第6話:悪のイメージ戦略(リブランディング)
「……ですから、魔王様。いつまでも『恐怖』という、賞味期限切れの集客フックに頼るのはやめてください。今の時代、顧客が求めているのは、圧倒的な『安心感』と、適度な『スリル』の共存なんですよ」
魔王城の謁見の間。かつては生贄の血で汚れていた黒大理石の床は、今や一点の曇りもなく磨き上げられ、隅々まで魔導空気清浄機による「森林の香り」が行き渡っていた。
佐藤は、背中から伸びた『マルチタスク・テンタクル』で、空中に巨大なブランドマップを投影しながら、玉座で困惑するバラムを諭していた。
「サトウよ……我が軍の紋章である『血塗られた髑髏』を、なぜこのように丸っこく、ピンク色に描き変えたのだ? これでは威厳もへったくれもないではないか。魔族の誇りはどこへ行った!」
バラムが震える指で指し示したのは、新しくデザインされた魔王軍のロゴマークだった。角は削られて丸みを帯び、どこか愛嬌のあるフォルムにリデザインされた髑髏は、もはや恐怖の象徴ではなく、流行りのマスコットキャラクターにしか見えない。
「『血塗られた髑髏』? いえ、これは『情熱のチェリー・スカル』です。魔王様、私の魔眼が弾き出した市場調査(マーケティング・リサーチ)の結果を見てください。周辺諸国の住民の80%が、魔王軍に対して『怖い、汚い、家を焼かれる』という極めてネガティブなイメージを持っています。このイメージを放置することは、潜在的な顧客層を自らドブに捨てるに等しい。我々が今後売るべきは、暴力ではなく『圧倒的な生活支援』なんです」
佐藤の『全知の魔眼』が、城のバルコニーから見える麓の村をスキャンする。そこには、魔王軍の工作部隊——かつての破壊工作員たちが、禍々しい軍服を脱ぎ捨て、「魔王軍建設カスタマー・サポート」と書かれた清潔なパステルカラーの作業着に身を包み、村の崩れかけた橋を驚異的な速度で修理している姿があった。
「いいですか。破壊は一度きりの収益ですが、インフラの提供は永遠の『依存』を生みます。私はすでに、周辺の村々に『魔導通信網(Wi-Fi)』と『ゴーレムによる定期宅配サービス』を導入しました。しかも、これらは魔王様が一度高笑いするたびに、城の魔力炉が共鳴して通信速度が上がる仕組みになっています。つまり、村人が動画を快適に見られるかどうかは、魔王様の機嫌一つにかかっているわけです」
「な……我の高笑いが、パケットの増幅に使われているというのか!? 誇り高き魔王の咆哮が、ただのインフラの動力源だと!?」
「その通りです。今や、村人たちは勇者が来ると本気で困るんですよ。『勇者が魔王を倒したら、俺たちのネットが繋がらなくなる』『最短三十分で届く魔界ピザが届かなくなる』と。彼らは自分たちの利便性を守るために、勇者が村を通ろうとすれば全力で引き止めるようになります。これこそが、武力と血を一切流さない『構造的制圧』、すなわちリブランディングの勝利です」
佐藤の『言霊の喉笛』が、広大な謁見の間に、新しい時代の秩序を告げる音色を響かせる。
佐藤の戦略は完璧だった。魔王軍は「滅ぼすべき悪」から、なくてはならない「超巨大な地域密着型サービス企業」へと、その存在定義を根本から書き換えられたのだ。
だが、そのリブランディングの波は、四天王たちにも容赦なく襲いかかる。
佐藤は触手の一本を、不満げな顔を隠せない現場統括・ゴルガに向け、一通の辞令を突きつけた。
「ゴルガ閣下。あなたの担当する『死の重装歩兵軍団』は、明日から『魔界急便・ヘビーデリバリー部門』に改名です。その規格外の筋力は、クレーム対応と大型家具の搬入、および迅速な物流網の構築に最適です。……あ、もちろん、配送時に住民に笑顔を見せなかったり、威圧感を与えたりした場合は、即座に評価(スコア)を下げ、報酬をカットしますのであしからず」
「き、貴様あああ! このワシに、人間どもへ愛想を振りまきながら荷物を運べというのか!?」
「閣下、勘違いしないでください。これは『侵略』の形を変えただけです。彼らの胃袋と生活環境、そして娯楽を完全に掌握すれば、世界は戦わずして我々の傘下に降る。……それがわからないほど、あなたは前時代的な無能なのですか?」
佐藤の冷徹な正論に、ゴルガはぐうの音も出ない。
佐藤の右目には、周辺諸国の「魔王軍への好感度」と「依存指数」が、美しい右肩上がりの曲線を描いて収束していくのが見えていた。
不眠不休の『ブラック・コア』が、自身のメンテナンス費用を優に超える「莫大な営業利益」を刻み続ける。
佐藤の演算は、もはや一国の支配を超え、世界の「常識」そのものを書き換えようとしていた。
「さあ、魔王様。次は近隣の王国を『M&A(合併・買収)』しましょうか。武力での併合はコストがかかりますが、株式交換ならスマートですよ」
コンサルの侵略に、国境も聖剣も、もはや何の意味も持たなかった。
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