第14話 これ、買った方が早くない?


 きっかけは、歩き疲れた帰り道だった。


 商業ステーションの通路。

 天井の光がゆっくりと色を変え、

 市場の喧騒が少しだけ遠のいている。


「ねえ」


 妹が、何でもない調子で言った。


「これ、

 買った方が早くない?」


 あまりにも自然な一言で、

 僕は最初、何のことか分からなかった。


「……どれだ」


 妹は、視界の端に浮かんでいる

 例の“おすすめ”を指で弾く。


* 防護層追加(探索用)

* 緊急退避補助

* 未管理惑星対応パッケージ


「さっきの案内」

「推奨されてたやつ」


 声のトーンは、

 コンビニで新商品を勧めるみたいだった。


---


「でもさ」

 僕は言う。

「今まで、

 特に困ってないだろ」


「うん」


 妹は、即答した。


「困ってない。

 でも――」


 少しだけ間を置く。


「毎回、

 “ギリギリ”ではある」


 それは否定できなかった。


 無人惑星。

 ゴミ捨て場。

 未管理区域。


 スーツが完璧だったから、

 何も起きなかっただけだ。


「この表示見て」


 妹が、詳細を開く。


 事故発生率。

 生存率。

 装備差分。


「今の装備だと、

 “問題はない”けど

 “余裕はない”」


「……余裕、か」


「うん」


 妹は、軽く肩をすくめた。


「余裕があった方が、

 楽しいでしょ?」


---


 表示は、実に親切だった。


 **現装備との差分のみ**

 **必要最低限**

 **過剰強化なし**


「これ、

 武器じゃないよ」

 妹が念を押す。


「防護と、

 帰り道の話」


 確かに、

 攻撃力の項目は増えていない。


 逃げる。

 守る。

 戻る。


 **全部、“安全”の話だ。**


---


「値段は?」


 聞いてから、

 僕は一瞬、眉をひそめた。


「……安くないな」


「でもさ」


 妹は、

 ついさっき受け取った

 残高を表示する。


「これ、

 最初の取引の“余り”」


「余りって言うな」


「だって、

 全部使ってないでしょ?」


 確かに。


 住民登録。

 最低限の手続き。


 それだけで、

 **まだ余裕がある**。


---


「ねえ兄」


 妹が、少しだけ真面目な声になる。


「これ、

 “やりたいから”じゃないよ」


「……」


「“やめたくないから”」


 その言葉が、

 胸に残った。


 探索をやめないため。

 怖くなって引き返さないため。


 **続けるための買い物。**


---


 周囲を見る。


 竜人が、

 装備を更新している。


 機械種族が、

 船体ログを同期している。


 誰も、

 大げさな顔はしていない。


 **日常のメンテナンス**だ。


「……これさ」


 僕は、最後の抵抗をする。


「一回買ったら、

 次も欲しくならないか?」


「なると思う」


 妹は、即答した。


「でも、

 それってさ」


 にこっと笑う。


「地球でも一緒じゃない?」


 アップデート。

 保険。

 安全装置。


 気づけば、

 全部“当然”になっている。


---


 購入確認の画面が出る。


> 推奨構成:

> 探索安全補助(標準)

>

> 適用対象:

> 個体装備/船体


「……押すぞ」


「うん」


 妹は、ためらわない。


 確認。


 数値が、また少し減る。


---


 変化は、派手じゃなかった。


 スーツの感触が、

 わずかに軽くなる。


 表示が、

 一段階だけ整理される。


「……あ」


 妹が、目を瞬かせる。


「“限定”消えてる」


 探索適合度。


 【通常】。


「これで、

 未管理区域も

 “推奨外”じゃなくなった」


 ただそれだけだ。


 何も劇的には変わらない。


---


 妹は、満足そうに言った。


「ね。

 買った方が早かった」


 僕は、苦笑した。


「……そうだな」


 後悔は、ない。


 恐怖も、ない。


 ただ、

 **一歩、

 “客”から“常連”に近づいただけ**だ。


 ステーションの喧騒が、

 また少し近くなる。


 次に届く案内は、

 きっと――

 **これを前提にした内容**になる。


 妹は、歩きながら言った。


「次はさ、

 どこ行く?」


 その問いに、

 もう“行けない場所”は

 ほとんど残っていなかった。


---


(第14話・了)


---

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