第10話 値札のついた宇宙


 最初に感じたのは、音だった。


 ざわめき。

 怒号でも、警告でもない。

 笑い声や、雑談や、取引の声が混じった――**市場の音**。


「……すご」


 妹が、素直にそう言った。


 ステーション内部は、想像していたよりずっと“開けて”いた。

 天井は高く、視界は広い。

 圧迫感はなく、空気も自然だ。


 そして何より。


「……みんな、スーツ着てないね」


 確かに。

 竜のような鱗を持つ種族も、

 金属の体をした機械種族も、

 二足歩行で獣に近い姿の存在も、

 誰もが**裸に近い状態**で歩いている。


 防護も、隔離も、見当たらない。


「ここ、完全に安全圏なんだ」

「たぶんね」


 スーツは着たままだが、

 さっきまで感じていた“密着感”が、少しだけ薄れている気がした。


---


 歩き始めてすぐ、気づく。


 **言葉が、通じる。**


「それ、最近更新されたマップだよ」


 横を通り過ぎた竜人のような存在が、

 こちらに視線を向けてそう言った。


 妹が、きょとんとする。


「……今、私たちに言った?」

「言ったな」


 翻訳は自然すぎた。

 意識しなければ、異星語だと忘れるほどだ。


「え、なにこの感じ」

 妹が小声で言う。

「海外旅行みたい」


 海外、という言葉が、もう遠い。


---


 最初に目についたのは、**地図**だった。


 立体投影された星図。

 無数の航路。

 色分けされた危険度。


「宇宙マップ……売ってる」

「買うもんなんだな」


 価格表示が、当然のように浮かんでいる。


* 安全航路

* 未踏領域

* 事故履歴あり

* 採掘済み


「このへん、高いね」

「理由も書いてあるな」


 “帰還率が低い”

 “生態系が不安定”

 “管理外”


 妹は、目を輝かせていた。


「ねえ、これ見て。

 私たちが行った星、

 このへんだよ」


「……本当だ」


 すでに、載っている。

 しかも、**評価付きで**。


---


 次に並んでいたのは、

 **買い取り窓口**だった。


 だが、物を差し出している様子はない。


「……大気組成?」

「生態系データ?」


 妹が読み上げる。


「これ、

 “情報”を売ってるんだ」


 窓口の向こうにいた機械種族が、

 淡々と補足する。


「惑星の状態。

 循環。

 変動傾向」


 それらが、価格表と並んでいる。


「生き物……も?」

 妹が恐る恐る聞く。


「分類と密度のみ。

 個体の捕獲は含まれない」


 当たり前のように言われた。


「……なんか」

 妹が、少し黙ってから言う。

「思ってたより、

 乱暴じゃないね」


 確かに、

 奪う市場ではない。


 **測って、評価して、交換する。**


 それだけだ。


---


 通路を進む。


 武器店。

 船体拡張。

 推進補助。


 だが、どれも“特別感”がない。


「ビーム兵装、

 この前のやつと似てる」

「民生用だな」


 “事故対応モデル”

 “低出力・高安定”


 妹が苦笑する。


「私たち、

 すごいもの使ってると思ってた」


「……普通だったな」


 その事実が、

 少しだけ怖かった。


---


 ふと、妹が立ち止まる。


「ねえ」


「ん?」

「これ……」


 彼女が指差したのは、

 **大気データの買い取り一覧**だった。


 そこに、

 見覚えのある数値がある。


「この比率」

「……ゴミ捨て場惑星だ」


 価格は、

 それなりに高い。


「ねえ兄」

 妹が、小さな声で言う。

「私たち、

 もう“持ってる”よね」


 僕は、答えなかった。


 答えは、

 ここに来た時点で出ている。


 **この場所では、

 探索は行為じゃない。

 資産だ。**


---


「でもさ」


 妹は、いつもの調子に戻ろうとしていた。


「見てるだけなら、

 まだセーフだよね?」


「……そうだな」


 彼女は笑う。


「よかった。

 今日は下見!」


 その言葉が、

 どこまで本当かは分からない。


 周囲では、

 異なる種族が、

 違う惑星の話をしている。


 危険。

 収益。

 損失。


 **宇宙が、

 普通に売り買いされている。**


 僕たちは、

 まだ何も買っていない。

 まだ何も売っていない。


 それでも。


 このステーションに入った瞬間から、

 **値札は、

 僕たちの足元にも

 貼られ始めている。**


---


(第10話・了)


---

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