あの日の光を忘れない
季都英司
第1話:美しき光食の会
「前菜、緑色光のサラダでございます」
コトリと音を立てて、目の前に透明なキューブが乗せられた皿が置かれた。
透明度の高い良いキューブを使っているのが一目でわかる。中心からうっすらと光がもれ、キューブを高純度の緑で満たしている。
興奮と緊張でなかなか置かれたサラダに手が伸ばせない。周りに視線を送るが、堅くなっているものなど一人もいない。いかに自分が場違いかを思い知らされる。
そんなとき場の中の一人が手を打って、大きな声を上げた。今回のこの会の主催者だ。
「さあ、見ていてもはじまらない。せっかくの料理を早くいただこうじゃないですか」
「ですな。私もこれを楽しみにこの一年過ごしてきたのですから」
「たしかに、たしかに」
かけ声を合図に、列席した皆が目の前の料理に手を伸ばした。僕もおそるおそるキューブを手に取る。触れた際のひんやりとした質感と、なめらかな手触りが食欲をそそる。
「今年もこの『美しき光食の会』が無事開催できたことを感謝して、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
水以外のドリンクを飲まなくなった現代で乾杯の代わりになった発声とともに、皆がキューブを顔の前にかざす。僕もそれにならいキューブを持ち上げると、底にあるセンサを軽く押し込む。同時に、キューブから光が放出された。爽やかな緑色の波長が僕の身体を包み、僕は声を失った。
うまい! うますぎる!
爽やかで歯切れよく軽くて、なんというか体中が浄化されていくような気さえする。
緑色光はエネルギーゲインが低い波長だ。いかにも前菜といった色調で、こんなにガツンとくる光が食べられるとは……。
こんな美味しい緑色光を食べたのは、初めてだ。今まで食べていた緑は本当に光だったのだろうか? 絵の具でも食べていたのか?
行儀の悪さも忘れてがっつくように光を浴びるが、そこは前菜。あっという間に光は途切れ、後には透明なキューブだけが残った。
僕はただ呆然と光を失ったキューブを見つめる。名残惜しくて、もう少し食べられないものかと振ってみるが、もちろんなにも出やしなかった。
「いやあ、今年も素晴らしいですな」
「ええ、この軽い後ひく光味。このあとの料理への期待も高まろうというものです」
「私などは、このサラダが食べたくてきているようなところもありましてね」
「おっと、それは変わった好みですね」
「ありきたりの赤は食べ飽きましてねえ」
そんな会話が繰り広げられている。みな美味しさに感動しているようではあるが、驚いているというほどでもなく、慣れた雰囲気を醸し出していた。
この奇妙な場は『美しき光食の会』と呼ばれる会合である。
やることはただ一つ。うまい料理を味わいながら、最高の美食とはなにかを語り合うだけの場である。
人類の食事が『光』と言う媒体に集約されて、はや300年になろうか。
天然資源と人的資源が枯渇し始めた旧時代において、食の改革は急務となっていた。
かつては動物の肉や魚介類、植物などいろんな食材を個別に育成・栽培しては、その組み合わせを調理し、別の工程で生成した調味料を組み合わせて、料理をつくっていたのだそうな。なんとも非合理な時代もあったものである。
しかし旧時代の人類も、資源が不足するに至って限界にようやく気づいたようで、食材の集約を模索しはじめた。
食材の選定から、合成食料の生成、食料を効率的にエネルギー化できる人体自体の改造など、試行錯誤の時代があったと聞く。
その長い暗黒の時代を経て、人類は最も効率的な食材にようやく辿り着く。
それが『光』だ。
かつての人類のエネルギーが、火や水や陽光などを経て、電気という形に集約されていったように。食は『光』に集約された。
光は加工も輸送も容易。生成効率もよいことから、あっという間に食は光に置き換えられた。そして人体には、植物の葉緑体にも似た光受容ナノデバイスが組み込まれ、光食材のエネルギー化器官と光味覚を獲得した。
その圧倒的な食と人の効率化により、全人類の食糧問題は解決を見たのである。
光食導入の当初こそ、食文化が失われる! と抗議の声もあったようだが、そこは恐るべきかな人類。料理人たちが中心となり、知恵と技術を寄せ集め、光を加工し調味する光料理の技を開発するに至ってしまった。
様々な波長の光を制御することで異なる味わいを感じさせ、視覚からの光は味に感触や調味効果を付加し、肌に感じる温度感で料理としての食感を与える。
さらには光の波長を混合させることで、複雑な味覚を演出できるようにすらなった。
そんな時代の積み重ねの末、光料理は新しい文化として花開き、いまや旧時代にも負けない美食時代を構成していた。
その極みとも言えるのが、今参加している『美しき光食の会』である。
この会はこの時代の光食文化に貢献したと認められた、数少ないエリートのみが参加を許される会合だ。
時代の頂点と言える最高級の料理店で、光食を味わい、これからの光食と、過去の食の思い出を語り合うわけだ。
なんとも贅沢な話である。
「二品目、橙に近い黄色光のスープ紫外線の刺激を添えて、でございます」
給仕が次の料理を運んできた。スープ皿の上置かれたキューブは、なめらかな楕円球状の形をしている。今度はスープか……。
もちろん先ほどのサラダ同様、旧時代の料理そのものではなく、イメージを光食の時代に合わせて再構成したというものだが、さきほどのサラダであれだ。今度はどんな味がするのだろう……。
楕円状のキューブをかざしセンサを押し込む。キューブから柔らかな橙色の光が放たれる。淡くたゆたうように揺れ、僕を包んだ。
ああ、うまい……。暖かくてなめらかで、コクが深い……。甘みと塩味のバランスも素晴らしい。単色の波長で、ここまでの深みが出せるものなのだろうか?
