第11話 じゃあ、それ売る?
きっかけは、本当に些細な一言だった。
ステーション内部の通路。
天井から流れる柔らかい光の下で、
妹は楽しそうに歩いていた。
「この辺、雰囲気いいよね」
「市場っぽいな」
竜人のような体格の商人が、
隣のブースから声をかけてくる。
「初めて見る顔だね」
敵意はない。
警戒もない。
ただの世間話みたいな調子だった。
「はい」
妹が、にこっと笑う。
「ちょっと見学で」
「いいね。
見学は歓迎だ」
その言い方が、妙に軽かった。
---
ブースには、立体表示が浮かんでいる。
星図。
大気組成。
生態系の簡易モデル。
「最近はどこを回ってた?」
竜人は、雑談の延長みたいに聞いた。
「えっと……」
妹は少し考えて、
あっさり言った。
「無人の星とか」
僕の肩が、ほんの一瞬だけ強張る。
「へえ」
商人は、興味深そうに首を傾げた。
「どんな?」
「ゴミ捨て場みたいなところとか、
完全に何もいないところとか」
**言ってしまった。**
妹に悪気はない。
ただ、楽しかったことを話しただけだ。
「なるほど」
竜人は、笑った。
歯を見せるような笑顔ではない。
**理解したときの笑み**だった。
---
「じゃあ」
その一言が、自然すぎた。
「それ、売る?」
妹は一瞬、きょとんとする。
「……え?」
「データだよ」
商人は、こちらを指差す。
「大気」
「地表」
「生態の有無」
「全部、
ちゃんと測ってるでしょ?」
妹は、反射的に僕を見る。
「……測ってるよね?」
「……まあ」
スーツが、
勝手にログを取っているのは知っている。
「あるなら、
価値はある」
竜人は、肩をすくめた。
「別に全部じゃなくていい。
概要だけでも」
圧はない。
急かしもしない。
**提案**だった。
---
「えっと……」
妹は、少し困ったように笑う。
「私たち、
売るつもりで来たわけじゃなくて」
「分かってる」
即答だった。
「最初は、
みんなそうだ」
その言い方が、
この場所の“日常”を物語っていた。
「見る」
「調べる」
「ついでに、残る」
「それが、
データになるだけ」
商人は、悪びれもしない。
---
「ねえ兄」
妹が小声で言う。
「……これ、
違法じゃないよね?」
「少なくとも、
ここではな」
竜人が、会話に混ざる。
「所有権は売らない。
占有もしない」
「評価と共有だけ」
「それ、
君たちも損しない」
その言葉は、事実だった。
奪われるものはない。
拘束もない。
**ただ、渡すだけ。**
---
妹は、少し考えてから言った。
「……いくら?」
その瞬間、
空気が変わった。
商人の表情が、
**商談の顔**になる。
「内容次第だね」
表示が切り替わる。
* 惑星識別情報
* 大気比率
* 生態反応ログ(簡易)
「これだけで、
このくらい」
数字が浮かぶ。
妹が、目を丸くした。
「……え」
桁が、一つ多い。
「そんなに?」
「未使用領域は、
いつも高い」
商人は、軽く言った。
---
「ねえ」
妹が、少しだけ笑う。
「これさ」
「うん?」
「私たち、
探検してただけなんだけど」
「それが、
仕事になる」
即答だった。
「この場所ではね」
否定できる言葉が、見つからない。
---
妹は、僕を見る。
「……どうする?」
彼女の目は、
怖がっていない。
浮かれてもいない。
ただ、
**新しい選択肢を見つけた目**だ。
僕は、ゆっくり息を吐いた。
「……少しだけ、
概要だけだ」
「了解」
商人は、満足そうに頷く。
「じゃあ、
歓迎しよう」
「探索者さん」
---
スーツが、静かに同期を始める。
送信準備。
抽出。
匿名化。
妹が、ぽつりと言った。
「……ね」
「ん?」
「これ、
完全にセーフだよね?」
僕は、答えなかった。
**ここでは。**
少なくとも、
このステーションでは。
取引は、穏やかに始まる。
笑顔で。
雑談の延長で。
誰も、
脅していない。
誰も、
騙していない。
それでも。
**妹が“調べてきた星”は、
今、値段を持った。**
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(第11話・了)
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