この作品を読み終えたあと、しばらく何も考えられなかった。
感動した、切なかった、重かった
そういう一言ではとても言い表せない読後感が残る。
それはたぶん、この物語が単なるSFでも恋愛でもなく、「生きること」「幸せとは何か」「愛はどこまで人を救えるのか」という、避けて通れない問いを真正面から突きつけてくるからだと思う。
特に胸に迫ったのは、妻の「死にたい」という願いと、それを前にした夫の葛藤だ。
愛しているからこそ手放せない。
それでも、愛しているからこそ相手の意思を無視できない。
この矛盾を、作者は安易な答えを出さず、丁寧に、静かに描き続けている。
読んでいる側も、どちらが正しいとは簡単に言えず、ただ一緒に苦しみ、考えさせられる。
登場人物たちの感情描写も非常に繊細で、説明しすぎないのに、痛いほど伝わってくる。
誰かを想う気持ちが、時に救いになり、時に呪いになるという現実が、誇張なく描かれている点がとてもリアルだった。
そしてこの作品の最大の魅力は、「幸福とは何か」という問いを、答えではなく“体験”として読者に渡してくるところだと思う。
読み終えたとき、物語は終わっているのに、問いだけは自分の中に残り続ける。
それこそが、この作品がただの物語で終わらない理由だと感じた。
重いテーマを扱っているが、決して読後が絶望だけになる作品ではない。
静かで、苦しくて、それでもどこかに確かな温度が残る。
人を愛したことがある人、生きる意味に迷ったことがある人には、きっと深く刺さる一作だと思う。
29話まで拝読してのレビューです。
舞台は三十年ほど未来の東京。
VR技術者の金子が今回手がけた仕事は、かねてからファンだった小説家の作品世界を構築することだった――。
バーチャルへのダイブを依頼した小説家の夫。脳梗塞で寝たきりになり、身動きもできない妻。
一方で、貧乏育ちから家族のため技術者になった金子。好きなことを学びたいが医者になった方が稼げると勧められ文句たらたらな妹。
それぞれの生活は、同じ都市にいながらひどく乖離しています。
金子の父は社会貢献度が低いため、救急車すら来るのに時間がかかる。対して小説家の妻は心停止しても半ば無理やり蘇生されてしまう。死にたいと願っているのに。
人間の幸福がAIにより平均化され、そこから外れた望みは無視されてしまう作中の社会はディストピアじみていますが――そこで始まる不思議なミッション!
小説家は死にたがる妻の解放を求め、金子たちが協力する。金子はそこに自己の何を重ねているのか――。
重層的にからまった構成をさばいていく作者の筆致は確かです。
そして作品全体に満ちる繊細な描写にも惹き込まれました。
バーチャル世界の香り、空気感。
リアルの埃っぽさと重苦しさ。
現実を離れた場所でやっと手に入れた微笑み。
現在最終章だそうです。
ひと欠片の救いを求めあがく人々の物語をぜひ御覧ください。