放課後怪奇譚
駄文亭文楽
第1話
1
艶やかな黒髪をなびかせて手元の鍵をくるくると上機嫌に回す少女ーー藤堂心春(とうどう こはる)
心春が、伝で手に入れた鍵。
それは、誰も使わなくなったオカルト研究会の部室の鍵だった。
扉を開けると、
中は驚くほど、何も無い。
埃の溜まった床。
壁に残る、色褪せた掲示物の跡。
がらんどうの空間に、二人の足音だけが響く。
「……机と椅子があったら、いいね」
心春が同行の少年に何気なく言った。
その日は、それで終わったはずだった。
――次に来た時。
部屋の中央に、
長机が一つ。
向かい合うように、椅子が二脚。
まるで、最初からそこにあったかのように。
「……え」
心春が一歩、後ずさる。
「ちょ、ちょっと待って。
これ……昨日、無かったよね?」
幽霊の仕業かと思うほど、
手際が良すぎた。
真面目そうな眼鏡をかけた気弱そうな少年ーー成海悠真(なるみ ゆうま)は一瞬だけ目を伏せ、
それから淡々と言った。
「……僕」
「やっぱり君がやったんだよね!?」
食い気味に言葉が飛ぶ。
悠真は、小さく頷いた。
「倉庫に余ってた。
使われてないやつ」
それだけ。
理由も、誇らしさも、
余計な感情も無い声。
心春は、その場で肩の力を抜いた。
「……よかった」
幽霊じゃなくて。
勝手に何かが起きたわけじゃなくて。
彼が、やった。
その事実が、何より安心だった。
心春は机に手を置き、
椅子を引く。
「じゃあさ」
にこっと笑って、言う。
「ここ、
二人だけの部室ってことで」
悠真は、否定しなかった。
薄いプレハブの壁の向こうで、
部活動の声が遠く響く。
誰にも知られず、
誰にも邪魔されない。
こうして、
**非公認『二人だけのCJC』**は、
何事も無かったかのように、静かに始まった。
2
藤堂心春が、勢いよく扉を開けた瞬間だった。
ぱさり、と。
白い封書が床に落ちる。
「……え?」
一瞬、時間が止まった。
どうやら、ドアに挟まっていたらしい。
だが、そんな偶然で済ませていいものかどうか、
心春の直感が強く警鐘を鳴らしていた。
「な、何これ……」
声が、わずかに震える。
心春が一歩引いた、その横を――
悠真が、何事もないように通り過ぎた。
「ちょっと!?」
「何かの悪戯かも!
触ったら危ないよ!?」
心春の制止を背に、悠真は封書を拾い上げる。
指先で軽く重さを確かめ、
厚み、硬さ、違和感の有無を瞬時に判断する。
「……刃物も、粉も入ってない」
淡々とした声。
心春が息を呑む。
「な、なんで分かるの……?」
「手触り」
それだけ言って、
悠真は筆箱からペーパーナイフを取り出した。
常備していること自体が、もう普通じゃない。
それは、成海悠真がまだ
厨二病が抜けきっていなかった頃の妄想の残滓だった。
――もし、教室に悪者が入ってきたら。
――その瞬間、何かに目覚めて。
――圧倒的な力で悪を吹き飛ばして。
クラスの英雄。
いや、世界のヒーロー。
そんな、
誰にも見せない空想の名残。
だから今も、
彼の筆箱の中には
ペーパーナイフが常備されている。
封を切る。
中から現れたのは、
コピー用紙一枚。
そこには、
やけに丁寧な文字で、こう書かれていた。
「被服室に出る幽霊を
なんとかして下さい」
「……」
「……何これ?」
心春が、間の抜けた声を出す。
少年は紙を読み返し、少し考えてから言った。
「オカ研への要望書、みたいだな」
「え、ほんとに“依頼”なの?」
「たぶん。
本来なら生徒会に出すべき内容だけど……」
言葉が、途中で止まる。
悠真の脳裏に、
一つの事実が浮かび上がった。
――この学校に、
被服室を使う授業は無い。
被服系の部活も、存在しない。
「……いや、無理か」
独り言のように呟く。
「そう」
心春が、短く声を漏らした。
そして、その瞬間だった。
悠真の口元が、
わずかに――楽しそうに歪む。
それは、
推しの話をしている時の笑顔でもなく、
ヲタ活で盛り上がっている時の顔でもない。
純粋な好奇心に火がついた人間の表情。
まるで、
未知のダンジョンの入口を見つけたみたいな。
心春は、うっかり――
その笑みに、見入ってしまった。
(……こんな顔も、するんだ)
胸の奥が、きゅっと鳴る。
怖いはずの話なのに。
不気味な依頼なのに。
それでも。
この瞬間、
心春の中で確かに芽生えたのは――
