第7話:財務担当がいないという悪夢

「……ですから、魔王様。私は先ほどから、帳尻が合わないと言っているんです。観光リゾート収益、魔導インフラ利用料、勇者との公式興行収入……。それら全てを合算しても、この不可解な『使途不明金』の説明がつきません」


魔王城の地下最深部。厳重に重層封印された禁忌の宝物庫。

佐藤の右目『全知の魔眼』が、暗闇の中で激しく、かつ不気味な青色に明滅していた。背後では、四天王たちが息を潜めてこの「監査」を見守っている。彼らの前には、佐藤が自身の触手で編み上げた一万行を超える「魔導キャッシュフロー表」が、ホログラムとなって空間を埋め尽くしていた。


「サ、サトウよ……。それはだな、その……魔王としての、いわゆる『必要経費』というやつだ。威厳を保つための、こう、伝統的な儀式というか……。貴様のように、何でも数字で割り切れるものではないのだ」


玉座で冷や汗を流す魔王バラムの声は、かつてないほど上ずっていた。佐藤は無言で触手を一本、鎌のように動かし、宝物庫の奥底に隠されていた「負の遺産」を、闇の中から引きずり出した。

それは金貨の山でも、伝説の武器でもなかった。莫大な魔力を24時間365日、無尽蔵に消費し続けている旧時代の巨大な祭壇――『終焉の祭壇』だった。


「これですか。前時代的な『世界を永遠の闇に包むための呪術儀式』。私の演算によれば、これ一回の維持費だけで、我が軍の怪人一万人分の半年間の給与、および現在進行中の全観光開発費が消えています。魔王様、これをいつまで続けるつもりですか? 現代のマーケットに『永遠の闇』の需要なんて、もうどこにもありませんよ。顧客(人間)は、適度な闇と、それ以上に快適な照明を求めているんです」


「だが、これは我が一族の悲願……! 闇を広げ、神の光を遮ることこそが魔王としての……」


「その『悲願』とやらが、現在の健全な事業計画を根底から腐らせている。ビジネスの世界では、それを『サンクコスト(埋没費用)』と呼びます」


佐藤の『言霊の喉笛』が、冷徹な響きで宝物庫の壁を震わせた。彼は触手を一本、バラムの鼻先に突きつけ、引導を渡すように告げた。


「投資回収の目処が全く立たない太古の儀式に、全怪人が汗水垂らして稼いだ血税を注ぎ込む。これは魔王としての権利ではなく、組織に対する重大な『背任行為』です。財務担当者が不在なのをいいことに、長年にわたって粉飾決算を続けていたわけですね。魔王様、あなたには経営者としての資質が決定的に欠けています」


「ふ、粉飾!? 貴様、言い草が過ぎるぞ! 我はこの世界の絶対者だぞ!」


「言い草の問題ではありません。数字の問題です。これ以上の独断専行は、組織を崩壊させる致命的なリスクであると判断しました」


佐藤は自身の演算核を限界までオーバークロックさせ、城の全システム権限に直接介入した。『全知の魔眼』から放たれた高密度の光が、城のメインコアである魔力供給源のアクセスコードを次々と上書きしていく。


「何をしている、サトウ! やめろ、それは我の……!」


「『コーポレート・ガバナンス(企業統治)』の徹底ですよ。本日をもって、魔王様の個人資産と、組織の公金を完全に分離します。魔王様の全決裁権を凍結し、今後のあらゆる支出は、私が委員長を務める『経営再建委員会』の承認を必須とします。……おめでとうございます、魔王様。今日からあなたは、実権を一切持たない『名誉会長』です」


それは、一滴の血も流さない、しかし魔王にとっては何よりも残酷な「合法的なクーデター」だった。

佐藤の右目には、無駄な祭壇への魔力供給が完全に遮断され、浮いたコストが膨大な「内部留保」として積み上がっていくログが、美しく、冷酷に流れていた。


魔王バラムは、自身の城でありながら、自分の一存では一ゴールドのパンも買えない立場になったことに愕然とし、床に膝をついた。


「わ、我の……我の自由になる小遣いが……ゼロだと……?」


「当然です。まずは、その無駄な祭壇を解体して、観光客向けの『全天候型プラネタリウム』に改装しましょう。そちらの方が、よほど『闇』を高く売れますから。……ああ、技術部長。改装の設計図は一時間後に出してください。遅れたら役員報酬カットです」


不眠不休の『ブラック・コア』が激しく拍動し、佐藤は「経営の完全支配」という新たなステージへと歩を進めた。

もはやこの城において、佐藤のロジックという名の暴力に抗える者は、一人として存在しなかった。

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株式会社 世界征服 ~赤字の秘密結社を観光地化して立て直す~ 五平 @FiveFlat

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