第8話 卒業試験

「ではこれより卒業試験を始めまーす」


 街外れの森の入口でリザが宣言する。

 杖を片手に僕は頷く。この世界の魔法使いは杖を持つタイプだ。イメージどおりの魔法が打てる手助けをしてくれる。

 超簡単な魔法でない限りは杖を持っている必要がある。


「森にちょうど、大きく育ちすぎた魔物が迷い込んでるみたいだから、それを倒してきたら合格ね」

「はい!」

「そんなに緊張しなくても大丈夫。どんな魔物かはちゃんと確認してあるから、リディなら平気だよ」


 リザに言われて自分が緊張していることに気がついた。深呼吸をして杖を持つ力を緩める。


「模擬戦もたくさんしたから、同じようにすればいいよ。防護魔法をちゃんと使ってね」


 リザの忠告を受けてから、僕は森に足を踏み入れた。



 二時間ぐらい経った頃だろうか。僕はリザの試験を無事に終えていた。

 獲物は猪の魔物が大きく育ったもので、雷の魔法でこんがり焼いてやった。証拠として角を、風の魔法で切り取って持ってきてある。


 これでリザとの日々が終わるかと思うと、寂しくて仕方なかった。もっと一緒にいたかったし、もっと一緒にバカなことをしていたかった。何だったらもうちょっとリザの身体に引っ付いていたかった。


 そんな呑気な考えは、街に火の手が上がっているのを見つけて消し飛んだ。


 民家が店先が、道路が田園が、荷車が屋根が、全てが燃えさかっている。

 丘の上から見えた光景は凄惨の一言だった。あれだけ穏やかだった街並みは、至る所から業火が吹き荒れる地獄と化していた。


「な、なんで……?」


 あまりの現実感のなさに、笑いさえ込み上げてくる。僕は悪い夢か何かを見ているのだろうか。

 現実逃避しかける思考が、熱風によって引き戻される。肌を焦がす熱が、夢ではないと無情にも教えてくる。


「そ、そうだ、ミラに父さんと母さんはどこだ!!」


 慌てて丘を下り、草原を突っ切り、街へと戻る。

 街中は肉の焦げる臭いと助けを求める叫び声が交差する、さらなる地獄だった。

 道には行きつけの店の店主が、すれ違って挨拶をしていたはずの人々が、隣人たちが死体となって横たわっていた。


「うっ」


 鼻を刺激する異臭に胃液が込み上げてきて、地面にぶちまける。

 なんなんだこれは。一体、何が起きているんだ。父さんや母さん、妹は、僕の家族は無事なんだろうか。

 リザは、どこだ。誰がこんなことを。


 いくつもの思考が流れては消えていく。突然の事態に頭が完全に混乱していた。


 ふと目をこらすと、眼の前に人影。街にやってきていた旅芸人だった。夥しい量の血が衣服についている。


「あぁ、お前か」


 こちらが何かを言うより先に、野太い声が発せられた。


「焼けてなくて良かった。お前のようなガキは直接切り刻んでやりたいからな」


 旅芸人の籠手に覆われた指が、弓の弦に添えられる。この男は何を言っているんだ?


「まずは足からだ。せいぜいいい音楽になってくれ」


 背筋に悪寒。今になって命を狙われていることを理解した。

 逃げようとしたが、足が竦んで動かなかった。


「雷の精よ、我が呼び声に応えよ、ライトニング・ボルト!」


 女の詠唱の声。続いて雷光が旅芸人めがけて降り注ぐが、命中の直前、跳躍で回避される。


「リディ!」

「リ、リ、リザ……」


 震える声で恩師の名を呼ぶ。炎の中を突っ切ってリザが現れ、僕を庇うようにして前に出た。


「生きてて良かった、怪我はない!?」

「う、うん」


 乾いた拍手の音。旅芸人が両手を打ち合わせていた。


「いや、すごいすごい。やっぱ恵まれてるやつってのは違うな。やばくなったら美人の先生がちゃんと助けにきてくれるんだもんなあ」


 けらけらと笑う男に、ようやく怒りの感情が込み上げてくる。


「お、お前がやったのか?」

「ん? だとしたらどうする。故郷の仇を取るために、その杖で頑張って俺を殺しにくるか? いいねいいねえ、そういう抵抗がないと殺し甲斐がない」


 杖を強く握り込む。恐怖感に義憤に焦燥感で、手の震えが止まってくれない。


「なにせ、今は美人の先生も一緒だからな。あれだけ強い先生が一緒なら、悪党だかなんだかしらないやつも倒せちゃうかもな? ここでひとつ、魔法使いとしての実績をあげとくってのも、良い手かもしれない、なんてな? あははは!」


 嘲笑。完全にこっちのことを見下した態度だ。

 だが相手の言うとおり、こっちにはリザがいる。二人がかりなら勝てるかもしれない。

 そう思ってリザを見やると、緊張した面持ちであることが分かった。


 師は、決してこの状況を甘く見ていないし、相手を侮ってもいなかった。


「……これから私が戦うから、その間にリディは逃げて」

「ぼ、僕だって戦います!」

「だめ。相手は私よりも強いし、慣れてる」


 リザの一言で胸中に絶望感が広がる。

 リザは僕がいる以上、戦わざるを得ない。だがそれは、死を意味するのだろう。それぐらいは今の僕でも理解できた。


「どうするか決まったら教えてくれ。その間に一曲弾いとくから」


 男はそう言って弦を弾き始める。地獄の光景には似つかわしくない、爽やかな村を思わせる曲調だった。


「リディ、聞いて。正直言うと私も逃げ出したい。けど、逃げるのは君が安全になってから。順番、分かるね」

「……分かりました」


 渋々、首肯する。


「決まったか? じゃあ、始めようか」


 演奏が中断。男が背負った矢筒に手を伸ばす。と、同時にリザが詠唱。


「雷の精よ――!」

「バァーカ!」


 矢筒に伸ばされていた手が弓の弦へと戻り、弦を強く弾く。耳を劈くような音と共に、杖を持っていたリザの手が宙に舞う。


「え……?」


 ごとん、と重たい音と共に手が落下。遅れて女魔法使いの腕の断面から血が噴出する。


「まともなアーチャーがウィザードの前で戦うと思うのか? 間抜けめ」

「あ、――ぁああああああああああっ!!」


 悲鳴と絶叫と嘲笑が響いた。

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転生したってのになんでこんな目に ~ハードモードの人生は転生してもハードモードでした~ じぇみにの片割れ @oyasiro13

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