第2話:蒸らし

 2026年の幕開けの正月2日早々に、今年の第一号を飾ったことがあった。それは、あるキャバクラ店の2026年度第一号のお客となったことである。


 しばし紙幅を使ってこの(至福だった)時のことをまず弁明しておきたい。ソクラテスも今、私の背後で激しく点頭している。大学時代の唯一繋がっている友人が九州から帰省していたので、東京のとある町で飲むことに。この九州の彼、何を隠そう聖職者、地元では有名な由緒正しきキリスト教系の私立中学高校の教頭を務めている。その彼から一次会が終わって、もう一軒行こうと誘われ、○○にも経験や社会勉強が必要だろっ!とオトナのリスキリングを聖職者から勧められてのだから、これはもう断れなかったのである。短編ゆえ1文字1文字は貴重であるが、家族に私が青山翠雲であるということが判明してしまったときに、必要な脱出用カプセルは是が非とも用意をしておかねばならないと考え紙幅を割いた。人生には、いろんな分岐点のある迷路(Maze)もあれば、今回誘われて、仕方なくキャバクラに赴く一本道ながら回避・脱出できない迷宮(Labyrinth)もあるのである。


 果たして、その迷宮(Labyrinth)に15年振りぐらいに足を踏み入れてみたところ、さすが栄えある第一号のお客様ということで一人ひとりにキレーなお姉さんがつくこととなった。


 オホン、しゃ、社会勉強であるからして、学んできたことをここにレポートとして書き記しておこう。1時間5,000円の飲み料プラスお姉さんが飲んだ分は一杯1,000円となる。1時間の学びの時間とさせていただいたのだが、お姉さんは20~30分で交替する仕組みとなっていた。それは見た目の好みや会話の相性などを考慮してチェンジするシステムとなっており、もし、もっと話したいというのであれば、指名料2,000円ということであった。店側としても、新しい女の子が付くとなると、飲み物チェンジとなるからそこで売り上げアップとなり、客側もいろんな女の子とお話する選択肢が増えて気分アップとなるのである。なるほど、考え練られたシステム!


 お話を開始してみると、キレイなお姉さんたちも、昼間は昼間の職業で働いているということである。しかも、この正月の2日から勤労に奉仕しているのである。なんという勤勉者なのであろうか!


 15年前に別のお店を訪れた時は、初心うぶな青年には、何が何だかどう振る舞って良いのか分からないままに過ぎ去ってしまった1時間であったが、今回は力強い社会経験を逞しく積み重ねてきた「先生」が横にいたので、最初の2分で振る舞い方を学び、私も即、実践に移してみた。この辺りは、繰り返しの弁明となるが、イな展開となったため、即席でのインスタント学びの社会実装となった。


 前回はトーク力もさしてない自分であったが、今は文筆活動を通じての蓄積が我が体内にはあった。最初のお姉さんは、実家暮らしで、昼間は歯科衛生士として働いており、こちらの夜でのお仕事はおうちの方には話していないという。そこで青山翠雲、「エーッ!じゃあ、常に地球には同じ面ばかり見せて、裏の顔は決して見せない月みたいじゃーん!」と得意の月の話題を持ち出し、「あー、まさにそれ!表現、お上手~!」などとカクヨムだけでなくキャバクラでもハートを一ついただく。私も褒められて興が乗ってきたところで、上で述べたチェンジのお時間。次についた方もキレイな色白美人。いろいろお話していて、どこにお住まいか?みたいな話になり、同じ沿線でもあり、「○ちゃん(最初に何とお呼びしたらいいですか?と問われていたので、下の名前をちゃん付けでお願い済み)が住んでいる駅の駅ビルに熟女バーがありますよね?行ったことあります?私、あそこのお店の面接にも行ったことあるんですよ!」と問われ、「いやいや、行ったことないよ。でも、若くてキレイなアスカちゃんは、決してまだ熟女ってわけじゃないでしょー。」と言ったら、「イヤ、私、バツイチなんで、この業界だとそれは熟女ということになるんですよ。」


 (なるほど、そうなのか!オードリーヘップバーンも、キョンキョンですら、齢は取る。容色はどうしても衰える。従って、人は齢は取る。いわんや、青山翠雲をや!と自らの容色の衰えも仕方なしと受け入れていた自分である一方、好き好んで熟女とお話するというコンセプトがイマイチ理解できない私であったが、この業界のスタンダード基準はこうなっていたのか!すると我が街のあの熟女バーにもこのアスカちゃんのような若くてキレーなお姉さんがいるのか!と目から鱗が落ちる思いで、熟女バーの価値算定を心の中で再計算する。)


