侵入していないか目視で確認していく。

 一応、日本に在籍する企業のサーバに対しては2.5次元課の職員が侵入するときにはあらかじめ許可を取り付けており、各企業から許可されたIPを提示することでネットワーク内部を閲覧している。

 そこにもし異物がいればAIが自動的にそれを黒ずくめの犯人像オブジェクトで処理して、ぼくらの脳内に『許可されていない不法侵入者』として認識できるようにしてくれている。

 特に近年は企業サーバからの個人情報窃取を狙ったサイバー犯罪が多く、こういった見回りについて企業側から依頼されているケースも少なくはない。


 名の知れた企業を見回りしている間、ぼくの目に留まったのはオンラインカジノを運営している海外企業のサーバだった。

 カジノがモチーフの形をしたビルが建っており、ゲーマー気質のぼくとしてはそこそこそそられる形をしている。


「間森くん、なにか気になることでもあったのか?」

「あ、いやその……さっき不審な人物がオンラインカジノに入っていった気がしたんです」

「ふーん……気にはなるけど、向こうは海外企業だからな。許可を得ていない私たちが中に入って捜査を行うことはできない」

「それはその通りなんですが――――」


 言い淀んだ直後、オンラインカジノから数人の人影が出てくる。

 その姿を見た課長がはっと息を飲む。


「——あれは吉川興業の芸人だな。確か平成ユートピアの高日座だったか。それに他にもテレビで見たことがある顔ぶれだ。でかしたぞ間森くん、彼らのパソコンを押収してアクセス履歴を確認すれば動かぬ証拠となる」

「え、え、つまり……」

「6人ほどいるからな。一気に残りノルマの半数を達成じゃないか。よーしよしよし、本当にたいした奴だよ間森くん君は!」


 課長がわしわしとぼくの頭を掻き撫でてくる。

 ぼくは特になにかしたわけでもないので、恥ずかしくなってその手を払った。


「でも見つけたのは課長ですから、これは課長の功績ですよ」

「ま~ったく謙虚な奴だなきみは!! 本当は未来認知でわかってたんだろう!?」


 ああ、またまた変な信頼をされてしまっている……。


「違いますよ、偶々たまたまですよ、偶々!」

「恥ずかしがらずともいいじゃないか。さて、私はこの件をもって家宅捜索の許可を取りに行かなければいけないから一端抜けるが、間森くんは引き続き見回りを頼むよ。期待してるからな、ホープ!!」


 るんるん笑顔でホームポイントに戻っていく課長の後ろ姿を引きつった笑顔で見送ったぼくは、いよいよ本命の建物を前に武者震いをする。


 ――――オンラインカジノ。


 入ってはいけない禁断の園。

 嗚呼、なんて甘美な響きだろうか。

 まるでぼくを誘うように扉は開け放たれている。


 ……運よく課長もいなくなったことだし、プライバシーモードでVDGの履歴にも残らないのであれば、これはもうサンタさんがぼくのために与えてくれた少し早いクリスマスプレゼントとしか思えない。


 こんばんは、オンラインカジノ。

 ここは金と欲望が乱れ飛ぶ夢の国。



★★★


 ルーレット、バカラ、スロット、ジャックポット。

 眼前に飛び込んでくるゲームの数々はぼくの脳を一瞬で焼いてしまう。

 小学生のときに初めてゲームセンターを訪れたときの感動をもう一度味わってると言ってもいい。


 リズミカルに鳴るBGM、ゲームに熱狂する人々の叫び声、そのどれもがぼくの心を熱くさせる。


「お兄さん、日本人でしょう?」


 金髪のバニーガールが話しかけてきた。向こうは外国語を使用しているのだろうが、AIが自動的に翻訳してくれている。勿論、ぼくの言葉も彼女と同じ言語に自動翻訳されるのだ。

 ぼくは日本人であることを当てられて驚きながらも頷く。


「そうだけど、なんでわかったの?」

「ふふ、日本人ってセキュリティがガバガバだからね、簡単にIPが割れるのよ」

「へ~、そうなんだ」


 仕事しろよAI、プライバシーモードなのになんでバレバレなんだよ。

 そんなことを考えていると、金髪バニーガールのお姉さんがぼくの手を引いてくれる。


「ここのオススメはブラックジャックよ。他のゲームは運次第だけど、ブラックジャックはある程度実力が試されるゲームだもの。本当に強い人はこれで何万ドルも稼いでいくわ」

「何万……ドルっ!? えっ、と……今は1ドルが158円だから――――150万円以上!?」

「そうよ。どう? お兄さんもやってみない?」

「やります!!!!」


 即答すると彼女は笑いながらテーブルまで案内してくれる。

 テーブルにはタキシードを着た若いお兄さんが立っていて、客のベットに応じてコインを配っているところだった。


「ブライン、新しいお客さんよ。なんと日本から遥々やってきてくれたわ」

「それはそれは。丁重に『おもてなし』しなきゃな」


 ブラインと呼ばれたお兄さんは日本語の「おもてなし」を強調しながら言うと、ぼくに空いている席を示してくる。


「それじゃ日本人の君、ここに座って。ゲームのルールは知ってる?」

「ブラックジャックで確かカードの合計を21に近づけるゲームだよね。なんとなく知ってるよ」

「OK! それじゃゲームを始めよう。ちなみにここのレートは1枚10だからね。ベットの枚数は間違えないようにね」

「わかった。それじゃやろう」


 なるほど、1枚10円か。

 1万円までなら賭けても問題ないから、手持ちは1000枚だな。


「それじゃコインは1000枚で」


 おおー! と周囲で歓声が沸く。なんでだろうと思ってたら、ブラインもにこやかな笑顔でコインを配ってくる。


「いや~、さすが日本人はお金持ちが多いね。最初から1万ドルをコインに換えちゃうなんて」


 ん?

 1万………ドル?

 そう聞いた瞬間に一気に顔面から血の気が失せる。

 いいいい、1万ドル!!?

 日本円で150万円!?!?!?


 ははは、ぼく終わったな……。


 正気を失って笑ってしまうぼくを見て、周囲の人が口々に「すげえ、あいつ笑ってやがる」とか「こんなの屁でもないんだ。まったくジャパン野郎はいけすかねえぜ」と好き勝手言っているが、ジョーダンじゃない。


 これで負けたらマジでヤバいぞ……。

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バーチャル警察24時 高倉アツシ @a_takakura

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