ときめきだった。
薄いプレハブの部室で、
二人だけのCJCは、
思いがけず“怪異”と出会ってしまった。
そして同時に、
心春は初めて知った。
――彼は、
好奇心の化け物だ、ということを。
3
週末は、みんなで遊ぶ日。
それは暗黙の了解で、
藤堂心春自身が音頭を取って決めた予定だった。
――なのに。
その約束を、彼女は初めて破る。
理由は、被服室の幽霊。
もちろん、そんなことを正直に言えるはずもなく、
口から出たのは、当たり障りのない嘘だった。
「ちょっと用事あってさ」
すると、
明るい金髪に人懐っこい笑顔がトレードマークの少女ーー高槻日和(たかつき ひより)が、にやっと笑う。
「えー?
それって、ほんとは男がらみ?」
冗談めかした、いつもの調子。
藤堂心春は、
食い気味に答えてしまった。
「違うよ」
……早すぎた。
一拍、空気が止まる。
「――マ?」
日和の眉が、ほんの少しだけ上がる。
否定そのものではない。
否定の速さ。
否定に込められた、微妙な硬さ。
それが、彼女の引っかかりだった。
(あー……これ、なんかあるやつだ)
気づいてしまった以上、
無視できるほど大人でもない。
好奇心が勝ってしまうのは、
人間のサガである。
⸻
週末の放課後。
人通りの減った校舎裏で、
少し距離を空けながら歩く影が一つ。
藤堂心春の後ろを、
気配を殺して付いていく
高槻日和。
「……ま、見るだけだし」
誰にともなく言い訳をして、
彼女は足を止めなかった。
この時点ではまだ、
それが――
世界を少しだけ広げる一歩になるとは、
本人も知らない。
4
被服室の前で二人は立っていた。
「幽霊が出るかも」
藤堂心春が、小声で言った。
「幽霊って、何が出るんです?」
成海悠真は淡々と返す。
「え? ええっと……」
言葉が続かない。
幽霊=何かのイメージが、心春の中で曖昧だった。
ーー
「何言ってるのか聞こえない……もうちょっと近づけないかな」
被服室の前に三人目の影が伸びる。
ーー
悠真は、壁のプレートに触れながら説明した。
「この学校は戦前からあります。十数年前までは家庭科が必修で、被服の授業もありました。ですが――当時を知る職員はいませんでした」
「じゃ、じゃあさ……事故とか……あったとか?」
心春が期待半分、不安半分で問う。
「針で指を刺したり、鋏で手を切ったりは、そりゃああったでしょうけど」
「そういうんじゃなくて!」
悠真は肩をすくめる。
「人が“化けて出る”類の事故は、噂のレベルでも確認できませんでした」
「じゃあ何が出るの?」
「さあ」
さあ。
あまりにあっさりした返事に、心春の胸が逆にざわつく。
「だから、わざわざ出向いたんです。確かめるために」
「そ、そ、それって……幽霊を出すために突入するってことぉ……?」
「怖ければ帰って良いですよ」
藤堂心春はぎゅっと拳を握りしめる。
「……気になるから、頑張る」
主人公は被服室の扉に手をかけた。
その時。
「ちょーーっと待ったぁぁ!!」
連絡通路に声が反響する。
二人がびくっと跳ねる。
背後から高槻日和が息を弾ませて現れた。
「な、なんでいるの!?」
心春が素で叫ぶ。
日和は指を突きつける。
「ダメだよ! いくら何でも学校でヤっちゃうのはアウトだよ!!」
「…………へ?」
二人は顔を見合わせて疑問符を浮かべる。
「今からヤる気満々なところ悪いけど、学校でそんなコトするとかリスク高すぎっしょ!? お金なら貸すし! ホテル行きな!!」
「いやほんとに何の話!?」
日和の勘違いに気がついた心春の顔が真っ赤になる。
悠真がため息を吐く。
「幽霊の調査です」
「は?」
日和は顔を顰める。
「幽霊なんて居るわけないじゃん。やっぱヲタくんはヲタ脳だね」
「……人間の“間”は、マと読みます」
悠真が静かに言う。
「へ?」
日和が呆気に取られる。
「マは“魔”に通じ、魔は怪異を生みます。
情報の届かない場所には、常に“何か”が生まれる」
(……かっこいい言い方する……)
心春は悠真の隣で彼の詞に聞き入った。
悠真は続けた。
「人間が知り得る情報なんて、世界の上澄みでしかない。
未知を“無い”と断じるのは早計です」
三人の温度が、一瞬で揃う。
日和は口をつぐむ。
心春は息を呑む。
悠真がドアノブに縋る力を強めた――
その瞬間。
ぎゃぁぁぁぁぁッ!!!!