 さらに聞けば、このアスカちゃんも昼間のお仕事に加えての夜の仕事だという。あらためて言う。この飲んだくれているオジサンがいる一方、2日から勤労しているお姉さんがいるのである。神は「原罪」によりアダムに「勤労する苦しみ」を、イヴに「産みの苦しみ」を与えたのではなかったのか!?とにかくアスカちゃんは、いろいろ苦労をしているらしい。


 そこで、美しくも可憐なアスカちゃんから滲み出る心の奥底にある懊悩に対して、私は与えられた25分のうちのじっくりと5分ほどの費やし、青山翠雲ワールドをここでも展開。我が人生哲学の奥義の一端(奥義だからヒミツ!)や、この正月に於いて体感したワンオペ家事のいかな大変過酷な所業であるかということをオクシモロンを用いた印象的な表現で伝え終わった時には、最初は、なんとなく聞いていたアスカちゃんであったけれども、どんどんと目と心が啓かれていき、聞き終わった時には、もはや私を見つめる目には、憧憬の念を通り越して敬愛の情の籠ったプラトニックラブを宿した目で私を見つめていた!そこで最後に優しくその手を包み込むように、ワンタッチしたところで、もはやアスカちゃんにまるで嫌がる素振りなし!これぞ「エッチ・スコッチ・ワンタッチ」の社会実装である!学びの実証を主張する私。


 なんという素晴らしい瞬間であろうか。アナログながら、時間をかけてまるで珈琲の粉に熱いお湯を少量かけ、じっくりと蒸らし、粉を膨らませるかのようにして、心の襞に入り込んだ結果、美白を誇るアスカちゃんと私の精神が溶け合っていく。お会計の時間になると少し苦味走るものがあったのも事実だが、長く楽しい尾を引く後味はとても甘い。


 これぞまさにモカ珈琲を淹れるプロセスそのものではないか!?


 オホン、私もツライのである。一般ピープルに分かりやすいよう、敢えてのキャバクラを舞台に珈琲哲学を展開しているのであります。


 何が言いたかったかというと、焦らしに焦らされて「結論は何?」「気になる続きが読みたいんだけど!」というストレスが昂じることもなく、また性急すぎる「らっしゃもないストレートすぎるアプローチ」であってもいけない。ちょうど、珈琲を熱湯で蒸らし、コーヒーの粉が十分に膨らんだ(興味が湧いた)ところで、ゆっくりと淵からお湯を廻し入れ、じんわりと心の襞を舐めるかのごとく性急すぎないアプローチで心の芯の部分にそっとソフトタッチするかのように優しく包み込む余裕というか適度なじっくりとした絶妙の待ちの時間が肝要なのである。


 と、これまで、ソクラテスの弁明と比肩する青山翠雲の弁明のつもりで書いてきたものの、今、気づいた。これを妻が目にした時、果たして弁明文書として機能するだろうか?と。元気になったとはいえ病床明け翌日の夜のことである。甚だ疑問である。聞けば釈迦・キリスト・孔子と並び「四大聖人」の一人として数えられるソクラテスも70歳で"刑死"という最期を遂げているという。寧ろ、「悪法も法」として受け入れたのが「ソクラテスの弁明」そのものなのである。イヤな予感が走る。更には、ソクラテスが生きた頃のアテネでは、詭弁(理屈)を使って相手を言い負かしたり、聞こえのいい言葉で民衆を惑わせたりする風潮があったという。真理について、より深いところに辿り着こうとソクラテスは「問答法」を用いて死の直前まで真理探究を続けたという。


 ソクラテスは、人は「善く生きる」には「徳(アレテー)」とは何かを知らなければならないと考え、「善とは何か」「悪とは何か」について問を立てて、考え続けることが必要であると説いたという。つまりは、今回の「学びの時間」は、そういうことと帰結できないだろうか?いや、できない(即反語)。私は何も分かっていないという「不知の自覚(無知の知)」に今、到達した。


 ならば、これはどうか?ギリシア語で「フィロ(愛する)」と「ソフィア(知)」を組み合わせた語が「ソフィア」すなわち「愛知」であるという。本籍を愛知県(圏)に移すというのはどうか?これも論理の飛躍があるようで整合性が取れない。


 このプラトニックラブの裁定については、『ソクラテスの弁明』を著した当の本人プラトンの霊魂と協議の上、善後策を練りたいと思う。最後に、イデア(理想)信奉者プラトンが著書『饗宴(広義のキャバクラか!?)』で素晴らしい一言を発しているので、それをこの章の結びにしたいと思う。


 「知は最も美しいものの一つであり、しかも、エロスは美しいものへの恋なのです」

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