第2話:あの日の光の味

「本日のメインとなります。赤と青のロースト~輝く白のソース~でございます」

 静かに皿が置かれる。

 大皿だ。その上には先のとがった六角柱の形状をしたキューブが置かれている。その中で赤い光と青い光が、競争するように揺らめいていた。見た目のインパクトだけで美味しそうに思える。ボリューム感、味の力強さそういったものを表しているようだ。

「ほう、赤を青と組み合わせるとは」

 モス氏が不思議そうに皿を見る。

「青色光は私もよく使いますが、赤色光と組み合わせるのは初めて見ました。相性はどうなのかしら」

「白のソースってのも聞きませんなあ。味の想像がつかん。楽しみです」

 カクタス博士にも未知の領域のようだ。

「白だと……」

 ここまで沈黙を守っていた、元探検家のウィロー氏が眉をひそめた。

「どうしました?」

「……いえ。まずはいただきましょう」

「ですな。何はともあれ大切なのはその味。いただくとしましょう」

 キューブのサイズが大きいため、みな両手で持ち上げる。相当な光量がつまっていることが予想できた。

 僕はこれからくるであろう食の体験に緊張しながら、ゆっくりセンサに触れ押し込む。

 ガツン! 途端衝撃が身体を包む。

 なんだこの赤のうま味は! 重い! 強い! だけどうまい!! 強力なコクとうま味と重い感触が、身体を全力で稼働させるようだ。全身で味わえと言われているよう。そんなことを感じていたら次が来た。

 スパッ! 切れ味の鋭い刃物で切られたような鋭利でクールな味。淡泊な味なのに、どうしてこんなに惹きつけられるのか。

 こんな味は、かつての食体験の中で味わったことが無い。あまりのうまさに浴びる光が止まらない。

 なにより驚くのはこってりした赤の味と、さっぱりした青の味がまったくケンカせず互いを引き立てあっているところ。どうしてこんなことができるのか。いや、これはこの白のソースか。でも、ただの白色光でこの味が出せるはずが無い。

 他の人はどうなのかを見回してみたが、みな同じ驚きを共有していたようだ。このメンバーをして未知の味だったということ。

「……いや、これは驚いた」

 呆然とつぶやいたのはモス氏。

「初めての味ですわ。どうつくるのか想像もできません」

 リリーさんも食い入るようにキューブを見つめている。

「赤と青のコラボにも驚いたけど、わからないのはこの味のまとまりと広がりだ。この対極の風味をなぜまとめ上げられたのか」

 ロータス氏も首をひねる。

「それを成すのが、白のソースということでしょうが、このソースからして不思議だ。このような白は味わったことがない。本来白は癖のない淡泊な味わいのはず……」

 一様にこの料理に驚いているようだが、僕にはこの味に覚えがあった。

「お楽しみいただけていますか?」

 そう言いながら現れたのはコック帽とコックコートを着た一人の女性。

「アイビーシェフ! この料理は素晴らしい! いったいどういう料理なのですか?」

 モス氏が立ち上がって歓声を上げる。この人が、世界最高の光料理人アイビーシェフ、その人か。

「この白のソースは『プリズムの元』を使ったものですよ」

「おおこの味は『プリズムの元』か!」

 やはりそうだったか。開発者としての記憶が気づかせてくれたようだ。

「ええ、せっかく開発者がゲストなので、歓迎の趣向を凝らしてみました。楽しんでいただけましたか?」

 アイビーシェフがにっこりと笑う。僕は思わず立ち上がった。

「光栄です。こんな最高の料理に、僕の調味料を使っていただけるなんて。一生の思い出ですよ」

 興奮で声がうわずっているのがわかった。

「素敵な調味料で料理の幅も広がりましたよ。この時代に、このような調味料を生んでいただき感謝します」

「いやしかし、かの調味料では、味の深みは出せるが、もここまでの味をつくるものではなかったように思うが……。これは味の領域を各段に広げている。まるで全ての味が詰まっているかのように」

 アイビーシェフがカクタス博士の言葉を聞き、我が意を得たりとばかりに笑う。

「『プリズムの元』の特徴は、その味特性を変化させられること。言い換えれば、すべての味の可能性がそこにあると言うことです。今回はその特性を生かし、すべての波長を含むように、そして赤と青を包み込み、さらに強調するように調整しました」

