第7話 それは、回収対象に分類された


 最初は、ただの自動通知だった。


「未確認通信ログ、優先度B」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 当直室の端末に表示された一行を、

 佐伯はコーヒーを飲みながら眺めていた。


「……またか」


 最近、こういうのが多い。

 フェイク動画、ノイズ、誤検知。

 宇宙関連の話題がネットで流行るたびに、

 現場には“それっぽいログ”が流れてくる。


 だが、今回は少し違った。


 添付されているのは、動画ファイルではない。

 **通信そのものの解析結果**だった。


「民生通信規格……?」


 佐伯は眉をひそめた。


 暗号化方式。

 圧縮アルゴリズム。

 パケットの癖。


 どれも、見慣れている。

 それもそのはずだ。


「……これ、スマホだな」


 誰かが冗談で作ったなら、

 やけに手が込んでいる。


 だが、

 **そこまでやる意味がない**。


---


「佐伯さん」


 隣の席の若い技術者が、画面を覗き込んだ。


「それ、例の動画?」

「動画じゃない。ログだ」


「ログ?」


「発信元が、

 地球の管理空間にいない」


 一瞬、沈黙が落ちる。


「……は?」

「正確には、

 地球周回軌道より外」


 佐伯は淡々と続けた。


「でもな、

 使ってる規格は

 完全に民生用だ」


 それが意味するところは、

 全員が分かっていた。


---


「フェイクでは?」

 若手が言う。


「フェイクなら、

 もっと派手にやる」


 佐伯は首を振った。


「これは、

 **隠す気がない**」


 意図的に目立たせていない。

 だが、隠蔽もしていない。


 その中途半端さが、

 一番、現実的だった。


---


 上に回すかどうか。

 それだけが、判断だった。


 佐伯は、もう一度ログを確認する。


 発信タイミング。

 移動速度。

 方向。


「……動いてるな」


 点ではない。

 線だ。


「人工物だ」

 誰かが、低く言った。


「しかも、

 回避もしてない」


 軍事的な動きはない。

 隠蔽も、欺瞞も。


 ただ、

 **普通に動いている**。


---


 分類コードを入力する。


* 未確認

* 非敵対

* 民生通信使用

* 人的関与の可能性あり


 自動補完が走る。


> 推奨分類:

> 回収・確認対象


 佐伯は、ため息をついた。


「……まあ、そうなるよな」


 これは侵略ではない。

 事故でもない。


 だが、

 **放置できる案件でもない**。


---


「追跡、かけますか」

 若手が聞く。


「かける」

 即答だった。


「ただし、

 刺激しない」


「はい」


「追うが、

 触らない」


 それが、この種の案件の鉄則だ。


---


 新しいウィンドウが開く。


 衛星群。

 受信局。

 補助解析AI。


 すべてが、

 静かに動き始める。


「捕捉率、上昇」

「再現性、確認」


 画面の一点が、

 じわじわと明確になっていく。


「……いるな」


 佐伯は呟いた。


「誰か、が」


---


 そのとき、

 別の通知が入る。


「追加ログあり」


 内容を確認して、

 佐伯は一瞬、言葉を失った。


「……動画?」


「はい。

 一般公開されていないはずのものです」


 再生はしない。

 する必要がない。


 メタデータだけで、十分だった。


「本人たちだな」

「……ですね」


 声。

 顔。

 環境。


 **生きている。**

 意思もある。


「……回収対象、確定だ」


 佐伯は、キーボードを叩いた。


 分類が一段、上がる。


> 状態:

> 人的関与確定

>

> 対応:

> 位置追跡継続

> 接触準備


---


 部屋は、静かなままだ。


 誰も、騒がない。

 誰も、興奮しない。


 ただ、仕事として、

 世界が動き始めただけだ。


 佐伯は、最後にもう一度だけ、

 ログの座標を見た。


「……帰り道、

 残ってるといいがな」


 その言葉は、

 誰にも聞かれなかった。


---


 その頃、

 兄妹はまだ知らない。


 スマホの電波が、

 一本の線として、

 地球から伸び始めていることを。


---


(第7話・了)


---

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