被服室の内側から、
壁を震わせるほどの悲鳴が響いた。
三人の心臓が、同時に跳ねた。
扉の向こう。
まだ誰も知らない“何か”が待っている。
5
被服室に足を踏み入れた瞬間、
心春と日和は、悠真の背にぴたりと張り付いた。
「な、何かいるの……!?」
日和は膝が笑っている。
「何もいません」
悠真は淡々と周囲を見回す。
布を被ったミシン。
時代の色を帯びた木製の長机。
窓の隙間から差し込む埃の光。
平和そのもの――だった、はず。
ーーぎゃあ。
突然の悲鳴。
三人の心臓が同時に跳ねる。
「っ……! 幽霊……?」
心春の声が震える。
悠真は一歩進んだ。
その足取りに迷いは無い。
「幽霊じゃありません」
断言して、耳を澄ます。
ーーぎゃあぎゃあ。
反響する鳴き声。
日和はとうとう悠真のシャツにしがみついた。
裾がスラックスからはみ出るほどに。
「ちょ、ちょい……幽霊信じないんじゃなかったんですか……?」
さすがの悠真も苦言を呈した。
「い、いきなりだったからでしょっ……!」
悠真はため息をつき、掃除用具入れから箒を抜き取る。
天井を軽く突くと――
ーーぎゃあ!
鳴き声が一際大きく返ってきた。
「やっぱりな」
悠真はスマホのライトを点け、通気口へ手を伸ばす。
数秒後、スマホの画面を少女達に向けた。
そこには、
通気口の隙間からこちらを見る鳥。
「椋鳥ですね。夕方に鳴く習性がある。
放課後、人がいなくなってから声が響いたんでしょう。
誰かがそれを怖がって、オカ研に投書した」
心春は胸を撫で下ろした。
日和はへなへなと座り込む。
「幽霊じゃなくてよかった……!」
「こんなこと、あるんだね……」
後日、ちょっとした救出作戦が決行され、
椋鳥は無事に群れへ帰っていった。
6
放課後のオカ研……いや、CJCにて。
「なんで居るのよ……」
心春はジト目。
「良いじゃん。事件を共有した仲じゃん」
日和は当然のように座っていた。
せっかくの“聖域”に、異物が混ざった。
「でも残念だったね。幽霊じゃなくて」
日和が悠真に笑いかける。
「……ここを僕達が根城にしたの、まだ数日ですよ」
成海悠真が返す。
淡々と。しかし、その分重く響く声。
「そんな短期間で、投書が届く可能性。
それも“被服室で幽霊が出る”なんて具体性のある話。
“誰が”それを、僕たちに向けたのか」
悠真は静かに続ける。
「誰も使わない部屋の前に、
誰にも聞かれない時間帯にだけ響く声に反応していた存在がいるとするなら」
日和の表情が固まる。
「……どこの、誰さんなんでしょうね」
高槻日和は、
声にならない悲鳴を飲み込んで逃げ出した。
⸻
「じょ、冗談……よね?」
心春が問いかける。
悠真は、
ほんの少しだけ口角を上げた。
「さあね?」
無邪気な笑み。
それが一番、怖かった。
放課後怪奇譚 駄文亭文楽 @Geoconfreak
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