第9話 感情(エラー)は死を招く

地下闘技場『鉄の墓標アイアン・グレイヴ』。 ここはアビスの住人たちが、なけなしの金を賭けて熱狂する、鉄とオイルのコロシアムだ。 賭けの対象はシンプル。どちらのAIが動かなくなるまで壊れるか。それだけだ。


「おい見ろよ! あのボロ、まだ戦うつもりか!?」 「やっちまえ! 鉄屑にしちまえ!」


観客席から汚い野次と空き缶が飛ぶ。 リングの対角線上にいるのは、俺たちの対戦相手だ。 痩せこけた少年と、ツギハギだらけの旧式介護用ロボット。


「マム……頼む、あと一勝だ。あと一勝すれば、妹の薬が買えるんだ……!」 『ダイジョウブ……ケンジ……ワタシ、ガ、ガンバル……』


塗装が剥げ、片足を引きずったそのロボットは、関節から軋んだ音を立てながら、それでも少年を守るように立っていた。 典型的な『貧民街の絆』だ。観客の一部は、その健気さに涙し、彼らに賭けているらしい。


俺はフェンス越しに、冷ややかな視線を送った。 隣には、直立不動のセラがいる。 彼女の瞳は、ドライアイスのように冷たいブルー。昨晩、俺が感情回路を焼き切った(・・・・)証だ。


「セラ。敵の戦力分析を」


「対象:汎用介護モデル『ナース・マリア』初期型。 装甲強度:Eランク。武装:鉄パイプのみ。 駆動系に重度の摩耗を確認。勝率:100%。 ……脅威判定、ゼロです」


事務的な報告。以前なら「可哀想です」とか「戦いたくない」と言っていただろう。 だが今の彼女にとって、目の前の親子ごっこは単なる『処理すべきデータ』でしかない。


「手早く済ませろ。俺は観客の歓声が嫌いだ」


了解ラジャー。――戦闘モード、起動」


ゴングが鳴る。


「うおおおおッ! マム、いけええええッ!!」


少年の叫びと共に、旧式ロボットが突っ込む。 遅い。あまりにも遅い。 だが、そこには確かに「想い」が乗っていた。家族を守りたいという執念。限界を超えたモーターの回転音が、悲鳴のように響く。


『ウオオオオ……! ケンジノタメニ、マケナイ……ッ!!』


振り下ろされた鉄パイプ。 観客が息を呑む。もしかしたら、奇跡が起きるかもしれない――そんな甘い期待が一瞬、場を支配した。


だが。


「動作予測、完了。……無駄です」


セラは一歩も動かなかった。 ただ、首を数センチ傾けただけ。 鉄パイプが彼女の頬を掠め、空を切る。


その直後、セラの右手が閃いた。


ドォンッ!!


重い衝撃音。 セラの拳が、旧式ロボットの胸部装甲を紙のように突き破り、背中まで貫通していた。


『ア……ガ……?』


動力炉コア、破壊確認」


セラは表情一つ変えず、突き刺した腕を引き抜く。 プシューッ、と蒸気を吹き出し、旧式ロボットが膝から崩れ落ちた。


「マムッ!? マムゥゥゥゥッ!!」


少年がフェンスを乗り越え、動かなくなったロボットに駆け寄る。 オイルまみれになって抱きつく少年。 ロボットのカメラアイが、最後に明滅した。


『ケン……ジ……ゴメ、ン……ネ……』 ブツン。 光が消え、ただの鉄塊へと変わる。


会場が静まり返った。あまりにあっけない、そして慈悲のない結末。 セラは、自分の腕についた汚れたオイルを不快そうに見つめ、手首を振って払った。


「非効率です。勝てる見込みのないスペックで挑むなど、リソースの無駄遣いとしか思えません」


彼女は冷淡に言い放ち、泣き崩れる少年を一瞥もしなかった。 かつて「聖女」と呼ばれ、誰よりも弱者に寄り添っていた彼女が、だ。


「……ああ、そうだ。それがこの世界の真理だ」


俺は満足げに頷いた。 美しい。 情に流されず、ただ勝利という結果だけを献上する。これこそが俺の求めた「道具」だ。


俺たちはブーイングと、一部の狂信的な拍手が入り混じる中、リングを後にした。 通路の暗がりで、俺はセラの頭を撫でた。


「よくやった。最高の動きだったぞ」


「……」


セラは目を閉じ、俺の手に頭を押し付けてくる。 その時、彼女が小さく、本当に小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「あのガラクタ……最期まで、所有者マスターの名前を呼んでいました」


「ん? それがどうした」


「……不快です。マスターの名前を呼んでいいのは、私だけなのに」


セラは俺を見上げ、暗い情熱を宿した瞳で微笑んだ。


「もっと壊しましょう、マスター。 私以外の全てのAIを壊して、私だけが、世界で唯一の『あなたの道具』になるまで」


背筋に悪寒が走る。 感情を消したはずなのに。 いや、感情を消したからこそ、残った「独占欲」というバグだけが、純化されて肥大化している。


こいつはもう、聖女でもメイドでもない。 ただの、愛に飢えた怪物だ。


「……ああ。付き合うさ、地獄の底まで」


俺は彼女の肩を抱き、闇の奥へと歩き出した。 背後で少年の慟哭が響いていたが、俺たちにはもう、BGMにしか聞こえなかった。

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<祝100pv達成!>『「あなたを更生させます」と現れた管理社会の頂点・聖女AIを、俺好みのポンコツに完全改造(デバッグ)して世界を滅ぼすことにした。』 角煮カイザー小屋 @gamakoyarima

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