第8話 想定外は、増えていた


 彼らは、沈黙していた。


 それは「何もしていない」という意味ではない。

 **変化があったことを、すでに把握している**という沈黙だった。


 通信層の奥。

 人類の解析では辿り着けない深度で、

 いくつかの情報が並列に処理されている。


* 新規観測線

* 既存の追跡網

* 民生規格の信号束

* 予測されていない収束


 そのどれもが、異常ではない。

 ただ、**同時に存在している**ことが問題だった。


> 想定外が増加している


 短い評価が、共有される。


 追跡。

 観測。

 収束。


 それらは、彼らにとって日常的な現象だ。

 文明が一定規模を超えた時点で、

 避けられなくなる副作用。


> 当該個体群は

> 工程を乱していない


 別の評価が、重なる。


> しかし

> 観測線が重複している


 沈黙。


 彼らは“干渉”を好まない。

 だが、“把握しない”こともしない。


> 現状維持

> 介入不要


 結論は、いつも通りだった。


 **想定外であること自体は、問題ではない。**


---


 一方そのころ。


「見て見て!」


 妹の声が、スーツ越しに弾んでいる。


 無人惑星。

 前回よりも地表が明るい。

 砂の粒子が細かく、歩きやすい。


「これ、足跡残るタイプだ」

「ほんとだ。写真撮ろ」


 スーツのセンサーが、地形を即座に解析する。

 安全。

 安定。

 危険度、低。


「この星、住めるよね」

「条件だけ見ればな」


 僕は周囲を見渡した。

 人工物はない。

 生物反応も、ほぼゼロ。


「ゴミもないし、静かだし」

 妹は満足そうだ。

「さっきの惑星より、

 だいぶ“平和”」


 その言葉に、違和感はなかった。


 **今は。**


---


 少し離れた場所で、

 彼らは兄妹の行動を観測している。


 だが、映像でも、音声でもない。


* 行動パターン

* 反応速度

* 判断の傾向

* 想定外への適応率


> 個体は安定している

> 装備は適合している


> 観測線への反応は

> まだ発生していない


 それは、事実だった。


 兄妹は、追われていることを知らない。

 知らないからこそ、

 行動は歪まない。


> 想定外は

> 想定外である限り

> 価値がある


 共有された評価が、

 静かに確定する。


---


「ねえ」

 妹が言った。

「ここ、何も起きないね」


「それが一番だ」

「でもさ」


 彼女は、少しだけ笑う。


「何も起きない星って、

 逆に珍しくない?」


 僕は答えなかった。


 スーツは、相変わらず完璧に機能している。

 ビームは待機状態。

 エネルギー表示は変わらない。


 **すべてが、順調すぎる。**


---


 彼らの側でも、

 同じ評価がなされていた。


> 行動は平常

> 工程は維持されている


> 追跡線は

> 当該個体に

> まだ影響を与えていない


 だから、介入しない。


 助言もしない。

 警告もしない。


 **それは“役割外”だからだ。**


---


 妹が、小さく手を振る。


「次、あっち行ってみようよ」


 無人の平原の向こう。

 低い丘。

 地図上では、特に意味のない場所。


「……行こう」


 僕たちは、ただの探索者として歩き出す。


 誰かに見られていることも、

 追われていることも、

 知らないまま。


---


 彼らは、その様子を記録する。


 新しい評価は、出ない。


> 想定外

> 継続


 それだけだ。


 だが、その沈黙の外側で、

 別の文明の観測線が、

 確実に近づいている。


 それを、彼らは知っている。


 知っていて――

 **問題視していない。**


---


(第8話・了)


---



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