手紙の思い出

黒中光

手紙の思い出

 手紙を最後に出したのはいつだろう。

 俺が小学生くらいの時、手紙を書くのは楽しいものだった。雑誌の抽選に応募したり、友達と年賀状を送りあったり。

 白いハガキに字ばっかりだとツマラナイから、絵を描いたりするんだが、読んだ相手が「上手いな。楽しそうだな」と思っている顔を想像しながら描いたものだ。

 けれど、今はもうそんなことはない。抽選はURLに個人情報を入れるだけだし、年賀状はSNSでスタンプを一発押すだけ。楽ではあるんだけど、あの小さいハガキに色鉛筆で塗った味は出せなくて、俺はいつのまにか、年賀状も出さなくなった。


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 手紙を最後に出したのはいつだろう。

 そんなことを不意に思ったのは、手紙を出す必要に迫られたからだった。

 とはいえ、何ということはない。結婚式の招待状が届いただけのことだ。

 差出人は五十嵐健太。俺の中学・高校の友だちだ。大学で東京に出てから疎遠になっていたが、年末に帰省したときには必ず飲みにいっていた。そうして、2時間かけて近況報告とは名ばかりの馬鹿話ばっかりしていた。「可愛い同僚に勇気を出して話しかけてみたら既婚者だった」、「調子に乗って重い段ボールを持って階段を全力疾走したら、夜に筋肉痛で動けなくなった」とか。誰が聞いてもしょうもない、でも馬鹿だった高校生の頃をちょっと思い出す。そんな話が多かった。

 角刈り、太い眉、横幅のあるガタイ。そのくせ、言動がテレビの二枚目アイドルみたいな面白い男。それが健太。女にモテようとして、いつも滑稽に空回り。それが持ちネタみたいな男だったのに。

 それが俺より早く結婚……。本人には悪いが、俺は招待状を見た瞬間、アイツの仕掛けたドッキリだと本気で思った。そして、仲間内のチャットで確認するまで3日間ドッキリだと思っていつアイツが驚かせに来るかと待ち構えていたりした。


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 手紙を最後に出したのはいつだろう。

 外に出てからようやく、自分が最寄りのポストの場所を知らないことに気付く。

 俺の右手には丸をつけた招待状。迷いながらつけた印は、「出席」。

 正直に言えば、俺よりも早く結婚する健太が羨ましい、妬ましい。顔を見たら泣き叫んで「何でお前なんかが幸せになるんだよー」と文句をぶつけてしまいそうな気がする。

 それでも出席することにしたのは、かつての友だちへの礼儀が1割。そして、一緒に馬鹿をやっては笑って落ちこんで、みっともないこと見せ合った親友の背中を思い切り押してやりたい気持ちが9割。

 だから、招待状にちょっとした「付け加え」をした。

 ハガキは表面に住所やら宛名を描く。だから、真っ白で写真などを入れやすい裏面とは違って、ボールペンで宛先を書くだけの表面は、堅苦しくて殺風景だ。

 この招待状が届いた時も、表面は無機質なワープロの字が並ぶだけだった。

 そこで、俺はそこに絵を描き加えた。

 裏面に映っていた健太と恋人をデフォルメし、二人の周りを色とりどりの蝶が花吹雪みたいに舞っているイラストだ。俺は中学から美術部に入っていて、絵には自信があった。高校になったときには、地元のコンクールで入賞したりもしている。社会人になってからは一度も描いていなかったが、我ながら可愛らしく華やかに描けている。

 郵便局のポストに投函したとき、久々に弾むような気持ちになった。

 幸せ絶頂の恋人たちは、あのイラストを見てどう思うだろうか。喜んでくれるだろうか。楽しんでくれるだろうか。

 俺は花嫁に会ったことはないけれど、この絵手紙をきっかけに、健太が俺との面白エピソードを話して、そうして二人が笑ってくれたなら、最高だ。


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 手紙を最後に出したのは、高校3年生の冬だ。

 高校生という、夢も悩みもあって毎日がとにかく鮮やかな時代。その最後の一瞬。

 当時の俺には後悔があった。

 好きな娘にずっと想いを伝えられなかったことだ。名前は未だに覚えている。皆本泉水。1つ歳下だったが、明るくてエネルギッシュ。長い手足を振り回して、イベントの度に先頭に立って皆を引っ張るムードメーカー。

