第16話 安全圏には、値段がある


 降下は、拍子抜けするほど穏やかだった。


 揺れも衝撃もなく、

 宇宙船は静かに地表へと吸い込まれていく。


**着陸完了:管理区域・安全圏**


「……あ」


 妹が、窓の外を見て声を漏らす。


「街だ」


 そこには、想像していた“機械文明”があった。


 金属の建造物。

 規則正しい道路。

 だが、無機質すぎない。


 人型。

 多脚。

 浮遊。

 様々な形状の存在が、当たり前のように行き交っている。


「……静かだね」

「管理が行き届いてる」


 スーツの警告は、ゼロ。

 環境は安定。

 空気は調整済み。


 **完全な安全圏**だった。


---


 最初に見つけたのは、

 “それ”だった。


「……スーパー?」


 妹が、半信半疑で言う。


 看板はシンプル。

 記号と色だけで構成されている。


 でも、

 **入る人の流れが、完全に地球のそれ**だった。


「行く?」

「……行くか」


 扉は、

 自動で開いた。


---


 中は――

 普通だった。


 棚。

 区画。

 通路。


 違うのは、

 **置いてあるものだけ**。


「……これ、

 部品?」


 妹が、棚を指差す。


 透明な容器に入った、

 微細な構造体。


「食べ物、じゃないね」

「エネルギー変換部材かな」


 隣の棚には、

 **“消耗品”**と表示されている。


「消耗……?」

「使い捨て、だな」


 妹が、思わず笑った。


「これ、

 地球なら研究室に

 厳重保管されるやつじゃない?」


 値札を見る。


「……安い」


 桁が、信じられない。


---


 別の通路。


 日用品、と表示されている。


「……日用品?」


 並んでいるのは、

 自己修復素材。

 自動最適化部品。

 演算補助ユニット。


「日用……?」

「日用、らしい」


 妹が、

 一つ手に取る。


 スーツが、

 即座に情報を表示する。


* 用途:補助

* 危険性:なし

* 管理外持ち出し:可


「……持って帰れるって」

 妹が、小声で言う。


「規約上は、な」


 誰も止めない。

 警告も出ない。


 **買い物だからだ。**


---


 レジは、存在しなかった。


 持ち上げるだけで、

 自動的に精算される。


「……これ、

 完全に無人だね」


「機械文明、

 らしいっちゃらしい」


 妹が、

 表示された合計金額を見る。


「……え、

 この値段でいいの?」


「ステーションより、

 安いな」


 管理文明の“地元価格”。

 そういうことだろう。


---


 次に入ったのは、

 **ショップ**だった。


 スーパーよりも、

 少し専門的。


「拡張部品」

「演算補助」

「汎用モジュール」


 説明文は、

 どれも簡潔だ。


「これさ」

 妹が言う。

「私たちの船に

 そのまま使えそうじゃない?」


「互換、あるな」


 “非干渉設計”

 “外来規格対応”


 **最初から、

 持ち帰られる前提**。


---


 妹は、少しだけ黙った。


「……ねえ」


「ん?」

「これ、

 地球で売ったら……」


 言いかけて、止める。


 でも、

 続けなくても分かった。


 **答えは、

 もう想像できてしまった。**


---


 外に出る。


 街は、相変わらず穏やかだ。


 誰も、

 こちらを特別扱いしない。


 誰も、

 怪しまない。


「……安心だね」

 妹が言う。


「安全圏、だしな」


 その言葉が、

 少しだけ違う意味を持って響く。


 安全。


 それは、

 **危険がないことじゃない。**


 **選択に責任がつかないこと**だ。


---


 妹は、

 手に入れた小さな部品を見つめて言った。


「これ、

 “普通に買い物しただけ”だよね」


「ああ」


「武器でもないし」

「違うな」


「禁止もされてないし」

「されてない」


 彼女は、

 小さく笑った。


「……だったらさ」


 空を見上げる。


「地球に持って帰らない理由、

 ある?」


 僕は、すぐに答えられなかった。


 理由は、

 まだ“思いついていない”。


 それだけだった。


---


 機械文明惑星の安全圏は、

 今日も静かだ。


 誰も、

 侵略されていない。


 誰も、

 盗まれていない。


 ただ、

 **価値の基準が違う場所で、

 普通の買い物が行われている**。


 それが、

 いちばん危険なことだと、

 まだ誰も言っていない。


---


(第16話・了)


---


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