最終話 呪いが祝福に変わる空
紅茶の香りを楽しみつつそう零せば、彼は分かりやすいほどに動きをぎこちなくさせた。主人の指示がない間は気配を消して彫像さながら佇んでいるべきなのに、困った護衛だ。
「そ、それは……。おめでとう、……ございます」
造りの鋭い目つきがそわそわと落ち着きなく辺りをさまよう。普段平然と毒を吐く護衛の意外な一面が面白くて、ブランローズは意地悪く詰め寄る。
「なんで他人行儀なのよ」
「そりゃ他人ですから」
「貴方、相手が誰か気にならないの?」
必死にいつもの鉄仮面に表情を戻しているがもう遅い。ブランローズはばっちり目撃している。
「貴方はこの国を継ぐ姫君なんですから、他国の王子とかなんじゃないですか?」
アルベールの推測は
だが残念。ブランローズにはとっくに決めた人がいる。国王夫妻と宮廷の要職にある者たちには根回し済みで、全員から賛同を得ている。あの12人目の魔女の祝福が、ブランローズの結婚相手を決める後押しとなった。
『時が来れば、運命の人が現れて口づけによって目を覚ますでしょう』
13人目の魔女の屋敷に乗り込んだ時、ブランローズは間違いなく
そして目覚めた世界には、彼しかいなかった。
彼が運命の人でないのなら、ブランローズは今も闇に横たわっていただろう。いつ解けるかも知らない目覚めを、何十年も何百年も待ちわびていたかもしれない。もしかしたら、永遠に。
それを断ち切ったということは、つまり。
「アルベール。現実を見なさい」
みるみるうちに鉄仮面が剥がれ落ち、面差しが驚きに満ちる。もうひとつ、彼の新たな顔を見た。ブランローズだけのものであってほしい。
「……え。ちょっと待ってくださいよ」
「待たないわよ」
「え、だって、お、俺? 嘘でしょ」
「こんな悪趣味な嘘をつくほど性格悪いと思われていたの?」
「いや、普通、疑うでしょ。俺も一応貴族出身ですけど、俺なんかより高い家柄なんていくらでもあるし……!?」
うじうじ言う口を、今度こそ塞いだ。自分を呪った魔女に直接殴り込みに行った人間が、愛しい人への接吻を恥じらうわけがない。
「大丈夫。埋めたわ、外堀」
「わっ。なんか、こわっ」
「怖いって何よ失礼ね」
睨み合って、同時に噴き出す。ブランローズはたくましい長身に抱き着いた。彼の腕も、おずおずと背中に回される。
「嬉しいです」
「好きよ」
「俺も」
見つめ合った瞳に互いの笑顔が浮かぶ。呪いがブランローズたちを結びつけたのだから、ある意味あの魔女は功労者かもしれない。
13人目の魔女への罰はブランローズに一任されている。魔女が赤ん坊だったブランローズに呪いをかけたことさえ反省してくれるなら、将来生まれるだろう彼女らの子供に祝福を与えてやってほしいと思う。
そう告げたら13人目の魔女は呆気に取られていた。てっきり首を落とされるものと考えていたらしい。
『その代わり、とびきりの祝福じゃないと許さないんだから』
茶目っ気ったっぷりに片目をつぶれば魔女はせせら笑った。
『あたしを特別待遇で招待するならね』
つられてブランローズも笑い声を上げた。なんだかんだありつつも、親しい仲になれそうな気がした。
「こんなに簡単に結婚できるんだから、呪いも捨てたものじゃないわね」
「やめてください。本気で生きた心地がしなかったんですから」
呆れ返った声の中に、揺るぎない愛情を感じる。見えないのに、自分たちは深く繋がっていると確信した。
幼い頃から一緒にいて、視界に常に映るのが当たり前だと認識していた、彼との関係。寄り添い合うという点では同じなのに、大きく変わる。
単なる主従ではなく、対等な関係となる。これまでの当たり前が当たり前でなくなる。取り巻く環境も表情を変化させる。それぞれが戸惑って、衝突することもあるかもしれない。
だけど大丈夫だと胸を張れる。呪いをも払いのけた想いなのだ。この強さは揺らがない。どんなことがあっても。
彼の大きな手を握った。握り返されたぬくもりが身体の芯までじんわりと浸透する。胸が早くも喜びでいっぱいになった。
窓辺の青空を白い鳩がよぎる。風のざわめきが木の葉を賑やかに打ち鳴らす。
きっと幸せになるだろう。
<了>
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死の呪いをかけられた姫君は自力で解呪を試みる イオリ⚖️ @7rinsho6
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