 俺は元々マイペースな性格だから、ガンガンくるタイプは苦手だったのだが、文化祭で彼女と行動してから、その考えが変わった。

 彼女はとにかく相手を褒める。「そこまでするほど!?」と思うくらい大げさに。言われた側が顔を真っ赤にして「もういい」と止めることなんてしょっちゅうだった。

 彼女はよく感謝の言葉も口にした。文化祭前日、彼女と二人で看板を設営した時一枚終わる度に「ありがとうございます」と律儀にお礼を言う。彼女だって一緒に運んでいるのに。

 自分の価値観を押し付けるだけじゃない、相手のことを、大きな目でしっかり見つめて尊重する娘だった。

 そんな彼女に恋をした。

 けれど、彼女は皆の人気者で、俺なんかがおいそれとは近づけず、ズルズルと時間だけが過ぎていった。

 そして、高校3年生の冬。大学も決まって、高校生活の締めくくりを考えた俺はラブレターを書くことにした。

 便箋に手書きの、本物のラブレター。

 彼女と出会ってからの1年間。溜まりに溜まった想いを全部言葉にした。そして、彼女に気に入ってほしい一心で、犬好きの彼女のために、犬のカップルで様々な景色の中を楽しんで散歩するイラストを描いた。

 俺にとっての会心の一葉。これ以上は逆立ちしても何も出てこないほど、全てを振り絞って書いた一葉だった。

 けれど、俺がその返事を受け取ることはなかった。

 いつも誠実な彼女だから、たとえ付合えないにしても、話をしてくれると思っていただけに、無視されたのは辛かった。自分の温め続けてきた気持ちが、まるで泥の中に踏みにじられたかのようで。

 卒業式の後、友だちが集まってカラオケで思い出作りをしたとき、彼女の姿を探してしまったことを今でも覚えている。


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「わたしが最後に手紙を貰ったのは、高校2年生の時でしたね」

 結婚式の受付に座った皆本泉水はそう言った。

 俺を見上げる彼女は、記憶にあるよりも髪を伸ばして大人っぽくなっていた。けれど、その朗らかで素直な表情は昔のままだ。

「返ってきた招待状を見せてもらった瞬間『あの時の手紙と一緒だ!』ってなって。そこから高校の時のことがブワッと思い出しちゃって。ちょっと泣いちゃいましたよ」

「大げさだな」なんて言いつつ、俺は戸惑っていた。まさか昔の想い人に突然会うなんて思ってもいなかったし、手痛い失恋の相手がこんなにフレンドリーに話しかけてくるとも思わなかった。

 正直、どう接していいか、わからない。

「手紙って、良いですよね。手書きの手紙って、その人らしさが出るというか。人によって手紙って全然違うじゃないですか。綺麗な風景を入れる人もいれば、筆で書いた達筆な人もいるし。

 わたしは先輩のイラスト、可愛くて好きですよ」

「ありがとう。楽しんでくれたんなら、久々に色鉛筆頑張った甲斐があったよ」

 別の招待客がやってきたので、俺は受付から離れようとする。すると、それに合わせるみたいに泉水が席を立つ。

「わたしも書いたんですよ、あの時。何回も何回も書き直して。ようやく出そうとしたら、もう先輩引っ越してましたから。

 やっと渡せた」

 胸に押しつけられた手紙は、少しくたびれた便箋に入っていた。左上にリボンのデザインがついていて、そこから伸びた端っこに、柴犬が戯れ付いている。彼女らしい、無邪気なデザインだった。

 手紙を持つ手が痺れる。返事がなかったなんて、俺の勘違いだった。彼女は俺が好きになった、誠実で優しい女性そのままだった。その事実に、自分が大事にしていた何かが救われた。

「ありがとう」

 自分が描いた手紙を楽しんでほしいとは思っていたが、他人からの手紙がこんなに嬉しかったのは初めてだ。たとえ、どんなことが書いてあったとしても、泉水からの手紙は最高の手紙として俺の中に残るに違いない。

 俺は誰も居ない公園のベンチで、10年前のラブレターの返事を読んだ。一言一句、何度も繰り返し読み込んだ。読むたびに、心が熱く震えて、大人しく座ってなんか居られないくらいだった。

 その日、結婚式ラストのブーケトスを掴んだのは、泉水だった。皆が彼女を囲んで言葉をかける中、白タキシードの健太は俺と目が合うと、下手くそなウインクを飛ばしてきた。


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 誰かと一緒に手紙を書くのは、生まれて初めてだ。

 ハネムーン先のハワイから、健太が手紙を送ってきた。悩み事なんて何もない、幸せいっぱいのバカ面。

 今、俺はどんな手紙を返してやろうかと知恵を絞っている。泉水と一緒に。

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