「なるほど、それで『白』か……」

 モス氏がうなる。白色光はすべての波長を含む光だ。『プリズムの元』ならそれができるだろうが、そんな微細な調整をしてくるなんて開発想定外だ。おそろしい発想と腕前のたまものといえる。アイビーシェフ以外ではとても実現できないだろう。

「はい、みなさまに最高の光料理を召し上がっていただくために、過去の文献を漁りまして、あるところから発想を得ました」

「ほう、その発想とは」

「太陽光です」

「太陽光……ですか?」

 リリーさんが怪訝な顔をする。聞いたことが無いようだ。ロータス氏も同じようだ。

「ええ、かつての旧時代にこの世界を照らしていたという天球にして神の恵み『太陽』。その太陽の光はすべてを含み、世界の生きものをあまねく照らしすべてを与えたと言います。今回の料理は新たな調味料を得て、その再現に挑みました」

 アイビーシェフの顔は誇らしげだ。

「素晴らしい! これは来年のシェフもあなたで決まりですな」

「ぜひ、この味をレクチャしてください!」

「お店で出す予定は!? また食べたいよ」

 口々に声を上げるメンバーの中で声を上げない人物が二人いた。一人は僕、そしてそのもう一人が口を開いた。

「くだらん、これが太陽だと?」

 ウィロー氏の言葉の辛辣さに場が凍る。

「お気に召しませんでしたか?」

「味は最高だ。だがな、これを太陽というなら最低だと言わざるをえん」

「どういうことでしょうか?」

 アイビーシェフの声が険しくなる。

「わからんか? 太陽の味には遠くおよんどらんということじゃよ」

「なぜそれがおわかりに? 遠い時代の光材にて私も食したことはありませんが、過去の資料から可能な限り再現したつもりです。根拠なく誹謗するのはやめていただきたい」

 今にもウィロー氏に食ってかかりそうだ。

「根拠はある。わしは昔、太陽光を食べたことがあるからな」

「なんですって? 本当ですか」

 モス氏が目を見開く

「そんな馬鹿な! 太陽が実在していたのはもう、千年以上も前のことですよ!」

「わしは長寿でな、非公表じゃが二千年は生きとる。まだこの世界がドームに覆われるずっとずっと前からじゃ。探検家なんていっとるが、単に破滅寸前の世界で生き延びるための放浪でな。その頃わしはあの恵みの光を食べておる」

「しかし、そんな頃には光を食とすることはできなかったのでは?」

「わしは、光を食材とするために人体を改造した最初の世代じゃ、正確に言えばそのさらに前の実験時代のな」

「そんな時代のご経験を……」

 モス氏もカクタス氏も驚いている。二人にしても高齢だが、そこまででは無いだろう。せいぜいが三~四百才程度のはずだ。

「では、太陽光の味をご存じですの?」

 リリーさんは興味津々。

「ああ、あの光はなんとも美味だった。実に甘く、香ばしく、体中に力が満ちるような。そんなまさに命の味じゃった。あの日の太陽の味は生涯忘れんよ。その記憶がある限り、この料理はあの味には遠く及ばぬ」

