第2話 着ないといけない、と分かってしまった

 宇宙船の内部は、思ったよりも静かだった。


 エンジン音はしない。

 振動もない。

 それなのに、確かに動いていると分かる。


「……ねえ」


 妹が、小さな声で言った。


「これさ」

「うん」

「普通に考えて、怖くない?」


 その言葉で、ようやく実感が追いついた。

 宇宙船だ。

 人類の技術じゃない。

 それに、僕たちは――何も着ていない。


 ヘルメットもない。

 スーツもない。

 ただ、普段着のまま、異星文明の船に立っている。


「空気は……大丈夫、だよな?」

「今は、ね」


 妹は端末を見ながら答えた。


「船内環境は安定してる。

 でもさ、これって――」


 言いかけて、止まる。


「……外に出たら、終わりだよね」


 冗談みたいな言い方だったが、内容は冗談じゃない。

 僕は頷いた。


「向こうの人たち」

 妹は、通信ログの一部を表示した。

「ほぼ全部、同じ構造の記号使ってる」


「構造?」

「外側。被ってるやつ」


 確かに、頻出している。

 個体を示す記号の外側に、必ずもう一層、何かがある。


「これ、服じゃない」

 妹は断言した。

「装備だよ。たぶん……常時」


 その瞬間、船が少しだけ進路を変えた。

 窓の外、星の配置がずれる。


 外に出る。

 いずれ、そうなる。


 そう理解した瞬間、背中が冷えた。


「なあ」

 僕は言った。

「頼めると思うか」


「何を?」

「……それ」


 妹は一秒考えてから、あっさり言った。


「うん。たぶん大丈夫」


「根拠は?」

「向こう、合理的だから」


 それは、今までのやり取りから分かっている。

 でも、それでも――


「要求、だぞ」

「安全の話だよ?」


 妹は肩をすくめた。


「武器ちょうだい、じゃない。

 死なないためのやつ、ちょうだい、だよ」


 確かに、その通りだった。


---


 通信を開く。


 妹が作ったのは、簡単な図だった。


 人型。

 外部環境。

 致死を示すマーク。

 その上に、もう一つの層。


「これでさ」

「……伝わるかな」

「伝わると思う」


 送信。


 一拍。

 二拍。


 返事は、驚くほど早かった。


 解析結果が表示される。


> 理解した

> 未装備での移動は非合理

> 個体適合被覆を提供する


「……え」


 妹が目を瞬かせた。


「迷わないね」

「最初から、想定してたみたいだ」


 まるで、

 **「まだ持っていなかったのか」**

と言われたような応答だった。


 数分後、船内の一部が静かに変形した。


 壁が開く。

 中から、二つの――スーツが現れる。


 形は人型に近い。

 だが、人類の宇宙服とは決定的に違う。


 硬さがない。

 継ぎ目がない。

 そして、どこにも“着脱用の開口部”が見当たらない。


「……ねえ」

 妹が、少し声を落とした。

「これ、どうやって着るの」


 答えは、スーツのほうから来た。


 近づいた瞬間、表面が波打つ。

 柔らかく、しかし逃げ場なく。


「ちょ、待っ――」


 言い終わる前に、包まれた。


 圧迫感はない。

 息苦しさもない。

 だが、**外と内の境界が消えた**。


「……」


 音が変わった。

 いや、正確には――**音の感じ方**が変わった。


「……すご」


 妹の声が、直接頭に響いた。


「聞こえる?」

「……聞こえる」


 スーツ越しじゃない。

 直接でもない。


「これさ」

 妹が少し笑った。

「着てるっていうか……

 乗ってる感じしない?」


 僕は否定できなかった。


 スーツは、完全に個体ごとだった。

 妹のものは妹にしか合わない。

 僕のものは僕にしか反応しない。


 交換も、共有も、想定されていない。


 通信が入る。


> 被覆は生命維持を保証する

> 状態は常時共有される

> 異常時は補正を行う


「……共有?」

 僕が呟く。


 妹は少しだけ考えてから言った。


「まあ……

 安全確認、だよね」


 その言い方は、

 自分に言い聞かせるみたいだった。


 スーツが、静かに密着する。

 外す方法は、表示されない。


 宇宙船は、次の目的地に向けて進み始めていた。


「ねえ」

 妹が言った。

「これで、外に出られるね」


 その言葉が、

 希望なのか、宣言なのか、

 僕には分からなかった。


 ただ一つ分かるのは。


 **このスーツを着た瞬間、

 僕たちはもう“客”じゃなくなった。**


---


(第2話・了)


---

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