第12話 それは、いちばん無難な使い道だった


 代金は、即座に支払われた。


 派手な演出はない。

 ファンファーレも、承認音もない。


 ただ、スーツの視界に

 **数値が追加される**。


「……増えた」


 妹が、少し間の抜けた声で言った。


「これが……お金?」

「通貨、だな」


 単位は分からない。

 だが、桁と相対評価は表示されている。


「思ってたより……現実的だね」

「数字だしな」


 重さも、色も、匂いもない。

 ただ“使える”という事実だけがある。


---


「これ、どうする?」


 妹は、自然な流れで聞いてきた。


「せっかくだし、

 何か買ってみる?」


 武器。

 拡張。

 地図。


 選択肢は、いくらでもあった。


 だが、僕はさっきから

 視界の端に出ている

 **小さな警告表示**が気になっていた。


「……これ」


 指で示す。


「利用制限?」

「うん。

 “非登録個体”って書いてある」


 妹が、覗き込む。


「え」

「え、待って」


「登録、してないと

 一部の取引できないらしい」


 読み進めると、

 ごく当たり前の内容だった。


* 滞在ログの保存

* 事故時の救援

* 取引保証

* 紛争時の仲裁


「……住民登録、みたいなものか」

「観光ビザじゃ足りない、って感じ?」


 言い方が、あまりにも地球的だった。


---


 近くの案内端末に、

 **登録カウンター**の表示が浮かぶ。


 特別扱いはない。

 長蛇の列もない。


 ただ、淡々とした手続き。


「これさ」

 妹が、小声で言う。

「やっといた方が

 安全だよね?」


「……だろうな」


 事故。

 トラブル。

 誤解。


 この場所では、

 **登録されていない方が危険**に見える。


「じゃあ、

 最初の使い道、これにしよ」


 妹は、迷っていなかった。


---


 登録は、驚くほど簡単だった。


 スーツが、

 本人確認を代行する。


* 生体反応

* 行動ログ

* 意思確認


 「理解しているか?」

 という問いに、

 **はい/いいえ**で答えるだけ。


「……これ、

 ほんとに大丈夫かな」


 妹が、少しだけ不安そうに言う。


「大丈夫だろ」

「だって、

 みんな普通にやってる」


 周囲を見れば、

 様々な種族が

 同じ手続きを通っている。


 特別なことじゃない。


 **日常だ。**


---


 最終確認が表示される。


> 登録区分:

> 一般居住者(可動)

>

> 権利:

> 取引

> 滞在

> 移動

> 保護申請

>

> 義務:

> 規約遵守

> 通知受信


「……通知?」

「まあ、

 案内メールみたいなもんだろ」


 妹が笑う。


「宇宙版メルマガだね」


 確認。


 数値が、少し減る。


「……払ったね」

「払ったな」


 それだけだった。


---


 次の瞬間、

 スーツの表示が変わる。


 色が、少しだけ柔らかくなる。


「……あ」

 妹が声を上げる。

「制限、消えてる」


 確かに。

 さっきまで灰色だった項目が、

 普通に選択できる。


「これで、

 “中の人”だ」


「住民だな」


 その言葉が、

 思ったより重く響いた。


---


 通路を歩きながら、

 妹がぽつりと言った。


「ねえ」


「ん?」

「私たち、

 地球ではまだ

 住所そのままだよね」


「……ああ」


「でもここでは、

 住所できた」


 彼女は、悪気なく笑う。


「二拠点生活?」


 冗談のはずだった。


 けれど、

 スーツのログには

 **新しい居住識別子**が刻まれている。


 消す方法は、

 今のところ表示されていない。


---


 最初の代金は、

 すべて使い切った。


 何も買っていない。

 何も強くなっていない。


 ただ、

 **名前と立場を手に入れただけ**だ。


 それが、

 一番無難で、

 一番安全な選択だった。


 少なくとも、

 この場所では。


 妹は、満足そうに言う。


「よし。

 これで安心して

 探検できるね!」


 僕は、曖昧に頷いた。


 安心、という言葉が、

 少しだけ

 別の意味に変わった気がしたからだ。


---


(第12話・了)


---

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