 ウィロー氏は、うっとりとしたような表情を浮かべている。

「そんな……、失礼ですが記憶を過剰に美化してはおりませんでしょうか?」

 アイビーシェフが食い下がる。その言葉にウィロー氏がフンッと鼻をならした。

「そんなに言うなら試してみるか?」

「試す? どのように?」

「ほんとに食うてみるに決まっておる。生涯とっておくつもりじゃったが、食べずに腐らせるのは神への冒涜かもしれん。これが良い機会じゃろう」

「え? 食べられるのですか?」

 僕は思いがけない展開に食いついた。

「ほんのわずかじゃがな。うまい料理への礼と、太陽の威光と味をしらしめるためじゃ。デザートとして最高の陽光を食べさせてやろう」

 辺りがどよめく。太陽を知る者も知らない者も、これまでにない食材に好奇心を隠しきれていなかった。

 ウィロー氏は、持っていた鞄から箱を取り出す。頑丈そうな金属製の小さな箱だ。ウィロー氏は箱をテーブルに置くと、慎重な手つきで開ける。

 中にはまん丸なキューブが一つ。旧型の物理ボタンが付けられたタイプだ。光の指向性も拡散性も低そうなレトロな品。

 皆がキューブをのぞきこむ。

「これに太陽光が閉じ込められておる。昔キューブが開発されたばかりの頃、太陽の見える丘でたわむれに集光したものじゃ」

「これに、その、太陽光とやらがはいっているのですか?」

 僕に次いで若いロータス氏もピンときていないようだ。当然だろう。

 だが、ある事情で僕は太陽を知っている。いつか本物を味わえないかと夢見ていたが、まさかここで味わえるとは……。この会に参加できて本当によかった。

「名付けて言うなら『至高の光の果実』といったところかの。料理などしとらん、味付けもせん。そのまま食べてもらおう」

 息をのんだ。これからなにが起こるのか。誰しもがそれに期待と不安を感じていた。

「では、召し上がれ」

 ウィロー氏がキューブのボタンを押す。

「「「!!」」」

 全員の視界が白く包まれた。あまりにも強い光。なんというエネルギー量。

 次の瞬間、全員言葉と思考を失った。

 ただ涙を流している。

 美味しい。ただただ美味しい。

 そしてなんとありがたいものか

 食べることに、こんなに感謝の念が湧いたのは初めてだ。

 味の形容など思い浮かべるだけ馬鹿らしいが、甘く、香ばしく、みずみずしく、ああ、命が沸き起こってくる。天上の光がここにある……。すべての光の波長が絶妙なバランスで融合し協調している。

 あたたかい、今生きている、そう心から感じられた。確かにこの味は『至高』だった。


 時を超えた太陽の光は、溶けるように消えていった。みな一様に呆けている。

「これが、太陽光……。確かに私の料理は、遠く及ばない……」

 アイビーシェフが愕然とつぶやいた。

「じゃろう、これがあの日の太陽の光だ。かつて我々が求めた自然の光」

「今のが、最後なのですか……?」

 モス氏が名残惜しそうに聞く。まるで子供がお菓子をねだるようだった。

「わしだけが持つ、世界で最後の太陽光じゃ。もう他には無い」

「そんな……」

 みな最高の味を知ったはずなのに、うなだれてしまった。当然だろう。太陽はもうこの世界に無い。その最高の味は遠く彼方に旅立ち、二度と帰ってこないのだから。

 そんな中、一人違うテンションが違う奴がいた。僕だ。

「これが、この味が太陽か! ようやくつかんだ! これだ、これなんだ! ははは、わかったぞ! なんて素晴らしい日だ!」

 僕は大声で叫んで笑い出した。こんな最高の気分が他にあるだろうか。求めていたものが得られたのだから。

「ウィード君どうしたのかね。もう食べられないと知って、おかしくなったのか?」

 カクタス博士が心配する。

「僕にはね、夢があったんですよ。それが叶いそうなのに笑わずにいられますか」

「夢?」

 ウィロー氏が訊ねる。

「ええ、太陽光を作り出すという夢です。僕の創った『プリズムの元』のアイデアはね。太陽が元なんですよ。かつて誰もを虜にした太陽の光、すべての色の光を含むその完全な光。その味を再現できないかってね。だからこその、調節可能な光調味料なんです」

「ではひょっとして、さっきの私の料理は」

「ええ、すぐ気づきましたよ。太陽光をめざそうとしているんだって、そして届いていないってこともね」

 僕はウィロー氏の手を取り握手をする。

「ありがとうございます! このご恩は忘れませんよ。この味の記憶を元に、必ず太陽の味の光つくって見せます!」

「また、この光が食べられるというのか……? そんなことができるのか?」

 ウィロー氏が泣きそうな顔をしている。きっと懐かしい思い出が、味とともによみがえったのだろう。

「ウィローさんが見せてくれたこの味、再現して見せますとも、この日の光の味をもう一度この世界にね!」

「ああ、それはなんと素敵なことか。ここまで長生きした甲斐ががあったというものだ」

「ええ、この場の皆は、味の生き証人だ。完成の際には、いずれまたこの会でお会いしましょう。ああ、時間がもったいない! それでは失礼」

 『美しき光食の会』の全員が動くこともできない中、僕は早足で店を後にした。


 きっと僕はいつかこの世界に太陽を取り戻してみせる。

 太陽という星は失われていても、味という世界から星を復活させるのだ。

 ウィロー氏がかつての陽の光の味を忘れなかったように、僕はこの日の光の味を忘れない。そして、いつかこの世界全ての人が、太陽の光の味を忘れないようになる。


 太陽は滅びても、その味は残っていく。

 あの日の命の光を後世に残していく。

 きらびやかで贅沢な料理の味は、もう記憶にもない。

 だけど、僕はこの日の光の味を忘れない。

 あの陽の光の味を忘れない。

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あの日の光を忘れない 季都英司 @kitoeiji

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