第5話 非公開なら、大丈夫だと思っていた


 最初に気づいたのは、妹だった。


「……あれ?」


 宇宙船の内部。

 静かな光に満ちた制御室で、妹が端末を操作している。


「どうした」

「この表示」


 彼女は、空中に浮かぶアイコンを指差した。


 見慣れないが、どこか既視感のある記号。

 波線が重なったようなマーク。


「……Wi-Fi?」


 口に出してから、二人して黙った。


「いや、待って」

 妹が笑う。

「宇宙だよ?」


「宇宙だな」

「真空だよ?」

「そうだな」


 スーツ越しでも分かるくらい、妹の肩が揺れていた。


「……でも、あるね」

「あるな」


 接続可能。

 速度表示は安定。

 遅延も、思ったほどじゃない。


「向こうの人たち的にはさ」

 妹は指を動かしながら言う。

「“通信できない状態”が危険なんだと思う」


「だから標準装備」

「たぶんね」


 宇宙人の“気遣い”なのだろう。

 孤立させないための。


 それが、どれほど危険かも知らずに。


---


「……ねえ」


 少し間を置いて、妹が言った。


「一応さ」

「うん」

「事故ったときのために、残しといた方がよくない?」


 何を、とは言わなかった。

 でも、すぐ分かった。


「動画?」

「うん」


 記録。

 説明。

 証拠。


「非公開でいいから」

 妹は続ける。

「誰にも見せないやつ」


 事故が起きたとき。

 帰れなくなったとき。

 何が起きたのか分からなくなったとき。


 **何も残らないのは、怖い。**


 その感覚は、僕にもあった。


「……YouTube?」

「一番、消えにくいでしょ」


 現代的で、現実的で、

 あまりにも自然な選択だった。


---


 撮影は、簡単だった。


 スーツの内側から、

 宇宙船の内部を背景にして。


 妹がカメラに向かって手を振る。


「えっと……」

 一瞬だけ言葉を探してから、

 彼女はいつも通りの調子で話し始めた。


「これ、非公開です。

 もし誰かが見てるなら……

 事故が起きたってことです」


 笑おうとして、少しだけ失敗する。


「私たちは今、

 地球の外にいます」


 場所は言わない。

 座標も言わない。

 宇宙人のことも、詳しくは話さない。


 ただ、


* 宇宙船にいること

* 生きていること

* 意思で動いていること


だけを、淡々と説明する。


「……怖いけど」

 妹は、最後にそう言った。

「楽しいです」


 それは、本音だった。


 動画は、限定公開に設定した。

 URLを知っている人しか見られない。


「これで大丈夫だよね」

「……大丈夫だろ」


 そのときは、本気でそう思っていた。


---


 アップロードは、すぐ終わった。


 通信は安定している。

 問題は、何も起きていない。


「じゃ、次どこ行く?」

 妹が、もう次の探索の話を始める。


 動画のことは、

 それで終わった。


 終わったはずだった。


---


 数時間後。


 宇宙船の片隅で、

 スーツのログを確認していたとき、

 妹が小さく声を上げた。


「……あれ?」


「今度は何だ」

「通知、来てる」


 彼女の端末に、小さな数字が表示されている。


「……再生、1?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「え」

「1って……」


 非公開だ。

 自分たち以外、見られないはずだ。


「……私、誰にも送ってないよ」

「俺もだ」


 画面を確認する。


 視聴数:1

 コメント:0

 いいね:0


 ただ、それだけ。


「……まあ」

 妹が無理に笑う。

「たぶん、誤表示だよ」


 そう言う声が、少しだけ硬い。


 その直後、

 視聴数が――**2**に変わった。


「……え?」


 誰も、何もしていない。


 それなのに。


「おかしくない?」

「……おかしい」


 胸の奥が、静かに冷えていく。


 スーツは何も警告しない。

 宇宙船も沈黙したままだ。


 ただ、

 **数字だけが増えていく。**


 3。

 5。

 12。


「……消す?」

 妹が、ようやく言った。


 指は、もう削除ボタンの上にある。


 でも。


 その前に、

 視聴数が**一気に跳ね上がった**。


「……え」


 更新。

 更新。

 更新。


 妹の顔から、血の気が引く。


「……ねえ」

 声が、震えていた。

「これ、

 非公開だよね?」


 僕は答えられなかった。


 画面の端に、

 見慣れないアクセスログが表示される。


 地球のものだ。

 それも――複数。


 その瞬間、

 僕ははっきり理解した。


 **僕たちは、

 自分の居場所を

 世界に知らせてしまった。**


 善意で。

 保険のつもりで。

 誰にも迷惑をかけない形で。


 妹が、かすれた声で言う。


「……事故、

 起きてないんだけどな」


 それでも、

 もう遅かった。


 宇宙船の外で、

 何かが静かに動き始めている。


 僕たちは、まだ知らない。


 この動画が、

 **地球側で“回収案件”として扱われ始めた**ことを。


---


(第5話・了)


---


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