うっとりとスープを堪能した次の瞬間。
うっ、と思わず声が出た。かすかにピリッとくる刺激。これが紫外線か。普通の料理ではあまり使われない高級波長の光だ。あまりの刺激に驚いたが、この紫外線の刺激のおかげで、新鮮な感覚で飲み続けられる。何という工夫。ここまで斬新なスープは味わったことが無かった。
テーブルを囲む他のみなを見回すと、さすがにこの味には驚いているようだった。
参加者はたったの6人。これがこの会の全メンバーとなる。とても狭き門で、希望者は後を絶たないが、厳しい審査無くしては辿り着くことが叶わない。
僕の反対側正面、さきほど開始の音頭をとったのが、この会の会長モス氏だ。本業は食文化をまとめた料理メディアの社長。現代において食の情報は文化の最高峰だ。今期会長には満場一致で推薦されたらしい。
その右隣にいるのがリリーさん。この世界に知らぬものはいない歌手だ。その優しく暖かな波長の声は世界中の人を魅了してきた。あまり素の姿をメディアに露出することは無かったはずだ。この会に呼ばれるほど光食文化に貢献があるとは知らなかった。
会長モス氏の左側にいるのが、カクタス博士だ。今僕らの目の前にある次世代型キューブの開発者で、このキューブと彼の光展開理論が、現代の光食文化を数段階発展させたとまで言われている。
そして僕の右側にいるのがロータス氏。カクタス博士の次世代キューブを、いち早く製造展開した若き起業家だ。カクタス博士の理論に惚れ込み、誰よりも早く、誰よりも熱く交渉を続け、渋るカクタス氏の首をついに縦に振らせた剛の者だ。
そして僕の左にいるのが元探検家で食の歴史研究家のウィロー氏、世界中のあらゆる光を食べ尽くしたと豪語するほどの食の経験の持ち主で、その経験談を語った本は数十年にわたってベストセラーから落ちたことはないという。相当の高齢で、この会においてもいちばんの古株らしい。
そして僕、ウィード。本来ならこんな場にいるのはおかしい一食品会社のサラリーマンだが、ある僥倖によりゲスト推薦された。
それは、ある光調味料の開発による。
偶然のひらめきからつくった新商品のスパイス『プリズムの元』が、他の味を邪魔せず光のうまみを各段に深くする作用があるとして、爆発的にヒットした。
料理界からの評価も高く、一開発者の僕もあれよあれよと有名人に祭り上げられ、こんな場に招かれるほどになった。
だが、僕はあの味にまだ納得していない。めざす味に一つ足りない。なにかヒントが得られないかと、恐れを踏み越えてこの場に来ているのだった。
あとこの場にはいないが、もう一人会のメンバーがいる。それが料理人のアイビーシェフ。彼女はこの場の料理をつくる栄誉に預かり厨房にいるため、テーブルには着いていない。
「今年も皆さんいろいろ食べたと思いますが、新しい味は見つかりましたか?」
スープを食べ終わった頃合いを見て、モス氏が話題を振った。
「いやあ、ここ最近はあまりですな。研究に追われて探求ができておりませんよ」
カクタス博士が苦笑いをした。
「それはいけませんな。光食の会のメンバーたる者探求をおろそかにしては」
モス氏が豪快に笑う。
「私最近、青色光の料理にはまってますの」
リリーさんが微笑みながら言う。
「へえ、青色ですか。難しい光材にチャレンジしていますね。大歌手リリーさんが料理趣味とは知らなかった。どんな料理を?」
ロータス氏は興味津々といった風情。
「青を生かした煮込み料理ができないかなと思いまして。コクを出したくて藍に近い480nmあたりの波長を、こうコトコトと圧縮していきますの。仕上げにうま味を出したくてさらりと赤のソースをかけたりとか、いろいろ工夫していますわ。所詮素人のてなぐさみですけれど」
「いやあ、ご謙遜を。聞いておりますよ、先日リリーさんの料理を振る舞う会で、プロの料理人が感銘を受けたと」
「いえ、そんな」
リリーさんは恐縮している。
「ちなみにみなさまはどの波長がお好みですかな? ベタで申し訳ありませんが、毎度これがうけるテーマでしてな」
モス氏が参加者をぐるりと見渡して議論を持ちかけると、みな、ふむと考え込むそぶりを見せる。
「そうですね。まずは初参加のお若い方に聞いてみましょうか。ウィードさんはいかがですかな?」
いきなりか! どきりと脈が速くなる。場違いを自覚している僕は、ずっと沈黙を守っていたのだが、そうもいかないようだ。
「……えっと、そうですね。僕は、やっぱり赤ですかね。700nmオーバーのまっ赤な奴を高火力で食べるのが好きです」
「ははあ! やはりお若い方は健啖ですな。私くらいの年齢になりますと、濃い赤は重くて量は食べられませんからなあ」
「やはり『あれ』かけたりするんですか?」
リリーさんが僕をまっすぐ見て聞いてくるので、僕はその美しい顔が僕に向けられていることにドキッとした。
「え、ええ、まあそうですね。料理はあまりしませんが、赤色光を食べるときにはかけます『プリズムの元』」
「やっぱり! 私も使っていますよ。どの料理にいれても味が引き立つの」
「恐縮です。開発メンバーも喜びます」
「俺も使ってますよ、料理下手ですけど、あれさえあればうける味になるんですからね。ホームパーティーで重宝してます」
ロータス氏が僕の肩をたたきながら、にこやかな笑顔を向けてくる。距離感には少し難儀するが人好きのする顔だ。起業家としてはこういう人なつこい顔が必要なのだろう。
「ありがとうございます」
自分の製品に賞賛をもらうのは、こそばゆいがうれしいものだ。
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